第95話 月片の反応(三)
サトはしばらく地図を眺めていた。
白兎端末については、何も言わなかった。
ツキハは、少しだけ視線を落とす。
右の白兎端末が、ぴこ、と動いた。
「……ところで、サト」
「ん?」
「この白兎端末について、どう思いますか」
「どう、とは?」
「外見についてです」
「ああ、すまない。どういう経路が考えられるか悩んでいた」
サトはようやく顔を上げた。
そして、ツキハの頭の端末を見た。
「用途は限られそうだが、非常に便利だな。月竹の反応をここまで絞れるなら、十分使える」
「そうですか」
「それに、折りたたみ機構もよくできてる。感度方向に合わせて自動で動くのか?」
「はい」
「すごいな。月の技術か」
「……はい」
「保存状態もいい。精霊流の干渉も少ない。今後も使えると思う」
「そうですか」
ツキハは、何とも言えない顔をした。
少しだけ期待していたものと違った。
いや、性能を評価されたのだから間違ってはいない。
白兎端末は観測装備である。
機能を評価するのは適切だ。
極めて適切だ。
だが。
「適切です」
ツキハは言った。
言った瞬間、白兎端末の耳が、へにょん、と折れた。
サトが目を瞬く。
「疲労か?」
「違います」
「故障か?」
「違います」
「なら」
「同期反応です」
「何と?」
「……不明です」
ツキハは白兎端末を外そうとした。
だが、サトが少しだけ慌てて言った。
「いや、待て」
「はい」
「その……似合っては、いると思う」
部屋が静かになった。
白兎端末の耳が、ぴん、と立った。
神威が、わぅ、と鳴いた。
ツキハはサトを見た。
「今、何と言いましたか」
「いや、だから、似合ってはいる」
「そうですか」
「ただ、俺は本物の兎耳の適応人類に会ったことがあるから、そこまで驚かなかっただけで」
「そうですか」
「それに、機能が気になって」
「そうですか」
「怒ってるか?」
「怒っていません」
「本当か」
「はい。適切です」
ツキハはそう言った。
だが、白兎端末の耳は、ぴこぴこと落ち着きなく動いていた。
どうやら、本人より端末の方が正直らしい。
サトはそれ以上言わないことにした。
神威が、そっとツキハの足元へ近づく。
そして、頭を少しだけ下げた。
「わぅ」
「神威も、何か言いたいのですか」
「わぉん!」
「似合っている、という意味ですか」
「わぉん」
「そうですか」
ツキハは少しだけ目を伏せた。
「適切です」
白兎端末の耳が、今度は小さく揺れた。
◇
翌朝。
サトたちは、カツザンを発つ準備をした。
荷物は増えていた。
カツザンで手に入れた部品。
神威の予備パーツ。
観測院から預かった南西方面の古い地図。
ハヤテがくれた保存食。
アドリィが編んだ小さな護符。
ネルバから受け取った、銃砲用ではない小型の冷却管。
「神威の腹部パネルに使えるかもしれん」
ネルバはそう言った。
言葉は少ないが、神威のことを気に入っているらしい。
カバネは西門まで見送りに来た。
「南西へ行くんだったな」
「はい。目的に関する手がかりがあります」
「海の方か」
「たぶん」
「山越えには気をつけろ。あっちは道が崩れている場所も多い」
「ありがとうございます」
カバネはサトを見た。
「観測士。死ぬなよ」
「はい」
「ツキハも、神威もだ」
「適切です」
「わぉん」
ドーラは観測院の階段から手を振った。
「またカツザンに寄りな。次はもう少し穏やかな依頼を用意しといてやるよ」
「本当ですか」
「たぶんね」
「たぶんですか」
「この町で確約なんてできるもんかい」
ディエンが横でため息をつく。
「院長。見送りの言葉くらい、もう少し整えてください」
「生きて戻れ。それで十分だろ」
サトは笑った。
「十分です」
宿の主人も来ていた。
その腕の中には、ココッコがいる。
神威が足を止めた。
「わぅ……」
ココッコが、こっこ、と鳴く。
神威は荷物を背負ったまま、少しだけ頭を下げた。
ココッコが、もう一度鳴いた。
神威の尻尾がゆっくり揺れる。
「また会える」
サトが言った。
「わぅ」
「そのためにも、ちゃんと歩くぞ」
「わぉん」
ツキハが南西の空を見る。
山の向こう。
川の先。
さらに遠く、海の方角。
そこに、月竹に近い反応がある。
月から落ちた少女の舟。
あるいは、月と地上をつなぐ何か。
サトはピッケルを肩にかけた。
神威が横に並ぶ。
ツキハは胸元の月片にそっと触れた。
白兎端末は、今は月片の収納領域へ戻されている。
だが、サトには少しだけ分かっていた。
また近いうちに、あの耳はぴょこぴょこ動くことになる。
「行こう」
サトが言った。
「はい」
「わぉん」
三人は、龍都カツザンをあとにした。
西へ。
まずは山を越え、海へ。
そして、海岸沿いの道を南へ。
月の舟の声を追って。
神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。
神威もたぶん尻尾を振ります。




