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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第99話 白石島(二)

漁師に案内されて村のまとめ役に会うことになった。


 案内されたのは、白い石を積んだ社の横にある小さな家だった。


 そこにいたのは、年配の女性だった。


 白い髪を後ろで束ね、首には貝殻と磨かれた石をつなげた飾りを下げている。


 神官だと紹介された。


 名はミナセ。


 彼女はサトたちを見て、神威の前で少しだけ目を細めた。


「機械の狼」


「神威です」


「不思議な芽が出ているね」


 サトは少し身構えた。


 だが、ミナセの声に警戒はなかった。


「海のものではない。けれど、荒いものではなさそうだ」


 ツキハが一歩前に出る。


「私たちは、白石島の白い道について調べています」


「調べるだけかい」


 ミナセは静かに尋ねた。


 その問いに、サトはすぐ答えられなかった。


 白い道から月竹の反応がある。


 それを確かめたい。


 必要なら、取り戻したい。


 だが、カツザンで学んだことがある。


 動いているものを、分からないまま壊してはいけない。


 信仰と結界を、自分たちの都合だけで踏み荒らしてはいけない。


「正直に言うと、調べるだけでは済まないかもしれません」


 サトは言った。


「ですが、勝手に掘ったり、壊したりはしません。あそこが村にとって大事な場所なら、まず許可を得たい」


 ミナセは、じっとサトを見た。


「誰の許可を?」


「村の人の許可と」


 サトは少し迷い、続けた。


「和魂さまの許可を」


 部屋の中が静かになった。


 神威が、わぅ、と小さく鳴いた。


 ミナセはゆっくり目を伏せた。


「若いのに、妙なことを言うね」


「不適切でしたか」


 ツキハが尋ねた。


 ミナセは首を横に振った。


「いいや。適切だよ。むしろ、こちらも困っていた」


「困っていた?」


 サトが聞き返す。


 ミナセは窓の外を見た。


 沖の白石島。


 その手前に、今はまだ潮に隠れている白い道。


「あの砂州が現れてから、海の様子が変わった。網は破られる。漁場はずれる。若い漁師が一人、危うく引きずり込まれかけた」


 ミナセの声は静かだった。


 だが、重かった。


「この村は、海で食べている。海に出られなくなれば、すぐに困る」


「それで、白い道の原因を調べたいと」


「そうだ。吉兆か、凶兆か。和魂さまのお怒りなのか、それとも別の何かが和魂さまの島へ入り込んだのか。分からないままでは、村を守れない」


 サトは黙った。


 ミナセはサトを見る。


「だから本当は、私たちも確かめる必要があった。あんたたちが来たのは、いいきっかけだ」


 ミナセは正直に答えた。


「私の曾祖母が言っていたよ。和魂様は大らかな神様だ。だがその分、怒ったらおっかないってね。その点、あんたらは、和魂さまの許可を得ようと言った。まず祈ると言った。神に敬意を払う者は嫌いじゃないよ。」


 彼女はゆっくり立ち上がった。


「私が見届けよう」


「いいんですか」


「私は神官だ。和魂さまの社へ行くなら、誰かが見届けなければならない。もし和魂さまが許すなら、私はそれを村へ伝える。もし許さないなら、その時は引き返しなさい」


 サトは頷いた。


「分かりました」


「白い道は、満月の夜にもっとも強く光る」


 ミナセが言った。


「次の満月は、今夜だ」


 サトは思わずツキハを見る。


 ツキハの月片は、今も微かに光っている。


「今夜」


「ああ」


 ミナセは白石島を見つめた。


「今夜、和魂さまの社で祈るとしよう」


     ◇


 満月が昇るまで、サトたちは村で待った。


 ツキハは、ほとんど言葉を発しなかった。


 月片を胸元にしまったまま、何度も南の海を見る。


 神威はそのそばで伏せていた。


 海に入るなと言われているので、波打ち際からは少し離れている。


 それでも、耳はずっと海へ向いていた。


「怖いか」


 サトが聞く。


「わぅ」


「俺も少し怖い」


「きゅうん」


「でも、行くんだよな」


「わぅ」


「そうだな」


 サトは神威の胸元を見た。


 芽が、月明かりを受けて淡く光っている。


 背中や肩から出ていた小さな芽も、風に揺れているように見えた。


 それは植物なのか、精霊流なのか、機械の変化なのか。


 まだ分からない。


 けれど、神威は神威だった。


 少なくとも、サトにはそう見えた。


 やがて、ミナセが現れた。


 白い布を肩にかけ、手には白石で作られた小さな鈴を持っている。


 鈴は鳴らない。


 だが、近づくと、潮の音が少しだけ静かになったように感じた。


「行こう」


 ミナセが言った。


     ◇


 白い道は、月の下で現れた。


 まず、海面が光った。


 島と陸の間。


 細く、長く、月明かりを受けたような線が、海の下に浮かぶ。


 次に、潮が引いた。


 波が左右へ分かれ、白い砂が姿を見せる。


 それはただの砂州ではなかった。


 砂の粒一つ一つが、淡く光っている。


 貝殻の欠片。


 白い石。


 珊瑚のような精霊結晶。


 そして、その下に何か大きなものが眠っているような、低い響き。


 こん。


 こん。


 こん。


 竹を軽く叩くような音が、砂州の下から聞こえた。


 ツキハの月片が、強く光った。


「……近いです」


 声が震えていた。


 サトは白い道を見た。


「白兎端末は?」


「使います」


 ツキハは月片に指を添えた。


 淡い光が広がり、収納領域から白兎端末が現れる。


 今度は、ツキハもためらわなかった。


 頭に端末を装着する。


 白い耳が、月明かりの下でぴんと立った。


 神威が、わぉん、と小さく鳴く。


「神威」


 サトが言う。


「今は茶化すな」


「わぅ」


 白兎端末が起動する。


 ぴょこ。


 ぴょこ。


 左右の耳が、砂州の方へ向いた。


 月片から伸びた細い光の線が、白い砂州の中央を示す。


 そこではなかった。


 島でもない。


 白い道そのものの下。


 砂州の内側。


「位置は」


 サトが尋ねた。


「砂州の下です」


 ツキハは言った。


「すぐ近く、月竹に近い反応です。いえ……これは」


 ツキハの声が詰まる。


 サトはその横顔を見る。


「ツキハ」


「月竹です」


 その言葉は、小さかった。


 だが、確かだった。


「この下に、月竹があります」


 サトはピッケルを握った。


 けれど、すぐには動かなかった。


 白い砂州。


 和魂さまの島。


 村の禁足地。


 月竹。


 全部が、目の前で重なっている。


 掘れば届くかもしれない。


 けれど、掘っていいとは限らない。


 ミナセがサトをちらりと見た。


「掘らないのかい」


「まだ」


 サトは言った。


「ここは、村にとって大事な場所です。それに、何かがこの砂州を保っている。分からないまま手を出すのは違う」


 ツキハはサトを見た。


 白兎端末の耳が、わずかに揺れる。


「では」


「まず、許可を乞おう」


 サトは島の方を見た。


 白石島。


 その中央に、白い石が月光を受けて光っている。


「和魂さまに」


 ミナセは満足げに、そして静かに頷いた。


「なら、社へ」


     ◇

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。



神威もたぶん尻尾を振ります。

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