第9話 北外れの村(一)
神威が新しい尻尾を取り戻してからのこの四日間もドタバタな毎日だった。
四日のあいだに、サトは脚部補助パーツを三度調整し、尻尾の制御線を二度つなぎ直し、神威が嬉しさのあまり工房の壁を叩き割りかけた件について、かなり真剣に説教をした。
神威はというと、反省しているような顔をしながら、翌日にはまた尻尾を振りすぎて作業台の上の工具を全部落とした。
ただ、その四日で変わったこともある。
村の子どもたちは、すっかり神威に慣れた。
最初は遠巻きに見ていた村人たちも、今では「あの光る狼か」くらいの反応になっている。もちろん、急に背中のLEDを展開したり、尻尾の先を二股に開いたりすると、今でも少し驚かれる。
それでも神威は、もうゴミ山から拾われた得体の知れない機械ではなくなりつつあった。
少なくとも、この西の外れの村では。
「神威だ!」
朝、工房の前に出た途端、井戸端の近くで木の実を転がしていた子どもが声を上げた。
「おーい、神威! 遊ぼうぜ!」
「ベーゴマしよう!」
「オママゴトがさき!」
「いや、今日は探検ごっこだろ!」
わらわらと子どもたちが集まってくる。
サトは肩にピッケルをかけ、ため息をついた。
工房の前には、出発の準備を終えた神威が座っている。
背中には荷物を固定するための簡易ハーネス。右側には工具箱。左側には食料と水袋。腰のあたりには、四日前に取り戻した新しい尻尾が、落ち着きなく揺れていた。
本人は、かなり得意げだった。
ただし、立ち上がるたびに脚部補助パーツがぎしりと鳴るので、サトとしてはまったく安心できない。
「すまないな。神威は今から仕事なんだ」
「えー!」
「ちょっとだけ!」
「ベーゴマ一回だけ!」
サトは子どもたちに両手を向ける。
「だめだ。遠出になるから、今から出ないと日が暮れる」
子どもたちは不満そうに頬をふくらませた。
その横で、神威が首を傾げる。
「わぉん」
サトは神威を見た。
「……それにしても神威、ベーゴマできるのか?」
「わおん」
なぜか自信満々だった。
神威は前脚で地面を軽く叩き、新しい尻尾をくるりと回した。
サトの頭の中に、尻尾を高速回転させてベーゴマと張り合う神威の姿が浮かんだ。
たぶん、村の広場が少し壊れる。
「やっぱり禁止だな」
「えー!」
「神威ならできるよ!」
「できるかもしれないけど、できたらできたで危ない」
子どもたちは残念そうに肩を落とした。
「そっかぁ、残念」
「また今度ね」
「次は僕がベーゴマ王者に返り咲くんだからな!」
「たっくん、かなり練習したもんね」
「う、うるせーよ。ちょっとだよ!」
神威は子どもたちを見回した。
それから、そっと尻尾を伸ばす。
長い金属の尾が、子どもたちの前でゆっくり揺れた。
先端の二股は開かない。プラズマ熱も出さない。
ただ、まるで手を振るように、左右に小さく動いている。
「わぉん」
子どもたちの顔がぱっと明るくなった。
「またな、神威!」
「帰ってきたら遊ぼうね!」
「ベーゴマの練習しとくから!」
「オママゴトもね!」
神威の背中で、動物忌避用LEDがちかちか光った。
「神威、嬉しいからって光るな。仕事前に電力を使うな」
「わぉん?」
「分かってないな、その顔は」
サトは苦笑し、村の出口へ向かって歩き出した。
神威が後に続く。
ぎしり。
一歩目で脚が鳴った。
「……本当に大丈夫か?」
「わぉん」
「その返事、信用したからな」
村の門を出ると、空気が少し変わった。
畑の匂いが薄れ、湿った森の匂いが近づいてくる。
今回の依頼は、森都キョウ北側の外れにある小さな村から届いたものだった。
サトたちの村は、森都キョウ西側の外れにある。
森都キョウと言っても、巨大な城壁都市ひとつを指すわけではない。古い森と遺跡群を中心に、人の住む街、観測院の支所、畑、狩場、廃棄場が点々と広がる一帯を、まとめてそう呼んでいる。
だから、西の外れから北の外れへ向かうだけでも、サトにとっては十分な遠出だった。
サトは工房の壁から、使い慣れたピッケルを持ち出した。
目的地は北の観測塔。旧世界の端末が残っている可能性があり、しかも侵食獣らしき痕跡まである。
依頼書には、こうあった。
夜の森で、侵食獣らしき影が増えている。
古い観測塔の周辺で、精霊流が乱れている。
村の猟師たちだけでは原因が分からない。かといって、森都キョウの大きな観測院に正式な調査隊を頼むほどの金もない。
そこで、サトに声がかかった。
旧世界機械の修理ができること。
古い記録板をある程度読めること。
精霊獣の痕跡を見られること。
そして、森都キョウの正式な調査隊を呼ぶよりは、ずっと身軽に動けること。
ただ依頼書の最後には、こう書かれていた。
――危険が予想されるため、単独での調査は避けられたし。
「単独での調査は避けろ、だってさ」
サトは依頼書を折りたたみ、神威を見た。
神威はちょうど、自分の尻尾で背中の荷物を押さえようとしているところだった。
「……まあ、今の俺には、単独じゃない理由があるか」
「わぉん?」
「お前のことだよ」
神威は少し遅れて意味を理解したように、誇らしげに胸を張った。
その拍子に、背中の荷物が少し傾く。
「待て。胸を張るな。荷物の重心がずれる」
「わぉん」
「返事はいいから止まれ。直す」
サトは神威の背中に回り、ハーネスを締め直した。
工具箱が右に寄りすぎている。水袋が左で揺れている。尻尾の可動域に干渉しそうな革紐も一本ある。
「荷物を背負わせるのも、まだ慣れてないからな……。やっぱり少し軽くするか?」
「わぉん」
「いや、そこで強がらなくていい。お前、すぐ壊れるんだから」
「きゅうん」
「そういう顔をしても事実は変わらない」
神威は少しだけ目を伏せた。
しかしサトが荷物を外そうとすると、神威は前脚でそっと工具箱を押さえた。
「……持ちたいのか?」
「わぉん」
サトはしばらく神威を見た。
それから、小さく息を吐く。
「分かった。ただし無理はするな。少しでも脚がおかしくなったら止まる」
「わぉん!」
「大きな声を出すな。森に入る前から目立つ」
正直に言えば、神威を連れていくのは不安もあった。
まだ脚部は完全ではない。尻尾の制御も、ときどき怪しい。荷物を背負わせれば、たぶん何度か転ぶ。
それでも、神威の耳は、人間より早く異変を拾う。
森の中で何かが動けば、サトより先に気づく。
それに。
四日前までゴミ山に埋まっていた旧世界製の機械を、いきなり工房に置いて遠出するのも、それはそれで心配だった。
「……まあ、見張りが必要なのは、森じゃなくてお前の方かもしれないけどな」
「わぉん?」
「いや、褒めてない」
道は、森都キョウ西側の外れにあるサトたちの村から、北の外れの村へ向かって続いていた。
旅、と呼ぶにはまだ近い。
けれど、サトにとっても神威にとっても、初めての遠出だった。
神威は、何にでも興味を示した。
風で揺れる草に鼻先を近づける。
小さな虫が飛ぶと耳の部品を動かす。
道端の古い標識を見つけると、しばらくじっと眺める。
ただ、初めて見るものばかり、というわけではないのだろう。
神威は長いあいだ、森のどこかを歩いていた機械だ。
この道も、この木々も、この標識も、もしかすると過去の記録の中には残っているのかもしれない。
だが、サトと並んで歩くのは初めてだった。
だから神威は、古い記録と目の前の景色を照らし合わせるように、ひとつひとつ確かめているように見えた。
「それはただの標識だ」
「わぉん?」
「いや、旧世界の標識ではあるけど、今はもう何も動かない。たぶん」
神威は前脚で標識の根元をつついた。
ぱき、と木の根が鳴る。
「壊すな。昔を思い出すのはいいけど、調査対象を壊すな」
こんな調子で、進みは遅かった。
ただ、悪いことばかりではない。
神威は、サトが気づかないものに何度も気づいた。
ぽつぽつ読んでくれている人がいて嬉しい( ᐛ)
ボーイミッツガールするところまで毎日2話投稿でがんばります。
神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。
神威もたぶん尻尾を振ります。




