第7話 北の畑の青い光(二)
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神威の調整パルスを浴びながら、どこか気持ちよさそうにしている。
一匹など、枝から腹を出してだらんと垂れていた。
「わふぅん」
神威が満足そうに鼻を鳴らす。
サトは、緊張で固まっていた肩から力を抜いた。
「……そうか」
神威は、赤子だけを助けていたのではない。
森の中に乱れた精霊流を感じて、苦しんでいる家族ごと整えようとしていたのだ。
「これが、お前のやりたいことなのか? 神威」
神威は答えない。
ただ、赤子に向けて光を送り続けている。
それから小一時間ほど、神威はその場を動かなかった。
サトは文句を言いかけて、やめた。
やがて赤子の光が穏やかになり、親モモンガたちが枝から枝へ静かに移動し始める。
一匹の大きなモモンガが、神威の頭上に降りてきた。
鼻先で、神威の金属の額にそっと触れる。
神威の仮尻尾が、かたん、と小さく揺れた。
モモンガたちは森の奥へ消えていった。
サトはしばらくその背を見送ってから、神威の横に立った。
「……さて、改めて異変の調査に向かうぞ」
「わおん?」
「いや、あのモモンガ家族はたぶん今回の事件に関係ない。基本的に森から出ないだろうし、柵の焼け跡をつけるようなタイプではなさそうだ」
神威は不思議そうに首を傾げた。
「犯人は別にいると思う。もう少し奥に行くぞ」
サトは神威の鼻先を軽くつついた。
「もう寄り道はなしだからな」
「わぉん」
「その返事、信用していいんだろうな?」
森の奥へ進むほど、空気は冷たくなっていった。
木々の間に、かすかな青白い光が見える。
ふわり、ふわりと揺れながら、畑の方へ向かおうとしている。
サトは木の陰に身を寄せた。
「……いた」
青白い光の正体は、獣ではなかった。
それは、サトの腰ほどの高さしかない、小型の機械だった。
丸い胴体に、細い三本の脚。上部には折れたアンテナのようなものがあり、前面の光学部品が青白く点滅している。背中には、小さな噴出口のような装置がついていた。
古い農業支援機械だ。
ただし、状態はかなり悪い。
装甲は割れ、脚の一本は曲がり、内部から漏れたエーテル反応が青白く揺らいでいる。
機械は森の出口へ向かおうとしていた。
そして、進路上にある低木を邪魔だと判断したのか、背中の装置を点滅させる。
ぱしゅん。
薄い光の波が走り、低木の葉が一瞬だけ焦げた。
「これか」
サトは息を吐いた。
「焦げ跡の正体は、害獣忌避パルス。柵を壊したのも、こいつが通ろうとして引っかかったからか」
「わぉん」
「侵食獣じゃない。壊れた旧世界の機械だ」
サトは少しだけ表情を緩めた。
だが、その直後、農業支援機械が急に向きを変えた。
光学部品が、サトと神威を捉える。
青白い光が赤く変わった。
「まずい。警戒対象に入った」
農業支援機械の背中が開く。
さきほどより強い光が収束する。
「神威、下がれ!」
サトが叫ぶより早く、神威が前に出た。
まだ不安定な脚で、サトと農業支援機械の間に立つ。
「だから前に出るなって!」
ぱしゅん、と光の波が走った。
神威の胸部装甲に当たり、火花が散る。
「神威!」
「わぉん!」
神威は怯まなかった。
むしろ、前に出た。
口を開ける。
だが、撃ったのは攻撃ではなかった。
短い、低い、電子音のような鳴き声。
「……通信か?」
農業支援機械の赤い光が揺らいだ。
神威はもう一度鳴いた。
「わぉん」
今度は、ただの鳴き声に聞こえなかった。
旧世界機械の短距離通信規格に似た信号が混じっている。サトのピッケルからホログラムが浮かび、意味不明な文字列が流れ始めた。
『……作物……保護……継続……』
サトは目を見開いた。
「ログが取れる」
農業支援機械は動きを止めた。
だが完全には止まらない。壊れた脚が震え、背中の忌避装置が不規則に点滅している。
『害獣接近……排除……』
『所有者応答なし……』
『村落保護……継続……』
『継続……』
『継続……』
『継続……』
サトは息を呑んだ。
この機械は、村を襲っていたのではない。
村を守ろうとしていたのだ。
何百年も前の命令に従って、畑を守り、獣を追い払い、柵の周りを巡回し続けようとしていた。
けれど、壊れていた。
記録も、脚も、忌避装置も、判断回路も。
守ろうとするたびに、柵を壊し、畑を焦がし、村人を怯えさせていた。
「……そうか」
サトは鞄から接続針を取り出した。
「神威、そのまま通信を続けてくれ。こいつを止める」
「わぉん」
神威は農業支援機械の前に座るようにして、低い信号を送り続ける。
サトは慎重に近づき、農業支援機械の側面にピッケルの接続針を差し込んだ。
ばち、と火花が散る。
「熱っ」
指先が痺れた。
だが、接続はできた。
サトは簡易端末の画面を見ながら、壊れた命令系統を探る。
「作物保護命令は残す。忌避パルスの出力を十分の一に落とす。巡回範囲を畑の内側に固定……いや、今の地図データが古すぎる。村の柵が移動してるのか」
画面にノイズが走る。
農業支援機械が震えた。
背中の装置が再び赤く光り始める。
「まずい、再起動する」
サトは歯を食いしばった。
ここで無理に停止させれば、コアが焼き切れる。
かといって放置すれば、また暴走する。
神威が一歩前に出た。
「待て。壊すなよ」
「わぉん」
神威の瞼が細くなる。
口元から、短い信号音が漏れた。
農業支援機械の赤い光が、少しずつ青に戻っていく。
サトはその隙に、最後の命令を書き換えた。
「村落保護、継続。ただし、対象識別を更新。人間と登録家畜への忌避パルス禁止。柵への接触禁止。巡回は畑外周のみ」
端末が震える。
やがて、農業支援機械の光が静かに落ち着いた。
『命令……更新……』
『村落保護……継続……』
『Thank…you…』
最後の一文は、ログなのか、ノイズなのか分からなかった。
サトは接続針を抜いた。
「……終わった」
農業支援機械は、ぎこちなく脚を動かした。
今度は森ではなく、畑の方へゆっくり進む。
途中で一度振り返ったように見えたのは、気のせいだったかもしれない。
神威が小さく鳴いた。
「きゅうん」
「大丈夫だ。壊してない。まだ働ける」
神威は安心したように瞼を下げた。
その瞬間、神威の右前脚から嫌な音がした。
ぎゃり、と金属がこすれる。
「……おい」
神威が目をそらした。
「お前、さっき受けたパルスで胸部装甲だけじゃなくて、脚もやったな?」
「わぉん?」
「ごまかすな」
サトはしゃがみ込み、脚部を確認した。
仮組みの補助回路が焦げている。歩けないほどではないが、放っておけば悪化する。
「帰ったら修理だ。というか、帰る前に少し固定する」
「わぉん」
「なんで嬉しそうなんだよ」
神威は仮尻尾をかたんかたんと揺らした。




