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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第81話 西の遺跡へ(一)

龍都カツザンの西門前には、朝から大きな荷が積まれていた。


 食料。


 水袋。


 野営布。


 縄。


 杭。


 古い観測器。


 予備の精霊灯。


 そして、ネルバという大男が背負っている、妙に物騒な銃砲。


 サトは思わずそれを見た。


 人の腕ほどもある太い銃身。


 金属の箱のような弾倉。


 銃床には、精霊流を通すための古い導線が巻かれている。


 銃というより、小さな砲だった。


「それ、持って歩くんですか」


 サトが聞くと、ネルバは低い声で答えた。


「持つ」


「重くないんですか」


「重い」


「ですよね」


「だが、俺が持てる」


 それ以上の説明はなかった。


 ネルバは大柄だった。


 カバネほど鋭い雰囲気ではないが、全身が岩のように厚い。


 肩幅が広く、背には荷物が山のように積まれている。


 そのうえで、エーテル式自動装填銃砲まで抱えていた。


 サトは少しだけ呆れた。


「……荷物持ちも兼ねてるんですね」


「持てるからな」


 ネルバはそれだけ言った。


 神威が銃砲に鼻先を近づけようとして、サトは首元に軽く手を添えた。


「それは危ないぞ」


「わぅ」


 神威は素直に鼻先を引っ込めた。


 ネルバが神威を見下ろす。


「その犬が、腹を光らせるやつか」


「犬ではありません」


 ツキハが即座に訂正した。


 ネルバは少しだけ考えた。


「そうか」


 そこで会話は終わった。


 訂正を受け入れるのが早い。


 サトは少し感心した。


     ◇


 カバネ隊は、四人だった。


 まず、カバネ。


 赤い虎耳と太い尾を持つユプケ族の戦士。


 額にはまだ薄く傷跡が残っている。


 だが、歩き方にも立ち姿にも、負傷の影はほとんどなかった。


 新しい大槍を肩に担ぎ、朝の空気を楽しむように大きく伸びをしている。


「四日歩く。山を越えて、霧の遺跡へ入る。問題ないか確認して帰るぞ」


 カバネは簡単に言った。


「説明が短すぎませんか」


 サトが言うと、カバネは鼻を鳴らした。


「難しいことは私には分からん。そこはお前らに任せる」


「は、はぁ」


 カバネは笑った。


「心配性だな、観測士」


「観測士なので」


「悪くない」


 褒められたのか、からかわれたのか分からなかった。


 次に、ネルバ。


 大柄な重装戦士。


 エーテル式自動装填銃砲を持ち、荷物持ちも兼ねる。


 言葉は少ない。


 だが、必要な荷物を黙々と確認し、銃砲の冷却管と弾倉を一つずつ点検していた。


 火力担当。


 ただし、あの銃砲は万能ではないらしい。


 ハヤテが横から説明してくれた。


「ネルバの銃砲は強いけどな、撃ちすぎると焼ける。銃も、本人も」


「本人も?」


「エーテル式だからな。エーテルコアエンジンから精霊流を通して、弾を押し出す。連射すると腕に精霊焼けが出るんだよ」


「そんなものを持ち歩いてるんですか」


「強いからなぁ」


 その答えは単純だった。


 カバネ隊では、強いことが理由になるらしい。


 三人目は、アドリィ。


 額に一本角を持つ、細身の神官だった。


 角はまっすぐ前へ伸びているわけではなく、額から滑らかに上へ伸び、先端だけがわずかに前を向いている。


 白い薄布を肩にかけ、手には細い杖を持っていた。


 声は柔らかい。


 けれど、視線は不思議と強かった。


「アドリィです。精霊に祈りを通し、防御を編みます」


「防御を編む?」


 サトが聞き返す。


「はい。精霊に命じるのではありません。お願いして、形を貸していただきます」


 アドリィはそう言って、指先で空中に小さな輪を描いた。


 淡い光が糸のように伸び、サトの前で薄い膜になる。


 すぐに消えた。


「結界ですか」


「小さなものなら。大きなものは準備が必要です」


「回復もできるんですか」


 サトが尋ねると、アドリィは首を横に振った。


「傷を塞ぐことはできません。痛みを消すこともできません。ただ、攻撃を逸らす、視線を曇らせる、匂いを散らす、音をずらす。そうしたことなら、少し」


「すごいですね」


「少しだけです」


 アドリィは穏やかに笑った。


 その謙遜が、本当なのかどうかは分からない。


 最後に、ハヤテ。


 斥候で、料理番で、道具使い。


 年のころは、サトよりひと回り以上は上だろうか。


 ひょろりとした体つきで、目尻には笑い皺がある。


 腰には小袋がいくつもぶら下がり、背には鍋と短い弓と折り畳み式の棒がくくりつけられていた。


 見た目だけなら、一番戦闘向きには見えない。


 だが、サトはこういう相手ほど油断できないことを知っていた。


「ハヤテだ。道を見る。罠を見る。飯を作る。まあ、どうにもならん時は戦う」


「どうにもならない時だけですか」


「できれば戦いたくないんでな。年を取ると、無駄に走るのが嫌になる」


「それは少し分かります」


「若いのに分かるのか。苦労してるねぇ」


 ハヤテは、にっと笑った。


 そして神威を見た。


「ああ、腹を光らせる子だな」


「わぅ」


「この前は助かったよ。あれのおかげで、久しぶりにぐっすり寝られた」


 神威は嬉しそうに尻尾を振った。


     ◇


 観測院の西門から出る前に、ドーラが見送りに来た。


 相変わらず恰幅のいい体に、相変わらず人の丈ほどあるハンマーを担いでいる。


 隣にはディエンもいた。


 ディエンは記録板を手に、事務的に説明を始めた。


「龍都カツザンから西へ徒歩四日。途中で山を越えます。晴れていれば、山頂付近から遠くに海が見えるはずです」


「海」


 ツキハが小さく反応した。


「見たことあるのか」


 サトが聞くと、ツキハは少し考えた。


「知識としてはあります。直接見た記憶は、ありません」


「じゃあ、晴れるといいな」


「はい」


 ディエンは続ける。


「目的地周辺では、濃霧が確認されています。通常の霧ではなく、精霊流を含むものです。近づくと方向感覚が乱れます。無理に進むと帰還不能になる可能性があります」


「危険度が不明とのことですが」


 サトが言うと、ディエンは頷いた。


「これまでの危険度は低です。霧の外に出てくるものはありませんでした。周辺の村にも被害はなく、観測院では自然の精霊流異常として扱っていました」


「それが変わった?」


「はい。最近、霧の外縁に小型侵食獣と思われる痕跡が確認されました」


 侵食獣。


 その言葉で、空気が少しだけ重くなる。


 ハヤテの笑みが消えた。


 アドリィが杖を握る。


 ネルバは銃砲の弾倉をもう一度確認した。


 ディエンは答えた。


「呪い……いえ、侵食汚染の残留も確認されています。接触には注意してください」


「呪いでいい」


 カバネは短く言った。


「現場の連中はみんなそう呼ぶ」


 ツキハが静かに言った。


「呪いとは、侵食汚染の俗称ですね」


「そうだ」


 カバネは頷いた。


「触れば残る。吸えば削られる。もらえば死ぬこともある。だから呪いだ」


 サトは喉を鳴らした。


 裂爪級と戦ったときのことを思い出す。


 侵食獣の濁り。


 精霊流を歪ませる気配。


 あれは、ただの獣ではなかった。


「調査が目的だ」


 ドーラが口を開いた。


「討伐じゃない。無理だと思ったら戻ってきな」


「院長がそれを言うんですね」


 サトが思わず言うと、ディエンが即座に頷いた。


「重要事項です」


 ドーラは少しだけ不満そうにしたが、すぐに表情を戻した。


「カバネ。無茶はするなよ」


「あぁ。調査だな。ただ、見つけたら倒すぞ。そのほうが安全だ」


「それは無茶をするやつの返事だ」


「院長に言われたくない」


 ドーラは笑った。


「違いない」


 それから、サトへ視線を向ける。


「サト。あんたは見るんだ。壊れたもの、動いているもの、動こうとしているもの。戦うのはカバネたちがやる」


「はい」


「ツキハちゃん。無理はするんじゃないよ」


「はい」


 ドーラは最後に神威を見た。


「神威。サトのそばを離れるんじゃないよ」


「わぅ」


 神威は真面目そうに耳を立てた。


 サトはその頭を軽く撫でる。


「頼むぞ、相棒」


「わぉん」


 その返事だけは、妙に頼もしく聞こえた。


     ◇

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。




神威もたぶん尻尾を振ります。

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