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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第80話 出張リラクゼーション犬(三)

翌朝。


 宿に観測院の使いが来た。


「サトさん、ツキハさん、神威さん。ドーラ院長がお呼びです」


「またですか」


 サトは思わず言った。


「内容は聞いていますか」


「西の遺跡の調査、とだけ」


「西の遺跡」


 ツキハが反復する。


 神威が耳を立てた。


 サトはピッケルを手に取る。


 ここ数日は、カツザン近場の仕事ばかりだった。


 武器の調整。


 遺物整理。


 機械修理。


 救護室への神威出張。


 どれも悪くなかった。


 むしろ、こういう仕事は嫌いではない。


 だが、今回は久しぶりに遠征になるのかもしれない。


「行くか」


「はい」


「わぉん」


「ここっ」


 神威は立ち上がった。


 背中に、いつの間にかまた鶏が乗っていた。


「お前は連れていけんよ…」


「こけっ」


「わぉん!?」


「神威、お前も連れていく気だったな」


     ◇


 院長室には、ドーラとディエンがいた。


 そしてもう一人。


 赤い虎耳。


 太い尾。


 傷の残る額。


 片腕の包帯はもう取れているようだ。


 ユプケの姐さんだった。


 以前より顔色がいい。


 いや、顔色がいいどころか、すでに戦いに行く気配をまとっていた。


 壁には、彼女の折れた槍とは別の、新しい大槍が立てかけられている。


「来たか、へんな犬の相棒」


「サトです」


「知ってる」


「犬ではありません」


 ツキハが言う。


 ユプケの姐さんは笑った。


「それも知ってる」


 ドーラが椅子に座ったまま、手を振った。


「紹介しておこうかね。ユプケ族の戦士、カバネだ」


「カバネ」


 サトはその名を繰り返した。


 少し強い響きの名だった。


 カバネは腕を組む。


「ユプケの古い言葉で、屍を超えるもの、という意味らしい」


「らしい?」


「私は学者じゃない」


「なるほど」


 サトは妙に納得した。


 ドーラが机に肘をつく。


「昨日、カバネのチームが、例の門塞級を機能停止させた」


「大型狂機を?」


「ああ。炉心を潰して沈黙させた。もっとも、完全な撤去と区画封鎖にはまだ時間がかかるがね」


 サトはカバネを見た。


 あれを。


 あの大型狂機を。


 ユプケの姐さんたちは、本当に沈黙させたのか。


 カバネはその視線に気づき、鼻を鳴らした。


「何だ」


「いや……すごいな、と」


「強いやつは強い。当然だ」


 その言葉は、単純だった。


 単純すぎるほどだった。


 だが、サトの胸には少し重く響いた。


 世界には、どうしようもなく強い者がいる。


 あの大型狂機を倒せる者がいる。


 カバネが言った。


「まぁお前たちの前回の働きで、あれはだいぶ傷んでいたみたいだ。動きもぎこちなかった」


 カバネは神威を見た。


「借りはある。あのとき救護室で腹を光らせていたのも、悪くなかった」


「わおん」


 神威の尻尾が揺れる。


「ふんっ」


 カバネがじろりと神威をみる。


 神威はぴたりと尻尾を止めた。


 ドーラが笑った。


「さて、本題だよ」


 机の上に地図が広げられる。


 龍都カツザンの西。


 山道を越えた先。


 古い遺跡群が点在する地域。


「ここより4日ほど西にいくと大きな遺跡がある」


「常に霧が出ている場所でね。把握はしていたが特に害もないから今までは調査を保留にしていたんさね」


「だが、先日、遺跡近くへ素材採取の任についていた観測士から、遺跡から鉄がひしゃげるような大きな音を聞いたと報告があった。まるで侵食獣の声のようだったと。」


 ディエンが記録板を置いた。


「人の足で4日の距離に大型の侵食獣であれば、カツザンにとっては大きな脅威です。今までのような様子見とはいかなくなりました。」


「危険度は」


 サトが聞く。


「不明です」


 ディエンは答えた。


「我々も既に観測班を一つ出しましたが、途中で引き返しています。原因は、遺跡周辺の精霊流の乱れと、未分類の足跡」


「未分類の足跡」


 ツキハが静かに言った。


「大きさは?」


「通常の精霊獣より長い移動痕です」


 サトは眉を寄せた。


 長い移動痕。


 精霊獣。


 古い機械反応。


 それらの言葉が、記憶の中でつながりそうになる。


 白い列車型の精霊獣。


 万葉の大地で出会った、あの白い流れ。


「関係があるかもしれないな」


 サトが呟くと、ツキハも頷いた。


「確認が必要です」


 ドーラはにやりと笑った。


「そこで、カバネのチームに調査を頼む。ついでに、あんたたちにも同行してほしい」


「俺たちが?」


「ああ。護衛と力仕事はカバネたちがやる。だが、遺物と精霊流が絡むなら、観測士がいたほうがいい。それも腕利きのね」


「わぉん」


 神威が返事をした。


 カバネが神威を見る。


「へんな犬も来るのか」


「犬ではありません」


「はいはい」


 ドーラは地図を指で叩いた。


「久しぶりの遠征だろ。準備はしっかりしておきな」


「それと、今回は調査だ。遠くからの観察で済むならそれで重畳。なにかいても無理に討伐する必要はないさね。危険があったらすぐ逃げな。」


 サトは地図を見た。


 西の遺跡。


 未分類の足跡。


 古い機械反応。


 精霊流の乱れ。


 そして、カバネのチーム。


 龍都カツザンでの日々は、穏やかだった。


 ここからは少し騒がしくなるかもしれない。


 サトはピッケルの柄を握った。


「分かりました。行きます。ツキハも神威もそれでいいか」


 ツキハも頷く。


「適切です」


 神威が、わぉん、と鳴いた。


 その背中の芽が、淡く光った。

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。




神威もたぶん尻尾を振ります。

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