第8話 北の畑の青い光(三)
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サトは呆れながらも、少し笑った。
その日の夕方。
サトと神威は、村長の家に呼ばれた。
村長は、最初に壊れた柵の報告を聞いたときよりも、ずいぶん穏やかな顔をしていた。
「つまり、侵食獣ではなかったのだな」
「はい。古い農業支援機械です。壊れてはいましたが、畑を守ろうとしていたようです」
「ふむ」
村長は腕を組み、しばらく黙った。
「壊れても仕事をしようとしていた、か」
「……はい」
「古い機械というのは、律儀なものだな」
村長はそう言うと、ちらりと神威を見た。
神威は村長の前で、なぜか背筋を伸ばして座っている。
仮尻尾だけが、落ち着きなく揺れていた。
「報酬の話だが、金はあまり出せん」
「分かっています」
「だが、村の倉庫にある古い脚部補助パーツを持っていけ。お前なら使えるだろう」
サトの目が輝いた。
「本当ですか?」
「ああ。どうせ誰も使えん。使える者が使えばいい」
「助かります」
「それと……」
村長は少しだけ言いよどんだ。
「その、なんだ……倉庫に、もう一つ妙なものがある」
「妙なもの?」
「見れば分かる」
村長に連れられ、サトと神威は村の共同倉庫へ向かった。
倉庫の中は薄暗く、古い農具や壊れた水車の部品、用途不明の旧世界機械の欠片が積まれていた。
サトは脚部補助パーツを見つけ、思わず声を上げた。
「これ、まだ使えますよ。関節軸も生きてる。制御端子は古いけど、変換すれば神威に合うかもしれない」
「そうか。なら持っていけ」
「ありがとうございます」
サトが部品を抱えようとしたその時、神威がぴたりと動きを止めた。
金属の耳が、ゆっくりと倉庫の隅へ向く。
「神威?」
神威は倉庫の奥へ歩いていった。
日があたらない倉庫のもっとも奥に小さな棚が設置されており、その上に細長い部品が置かれていた。
神威はゆっくりと近づきその部品を見た後、サトに振り返った。
その部品は、尻尾だった。
長い金属の尾。
節のような可動部がいくつも並び、先端は二股に分かれている。表面には細かな傷がある。誰かが拾い、拭い、保管していたようだ。
神威の瞼が大きく開いた。
「……これ」
サトは息を呑んだ。
「神威の、尻尾か?」
神威は答えなかった。
ただ、そっと鼻先を近づけた。
かすかに、二股の先端が光った気がする。
村長が、後ろで小さく息を吐いた。
「昔、森で拾ったものだ」
「森で?」
「ああ。わしが大人になってからだ。古い木の根元に引っかかっていた。何かに使えるかもしれんと思ってな。捨てずに取っておいた」
村長は神威を見た。
「…わしが子どものころ、一度、森で迷ったことがある」
サトは村長の横顔を見た。
村長の目は、倉庫の奥ではなく、もっと遠い昔を見ているようだった。
「狩りに付いていった帰りに大人とはぐれてな。雨が降って、日が暮れて、道が分からなくなった。泣きながら歩いていたら、青い目の狼が現れた」
神威の瞼が、わずかに震える。
「本物の狼だと思った。食われると思った。だが、そいつは何もせず、ただ前を歩いた。何度も振り返って、わしがついてきているか確かめながらな」
村長は小さく笑った。
「村の明かりが見えるところまで、連れていってくれた。礼を言おうとしたら、もう森に戻っていた」
倉庫の中が静かになった。
「大人になって、その尻尾を見つけたとき、もしかしてと思った。だが、今の今まで、そいつに会うことはなかった」
村長は照れくさそうに鼻を鳴らした。
「欲しけりゃくれてやるよ。そんなもん、わしが持っていても仕方がない」
サトは神威を見た。
「……どうする?」
神威は、じっと尻尾を見つめていた。
それから、ゆっくりとサトを見た。
「わぉん」
「分かった。付け直す」
村長に礼を言ったあと、工房に戻ると、サトはすぐに作業に取りかかった。
仮の尻尾を外し、拾われていた本物の尻尾を接続する。
規格は、驚くほど合っていた。
いや、合っているというより、元からそこに戻るべきものだった。
「神経系……じゃないな。制御線が三本。動力線が二本。補助信号線が……多いな。尻尾にしては機能が多すぎる」
サトは首を傾げながら配線をつないだ。
「ただのバランサーじゃないのか?」
接続が終わると、尻尾の節がひとつずつ動き始めた。
かしゃ。
かしゃ、かしゃ。
長い金属の尾が、ゆっくりと持ち上がる。
神威が自分の尻尾を見ようとして、その場でぐるりと回りかけた。
「待て待て、自分の尻尾を追うな。まだ固定が甘い」
「わぉん!」
神威は嬉しそうに尻尾を振った。
今度は、かたん、ではない。
しなやかに、力強く、左右に揺れる。
工房の壁にかけてあった小さな工具が、風圧で揺れた。
「強い強い強い。加減しろ」
神威は慌てて尻尾を止めた。
だが、先端だけがぴこぴこと動いている。
嬉しいのを隠しきれていなかった。
「本当に犬だな、お前」
「わぉん」
サトは尻尾の先端を調べた。
二股に分かれた先には、小さな発振器と熱変換器が組み込まれている。
「……これ、伸びるのか?」
サトが制御端子を軽く叩くと、尻尾がするすると伸びた。
元の長さの倍近くまで伸び、先端の二股が開く。
その間に、青白い光が灯った。
じり、と空気が震える。
「っ…プラズマ熱……?」
サトは目を見開いた。
かなり短い距離にしか届かない。放射範囲も狭い。武器として使うには近すぎるし、出力も安定しない。
だが、金属の加工には使える。
「これ、溶接に使えるぞ」
「わぉん?」
「お前の尻尾を俺が持って使えば、簡易溶接機になる。ごみ山の旧世界合金も、これなら切断や仮止めくらいはできるかもしれない」
サトは興奮して、尻尾の先端を見つめた。
「今まで使えなかった合金片も資材にできる。フレーム補強もできる。装甲板の再加工も……」
そこまで言って、サトは神威を見た。
神威は期待に満ちた目でこちらを見ている。
「いや、違うぞ」
「わぉん?」
「修理しやすくなったからって、いっぱい壊れていいわけじゃない」
「きゅうん」
「その顔をしてもだめだ。壊れるな。なるべく」
神威の尻尾が、そろそろとサトの手元へ寄ってきた。
まるで、使ってみろと言っているようだった。
サトはため息をつきながらも、尻尾の先端を両手で持った。
「少しだけだぞ。出力を絞る。いきなり全開にするなよ」
「わぉん」
「本当に分かってるか?」
サトは作業台の上に、ゴミ山で拾った謎合金の小片を置いた。
神威の尻尾の二股が開く。
青白いプラズマ熱が、細く照射された。
硬かった合金の表面が、じわりと赤くなる。
「……いける」
サトの声が震えた。
「これなら、神威の脚部補強もできる。胸部装甲も作り直せる。使えなかった廃材が、使える資材になる」
神威は嬉しそうに尻尾を振ろうとした。
「振るな! 溶接中に振るな!」
サトが叫ぶ。
神威は慌てて尻尾を止めた。
その様子がおかしくて、サトは思わず笑った。
「まったく……とんでもないものを拾ったな」
神威は目を細める。
「わぉん」
工房の窓の外では、夕日が沈みかけていた。
その光が神威の背中の装甲板に反射し、淡く輝く。
サトは、接合したばかりの脚部補助パーツを見た。
それから、本物の尻尾を見た。
少し前まで、神威はゴミ山に埋もれた壊れかけの機械だった。
今日、村の畑を守り、森の精霊獣を助け、古い農業機械を止めた。
そして、失っていた尻尾を取り戻した。
サトは工具を握り直す。
「よし。次は脚だ」
「わぉん」
「嬉しそうにするな。修理は痛くないのか?」
「わぉん」
「……まあ、いいか」
そのころ。
村長は工房の外から、少しだけ中を覗いていた。
神威が尻尾を振っている。
サトが怒っている。
青い目の狼は、あのころよりずいぶんぼろぼろになっていた。
けれど、確かに動いていた。
村長は小さく鼻を鳴らした。
「ふんっ。元気にしとるんじゃないか」
それだけ言って、村長は踵を返した。
夕暮れの道を、ゆっくりと戻っていく。
その背中は、どこか少しだけ嬉しそうだった。
それから四日後。
森都キョウの北外れの村から、観測院宛ての依頼が届いた。
夜の森で侵食獣が目撃されていること。
古い観測塔の周辺で、精霊流が乱れていること。
北の畑で起きた異常と、よく似た青白い光が目撃されていること。
そして、旧世界機械と精霊流の両方を見られる調査員が必要であること。
依頼書を読んだサトは、神威を見た。
神威は新しい尻尾をゆっくりと振っている。
「……少し遠出になるぞ」
「わぉん」
「危ないかもしれない」
「わぉん」
「今度こそ、寄り道なしだからな」
「わぉん?」
「その首の傾げ方、絶対分かってないだろ」
サトはため息をついた。
だが、その口元は少しだけ笑っていた。
神威の尻尾が、嬉しそうに揺れる。
工房の隅では、旧世界合金の欠片が、きれいに切りそろえられて積まれていた。
壊れたものを直すための材料が、少しだけ増えた。
行ける場所も、少しだけ増えた。
そして、神威がまた壊れて帰ってくる未来も、少しだけ見えた。
「……なるべく壊れるなよ」
「わぉん」
「なるべく、だからな」
サトはピッケルを肩にかけた。
神威は新しい尻尾を高く上げ、朝の光の中へ一歩踏み出した。




