第10話 北外れの村(二)
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ぬかるんだ道を避ける。
茂みの奥に潜む小動物を先に察知する。
古い機械片が埋まっている場所で、耳の部品をぴくりと動かす。
サトはそのたびに立ち止まり、記録を取った。
「……なるほどな。お前のセンサーは、まだかなり生きてる」
「わぉん」
「褒めてる。褒めてるけど、今は得意げに回るな。荷物がずれる」
神威は回ろうとしていた足を止めた。
そして、何事もなかったように前を向く。
サトは笑いそうになったが、こらえた。
森の奥まで進むと、空気がさらに冷たくなった。
木々が頭上を覆い、昼前だというのに、道の上には薄い影が落ちている。
鳥の声はある。虫の音もある。
だが、その奥に、何かざらりとした気配が混ざっていた。
サトは足を止めた。
「……神威?」
神威も、すでに止まっていた。
耳の部品が前を向いている。
尻尾が低く下がり、先端だけが小さく揺れていた。
背中のLEDは光っていない。
警戒している。
「何かいるのか」
「……わぅ」
小さな声だった。
サトは腰のピッケルに手を伸ばす。
神威が、一歩だけ横へ動いた。
そのまま、道の先を避けるように森の脇へ向かう。
「そっちか?」
神威は振り返り、低く鳴いた。
「わぉん」
来い、と言っているようだった。
サトは息をひそめ、神威についていく。
道から外れ、木の根の間を抜ける。
足元の落ち葉が音を立てないよう、慎重に歩く。
しばらく進むと、神威が茂みの影に伏せた。
サトもその隣にしゃがみ込む。
道の先が見えた。
そこに、小さな影がいた。
子犬ほどの大きさの獣。
四本の脚は細く、背中には黒い苔のようなものがまとわりついている。顔の半分は普通の獣に見えたが、もう半分は黒く濁り、ひび割れた石のようだった。
侵食獣。
まだ小さい。
おそらく成体ではない。
だが、油断できる相手ではない。
侵食獣は道の真ん中で、地面を嗅ぐような動きをしていた。時折、びくりと体を震わせ、そのたびに背中の黒い苔がわずかに膨らむ。
サトは息を殺した。
戦えば勝てるかもしれない。
いや、勝てないかもしれない。
少なくとも、神威をぶつけるのは危険だ。
脚部補助パーツは、この四日で何度か調整した。新しい尻尾にも、少しは慣れてきた。
それでも、荷物を背負った状態で侵食獣に突っ込めば、たぶんどこかが壊れる。
いや、たぶんではない。
かなり高い確率で壊れる。
サトは神威を見た。
神威は前へ出なかった。
ただ、サトの前に体を少しだけ寄せ、侵食獣から見えない角度を保っている。
耳の部品は、ずっと獣の方を向いていた。
守ろうとしている。
でも、飛び出さずに我慢している。
この四日間の説教は、少しだけ効いているらしい。
サトは小さく頷いた。
「……迂回するぞ」
声にならないほど小さく言う。
神威は、ほとんど音を立てずに動いた。
大型狼ほどの機械が、木の影を縫うように進む。
いや、音は少ししていた。
ぎし。
きゅい。
かしゃ。
それでもまだ距離が遠い。侵食獣は気づかない。
サトは神威の背に手を添えながら、ゆっくり進んだ。
森の匂いが濃くなる。
落ち葉の下で、古い枝が折れそうになる。
サトは足を止め、別の場所に足を置く。
神威が先導し、サトが後に続く。
やがて、侵食獣の気配が遠ざかった。
しばらく歩いてから、サトはようやく息を吐いた。
「……助かった」
神威が振り返る。
「わぉん?」
「お前が気づかなかったら、まともに出くわしてた」
サトは神威の頭を軽く叩いた。
金属の額は、少し冷たい。
「連れてきてよかった」
神威の目が、ぱっと明るくなった。
尻尾がぶん、と振れた。
「いや、そこで喜びすぎるな。音が――」
言い終わる前だった。
神威の後ろ足が、木の根に引っかかった。
荷物の重心が傾く。
工具箱が右へ滑る。
尻尾が慌ててバランスを取ろうと伸びる。
だが、伸びた尻尾が別の枝に引っかかった。
「あ」
サトが声を漏らした瞬間、神威の体が大きく傾いた。
がしゃん。
ずる。
どん。
ばきばきばき。
神威は、見事に転倒した。
しかも、ただ転んだだけではない。
背中の荷物がばらけ、工具箱の蓋が開き、水袋が転がり、尻尾が枝を巻き込んで、落ち葉が盛大に舞った。
森の静けさが、一瞬で台無しになった。
サトは固まった。
神威も、横倒しのまま固まった。
「……神威」
「きゅうん」
「起きろ。今すぐ。静かに。なるべく静かに」
神威は慌てて立ち上がろうとした。
が、尻尾が枝に絡まったままだった。
がしゃ。
「静かにって言っただろ!」
「きゅうん!」
「分かった、俺が外す。暴れるな。暴れると余計に絡まる」
ぽつぽつ読んでくれている人がいて嬉しい( ᐛ)
ボーイミッツガールするところまで毎日2話投稿でがんばります。
神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。
神威もたぶん尻尾を振ります。




