第11話「……ぶったな!」
「そろそろお見えになると思いましたので、学生たち全員を集めておきました。一人は先ほど戻ったばかりで——その、魔導士試験から」
リーンベルに案内されたルーカスは、はじめてアルヴェインの講義室へと足を踏み入れた。
建物のなかでただひとつ、よく日の差す部屋だった。机も椅子も古いが、部屋の隅々まで掃除が行き届いているように見える。
そこに、五人の若者がいた。
リーンベルに続いて教壇の上に立ったルーカスへ、五対の視線が一斉に向けられた。
ルーカスはまじまじとその五人——アルヴェインの学生たちを見つめた。
「先日マティアス様からの知らせにあったとおり、フローラ先生の後を引き継ぐ先生をご紹介します」
リーンベルが、努めて明るい声を作った。
「今日からこのアルヴェインの学府長にもなられる、ルーカス・ヴァレン先生です」
「はじめまして」
ルーカスは、ごく自然な笑みを浮かべて一礼した。
「ルーカス・ヴァレンといいます。みなさんとはどの程度の付き合いになるかはまったくわかりませんが、とりあえずよろしくお願いします」
「わ、わからない?」
リーンベルの笑みが、わずかに引きつる。
⦅……おい⦆
隣に控えたマティアスが、早くも嫌な予感を念話に乗せてくる。
ルーカスはそれを涼しい顔で受け流した。
マティアスはこほんと咳払いをしたうえで口を開いた。
「その辺のことは、追々説明しよう」
「では、まずはこちらの学生からご紹介します」
気を取り直したリーンベルが、一番前の席へ手を向けた。
「ティナ・アシュフィールドです。魔導士を目指して、毎日遅くまで修練を重ねて――」
「ああ、先の試験場で会った」
ルーカスが、リーンベルの言葉を引き取った。
「君も俺に気付いたはずだ。そうだろう?」
ティナが背筋をぴくりと強張らせ、うなずく。
「残念だが、ティナ。あのような試験を何度受けても君がその道で認められることはない、この私が断言しよう。君の魔力程度では、到底魔導士にはなれない。たとえその一生をかけたとしても」
「ルーカス先生!?」
リーンベルが悲痛な表情で叫ぶ。
ティナは小さな顔を蒼白にさせた。
ルーカスはまっすぐティナを見つめた。
「だが、君には――」
言いかけて、ふと言葉を切る。
それより先に、確かめておきたいことが、いくつかあった。
「ルーカス先生、まずは――次の学生を」
リーンベルが慌てて隣の席の学生に視線を向ける。一刻も早く、この空気を変えたかったのだろう。
「ユリウス・バルザークです。由緒ある騎士の――」
「それなのに人に剣を向けられないのでしょう」
ユリウスが、びくりと肩を震わせる。
リーンベルは言葉を失っていた。
「そのような者が騎士団の末席に加わることはできない。バルザーク名になどしがみついていないで別の道を探すんだな」
相手が男の場合、どうしても口調がきつくなる。
ルーカス自身自覚していた。
マティアスもわかっていた。
当のユリウスは口をパクパクさせながらリーンベルとルーカスの顔を何度も見返すようにした。。
「ルーカス先生、まずは全員の紹介を済ませますので」
リーンベルの声が、震えはじめていた。
怒りに満ちていることは容易に想像できたが、ルーカスは気にしなかった。
「リーンベル先生、あなたのような人がそのような顔をしてはいけない。せっかくの美貌が台無しになる」
リーンベルがルーカスをまっすぐ睨みつける。
それでも彼女は教師だった。
感情を胸に押しとどめるようにしながら、ルーカスから視線を逸らすように次の学生の紹介へと移る。
――薄布で顔半分を隠した少女だった。
「そして、こちらが――」
「ああ、彼女については結構」
ルーカスは、静かにそれを遮った。
リーンベルが目を見開くようにしながらルーカスを見やる。
「……私自身なんと声をかけていいか測りかねているので。彼女自身、私には興味も関心もないでしょう。全身でそう言っていますから」
固まるリーンベルをよそに、薄布の少女は何も言わず、ただ一度だけ、その片方の瞳をルーカスへと向けた。
ルーカスの視線とまっすぐぶつかるが、彼女の瞳からは何の感情も読み取ることができなかった。
⦅その対応は想定していなかった……それがおまえなりの彼女との関わり方か⦆
マティアスが驚き半分、興味半分といった体で訊いてくる。
⦅単に一番やっかいで面倒なだけだ。つまり後回しってやつだな⦆
⦅身も蓋もない言い方をするな⦆
「次の学生を頼みます、リーンベル先生」
ルーカスは薄ら笑いを浮かべながら言った。
リーンベルが引きつった表情でルーカスを見つめながら、後方の学生を指差した。
姿勢よく座っている少年と、その隣の壁に背中を預けている少年。
「向かって左の学生が、シリルです……少し言葉は荒いですが、誰よりも——」
「ずいぶん若いんだな」
シリル青年が、品定めするような視線を向けながら言った。
いや、ルーカスが現れてから、ずっと。
「暗黒街の出らしいな」
ルーカスが言うと、シリルの目つきが鋭くなる。
「フローラ先生の残した資料に書いてあった。ろくでもないやつらばかりだと思っていたが、おまえみたいなやつがどうしてのこのことこんな場所までやってきたんだ?」
「……あんた、何が言いてえんだ」
シリルの声が、一段と低くなる。
だが、ルーカスの視線はすでにその隣の少年へと移っていた。
「ということは、君がセルシウス・ファーレンハントだな。ファーレンハント商会には随分世話になっている、ありがとう! ということはさておき、長いあいだ屋敷の自室から出られなかったそうじゃないか。ここにいるマティアス様が君と俺を一緒にして『引きこもり』なんて言ってきてな、お互いいい迷惑だ」
マティアスはとうとう念話を飛ばすこともなくなり、真顔のまま窓の外へと視線をやった。
つまりは「もう知らん」ということだった。
「――あ、あんまりです!」
うリーンベルの叫びが講義室全体に響き渡った。
「ここへ来たばかりのあなたに、彼らの何がわかると——」
「ファーレンハント商会の息子なら、君一人くらい養うことなど朝飯前だろう。別に無理やり外へ出る必要もな――」
「ふざけんなよ」
シリルが静かに立ち上がり、ルーカスの前へと歩み寄ってくる。
「待って、シリル」
リーンベルが慌ててその間に割って入る。
「あんたに、こいつの何がわかる。自分の部屋から一歩も出られなかったセルシウスが、どんな思いでここに座っているか。知りもしないで、養ってもらえばいい? 外へ出る必要がない?」
「ないですよね?」
そう、ルーカスがリーンベルに振った瞬間。
シリルの拳が、まっすぐ顔面へ向かってきた。
避けるのは、造作もなかった。
が、ルーカスは半ば目を輝かせながらその拳を頬で受けた。
なるほど、さすがは暗黒街出身。なかなかの威力だった。
鈍い音とともに首がのけぞり、そのまま後ろの壁へと吹き飛んでいく。
講義室が静まり返った。
「……ぶったな! 魔王にもぶたれたことないのに!!」




