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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第82話 西の遺跡へ(二)

一行は西へ向かった。


 カバネを先頭に、少し後ろをハヤテが歩く。


 さらにネルバとアドリィ。


 サト、ツキハ、神威は中央寄り。


 カバネは先頭を歩きながら、ときどき短く手を上げて全体の速度を調整した。


 最初の道は、よく整備されていた。


 カツザンから近い街道で、荷車の跡もある。


 道の脇には、古い配管を利用した水路が続き、ところどころに小さな祠があった。


 アドリィはその前を通るたびに、短く祈った。


「全部に祈るんですか」


 サトが尋ねると、アドリィは微笑んだ。


「全部ではありません。挨拶です」


「誰に?」


「そこにいるものへ」


 サトは祠を見た。


 小さな石。


 古い歯車。


 錆びた金属片。


 それらが積まれている。


 神とも機械とも精霊ともつかない。


「いるんですか」


「いるときも、いないときもあります」


「それでも挨拶する?」


「はい。いなければ、風が聞いてくれます」


 ツキハが少しだけ興味深そうに見た。


「祈りは、通信ですか」


 アドリィは少し考えた。


「似ています。でも、返事を強要しません」


「命令ではない」


「はい」


 ツキハは頷いた。


「適切です」


 アドリィは嬉しそうに笑った。


     ◇


 昼前、最初の休憩になった。


 ハヤテは荷物から小さな鍋を取り出した。


 ネルバが無言で薪を割る。


 カバネが周囲を見回る。


 アドリィが水を清める。


 動きに無駄がなかった。


 それぞれが、自分の役割を知っている。


 サトはそれを見て、少しだけ肩身が狭くなった。


 自分は何をすればいいのか。


 そう思った瞬間、ハヤテが鍋を差し出した。


「観測士、これ見てくれねぇか」


「何ですか」


「加熱板。最近少し温度が不安定なんだよなぁ」


 サトは受け取った。


 旧世代の小型加熱板だった。


 傷は多いが、まだ生きている。


 ピッケルを繋ぎ、反応を見る。


「精霊流の入力がぶれてる。ここの端子が汚れてるな」


「ほぉ……直るかい?」


「すぐに」


 サトは工具を取り出し、端子を磨いた。


 ツキハが横から覗き込む。


「左側の流れが乱れています」


「ここか」


「はい」


「助かる」


 調整を終えると、加熱板は安定して赤く光った。


 ハヤテが手を叩く。


「おお、助かる。これで昼飯が焦げずに済む」


「焦げてたんですか」


「ちょっとな」


 ネルバが無言で頷いた。


 どうやら、ちょっとではなかったらしい。


 サトは少しだけほっとした。


 戦えなくても、やることはある。


 少なくとも昼飯は守れた。


     ◇


 ハヤテの料理はうまかった。


 干し肉と豆と山菜を煮込んだもの。


 香辛料は控えめだが、体が温まる。


 ツキハは一口食べて、少しだけ目を瞬いた。


「情報量が整理されています」


「褒めてる?」


 ハヤテが聞く。


「はい。おいしいです」


「それならよかった」


 神威は食べられない。


 だが、匂いは気になるらしい。


 鍋の近くで、じっと湯気を見ていた。


「お前は食べられないぞ」


「きゅうん」


「その代わり、あとで整備してやる」


「わぅ」


「食べ物よりそっちで喜ぶんだな」


 カバネが笑った。


「変わったやつだ」


「神威は整備されるのが好きなんです」


「戦士が武器を磨くのと同じだろ」


「そういうものですか」


「そういうものだ」


 カバネは自分の大槍を軽く叩いた。


「こいつも、手入れを怠ると拗ねる」


「槍が拗ねるんですか」


「拗ねる」


 サトは思わず槍を見た。


 ただの比喩なのか、本当にそうなのか、この世界では判断が難しい。


     ◇


 道は二日目から険しくなった。


 街道は細くなり、山道へ入る。


 木々が深くなり、足元には古い石段の名残が現れた。


 かつては整備された道だったのだろう。


 だが今は、根に持ち上げられ、苔に覆われ、崩れかけている。


 ハヤテが先行し、危ない箇所に印を付ける。


 ネルバは重い荷を背負ったまま、ほとんど息を乱さない。


 アドリィは時々、周囲の精霊流へ祈りを通す。


 薄い膜のようなものが一行の周囲に広がり、虫や小さな精霊獣を遠ざけていた。


「便利ですね」


 サトが言うと、アドリィは首を横に振った。


「強いものには効きません。あと、長く続けると疲れます」


「やっぱり制限はあるんですね」


「はい。祈りは、体力も心も使います」


「心も」


「嫌な気持ちで祈ると、精霊が嫌がります」


 サトはなるほどと思った。


 神威の信号に少し似ている。


 命令ではなく、お願い。


 相手がいるものとして扱う。


 精霊流とは、そういうものなのかもしれない。


 ツキハはそれを黙って聞いていた。


 きっと頭の中で、何かを整理しているのだろう。


     ◇


 二日目の夜、神威は少し元気がなかった。


 理由はすぐに分かった。


 鶏がいない。


 宿の裏庭で背中に乗っていたココッコがいないのが、どうやら少し寂しいらしい。


「お前、鶏ロスか」


「わぅ……」


 神威は焚き火のそばで伏せたまま、尻尾を力なく動かした。


 ハヤテが笑う。


「機械狼も寂しがるんだな」


「寂しがってるのか?」


 サトが聞くと、ツキハが神威を観測した。


「出力が低下しています」


「それ、寂しいってことか?」


「断定はできません。ただし、ココッコの名前を出した瞬間、尻尾の動きが変化しました」


「寂しいんだな」


「きゅうん」


 神威は否定するように鳴いた。


 だが、説得力はなかった。


 カバネが干し肉をかじりながら言う。


「帰ったら会えるだろ」


「わぅ」


「なら歩け」


「わぉん」


 神威が少し元気になった。


 サトは不思議なものを見る目でカバネを見た。


「言葉が短いのに、効きますね」


「長く言えばいいってもんじゃない」


「なるほど」


 サトは少しだけ感心した。


     ◇

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。




神威もたぶん尻尾を振ります。

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