第88話 夢の列車(三)
がたんごとん。
がたんごとん。
サトは列車の中にいた。
座席。
窓。
吊り革。
淡い光。
けれど、そこは現実ではなかった。
夢のように、景色が少し滲んでいる。
窓の外には、緑の山が流れていた。
「……パパ、楽しみだね」
小さな子どもの声。
向かいの席に、父親らしき男と子どもが座っていた。
男は笑って、子どもの頭を撫でている。
次の瞬間、景色が変わる。
がたんごとん。
がたんごとん。
新聞を読む勤め人。
音楽を聴く学生。
眠る老婦人。
窓の外には、海が見えた。
青い海。
白い雲。
遠くの街。
これはいつの記憶だろうか。
誰の記憶だろうか。
◇
また景色が変わる。
がたんごとん。
がたんごとん。
列車の中は、とても静かだった。
誰もいない。
座席だけが並んでいる。
窓の外では、景色だけが流れていく。
サトは通路の真ん中に立っていた。
「ここは……」
「こんにちは、騎士さん」
声がした。
前を見ると、一人の女性が座っていた。
不思議な髪色をしている。
淡い黄色と蒼が混ざったような髪。
年は二十前後に見えた。
淡い黄色と蒼のすらりとしたドレス。
白を基調にした、つるりとした素材のブーツ。
どこか地上の服とは違う。
けれど、ツキハの月の衣とも少し違う。
女性はにこにこと笑っていた。
「ここは……どこですか」
「夢と精霊流の狭間」
女性は軽く首を傾げる。
「君がいた場所は、とても精霊圏に近かったから。こうして会いに来られたんだ」
サトは警戒するべきだと思った。
相手が誰なのか分からない。
ここがどこなのかも分からない。
けれど、不思議と怖くなかった。
女性は立ち上がり、サトの前へ来た。
そして、じっと顔を覗き込む。
「うんうん。やっぱり、かわいい顔してるね」
「わっ」
気づけば、女性の顔がすぐ鼻の先にあった。
サトは思わず後ずさる。
女性は楽しそうに笑った。
「うふふ。こんにちは。私はユメ」
「ユメ……」
その名を聞いた瞬間、胸の奥が微かに震えた。
どこかで聞いたような。
いや、直接聞いたのは初めてのはずだ。
「隣に座っていいかな」
「あ、ああ」
サトは促されるまま座った。
ユメは隣に腰かける。
窓の外では、知らない景色が流れている。
山。
川。
街。
海。
時代も場所もばらばらな景色。
「ねぇ、旅は楽しい?」
ユメが尋ねた。
サトは少し考えた。
「大変なことも多いです」
「うん」
「危ないこともあった。怖いこともあった。分からないことばかりです」
「うんうん」
「でも……ツキハと神威と協力して、色々なものを見た。キョウからカツザンまでの旅も、今思えば、いい思い出です」
「そっかそっか」
ユメは嬉しそうに頷いた。
「あの神威くん、だっけ。とってもかわいいね。あなたが作った脚を、とても気に入っているみたい」
「ああ」
サトは少しだけ笑った。
「大切な相棒です。言うことは、あまり聞きませんが」
「ふふ。そうなんだ」
ユメはサトを見た。
「君も、とてもいい子」
「そんなことはない」
サトはすぐに答えた。
自分でも驚くほど、早かった。
ユメの笑みが、少し変わった。
からかうようなものではなくなった。
泣きそうな子どもを見るような、やさしい顔。
「どうしたの?」
ユメが言う。
「お姉さんに話してごらん」
サトはうつむいた。
言うつもりはなかった。
けれど、夢だからだろうか。
白い列車の揺れのせいだろうか。
言葉が、勝手にこぼれた。
「自分は、役に立たない」
ユメは黙って聞いていた。
「ドーラ院長もすごかった。カバネさんはもっと強かった。ネルバも、アドリィも、ハヤテさんも、それぞれの役割を持って戦っていた」
列車が揺れる。
がたんごとん。
がたんごとん。
「俺は、ただ守られてた」
その言葉を口にした瞬間、胸が痛くなった。
実際には、そうではないと分かっている部分もある。
牙級の動きを見た。
左後脚の付け根を読んだ。
みんなが動けるように、言葉をつないだ。
それでも、自分は槍を振るっていない。
銃砲を撃っていない。
結界を編んでもいない。
ただ、守られる場所にいた。
「頼りない存在です。このままでは……こんなんじゃ……」
ツキハの役に立てない。
最後まで言葉にはならなかった。
ユメの手が、そっとサトの頭に触れた。
「えいっ」
「え?」
そのまま体を倒された。
気づけば、サトはユメの膝に頭を乗せていた。
膝枕のような体勢。
慌てて起き上がろうとする。
「動かないの」
ユメの声は、やさしいのに逆らえなかった。
頭を撫でられる。
ゆっくり。
何度も。
「えっと……これは」
「お姉さんが褒めてあげているの」
「褒める?」
「そう。がんばったらね、誰かに褒めてもらえるんだよ」
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神威もたぶん尻尾を振ります。




