第78話 出張リラクゼーション犬(一)
記録庫で一週間を過ごしたあと、サトたちは龍都カツザンにしばらく留まることになった。
理由は単純だった。
路銀がいる。
月竹を探すにしても、北アメリカやオーストラリアや南極の手がかりを追うにしても、何をするにも金がかかる。
世界は広い。
だが、まずは直近の飯の心配から片づける必要がある。
「というわけで、働くぞ」
宿の作業部屋で、サトはそう宣言した。
「適切です」
ツキハは頷いた。
「わぉん」
神威も頷いた。
ただし、神威は頷いたあと、新しくなった右前脚で得意げに足踏みした。
神威の足回りはかなり安定した。
軽く走れる。
小さく跳ねられる。
曲がるときに転ばない。
それだけでも、神威にとっては大事件らしい。
宿の廊下を歩くときも、わざわざ足音を立てる。
市場へ行くときも、前より少し胸を張っている。
そして褒められると、すぐに尻尾が動く。
その尻尾で、すでに宿の水差しを二度倒した。
◇
龍都カツザンでの仕事は、思ったより多かった。
人が多いとそれだけ困りごとも多く集まる。
観測院から紹介された仕事もあれば、市場で直接頼まれるものもあった。
「この槍、精霊流の通りが悪いんだ。見てくれないか」
「打撃のたびに火花が散るんだが、これは仕様か?」
「旧世代の照準器を拾ったんだが、目に当てると頭痛がする」
サトは他の観測士や護衛たちの武器を調整した。
槍の柄に埋め込まれた古い端子を洗い、精霊流を通す飾り金具を交換し、誤作動する小型蓄電器を外す。
戦うための武器を強くするというより、危なくないように整える仕事だった。
「これは使うな。次に強く打ったら柄の中で爆ぜる」
「えっ」
「えっ、じゃない。これでよく昨日まで生きてたな」
「いや、最近ちょっと手が痺れるなとは思ってたが」
「それ、武器じゃなくて漏電して壊れかけてる合図だ」
ツキハは横で、淡々と補足する。
「使用者の右腕に微細な精霊焼けもあります。三日間の使用停止を推奨します」
「三日!?」
「不適切ですか」
「いや、適切なんだろうけどさ……」
サトは苦笑した。
「ツキハが言うなら、たぶん本当に三日は休め」
その横で、神威は武器を持ってきた観測士たちに撫でられていた。
最初は警戒されていた。
だが、竜骨坑道の救出任務以降、神威を見る目は変わった。
「あのへんな機械狼だろ。救護室で腹を光らせるやつ」
「神威だ」
サトが言う。
「犬ではありません」
ツキハが補足する。
「わぉん」
神威は、なぜか少し得意げだった。
◇
遺物整理の仕事も多かった。
龍骨坑道や周辺遺跡から持ち帰られた旧世代の機械片。
それらを分類し、危険な部品を外し、使えるパーツを抜き出す。
サトにとっては得意分野だった。
「これはまだ使える。小型駆動軸」
「こちらは?」
「ただの飾り……に見えるけど、たぶん通信端子だな。神威、これ分かるか」
「わぅ」
神威が鼻先を近づける。
それから、きゅうん、と鳴いた。
「だめか」
「応答がないようです」
ツキハが言う。
「死んでるか、黙ってるかだな」
「機械は黙りますか」
「ときどきな」
サトはそう言いながら、古い端子を丁寧に箱へ入れた。
「壊れてても、すぐ捨てるのはもったいない。後で別の何かに使えるかもしれない」
「サトは、壊れたものに甘いです」
「そうか?」
「はい」
ツキハは神威を見た。
神威は小さな歯車を前足で押して遊んでいる。
「かなり」
「……まあ、否定はしない」
サトは苦笑した。
◇
カツザンの古い稼働機械を修理する仕事もあった。
水路の横にある揚水機。
市場裏の蒸気弁。
宿の古い温水管。
観測院の補助昇降機。
どれも完全には壊れていない。
だが、完全に生きているわけでもない。
古い機械は、放っておくと機嫌を損ねる。
サトがピッケルを繋ぎ、ツキハが精霊流の乱れを見て、神威が近くで耳を動かす。
それが、いつの間にか三人の基本形になっていた。
「神威、右の配管に何かいるか?」
「わぅ」
「いるのか」
「きゅうん」
「いるけど悪いやつじゃない?」
「わぉん」
ツキハが配管を見た。
「小型精霊反応。熱を好む種類のようです」
「じゃあ追い出さずに、少しずらすか。ここに住まれると弁が詰まる」
「適切です」
神威が腹部パネルを少し開く。
淡い光。
命令ではない。
お願いに近い信号。
配管の奥で、きらきらした小さな虫のような光が動いた。
熱の通り道から、少し横へ移る。
「よし。ありがとな」
「わぉん」
神威の尻尾が揺れる。
市場の修理屋がそれを見て感心した。
「便利だな、その機械狼」
「便利というか、勝手に気を利かせるというか」
「貸し出しはしてないのか?」
「貸し出し?」
サトは嫌な予感がした。
◇
数日後、神威は妙な呼び名を得ていた。
出張リラクゼーション犬。
「犬ではない!」
サトは何度目か分からない訂正をした。
だが、その呼び名はすでに市場の一部で定着し始めていた。
原因は仮設救護室だった。
神威が腹部パネルから出す調整パルスは、怪我人や疲れた観測士たちに妙に評判がよかった。
痛みが少し遠くなる。
眠りやすくなる。
悪夢を見にくくなる。
苛立ちが薄れる。
ただし、神威は医療機械ではない。
あくまで緊張を緩めるだけだ。
調整パルスを出しているときに何故か芽が光る。
傷が早く治った気がするとの声もある。
……医療機器ではない。はずだ。
それでも、疲れた者たちには十分ありがたかった。
神威はすでに救護室の真ん中で伏せ、腹部パネルを開いている。
その周りで、負傷した観測士たちが少しだけ眠っていた。
ユプケの姐さんは腕を組んだまま、壁にもたれている。
傷は塞がり、顔色もだいぶ戻っていた。
「お前たち、しばらくカツザンにいるんだろ」
「その予定です」
「なら、こいつを時々貸せ」
「神威は貸し物じゃありません」
「じゃあ出張させろ」
「だから出張リラクゼーション犬みたいな名前になるんですよ」
「犬じゃないなら、何なんだ」
サトは神威を見た。
神威は怪我人の毛布を尻尾で直している。
「……相棒です」
ユプケの姐さんは鼻を鳴らした。
「そうかい」
少しだけ笑っていた。
◇
神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。
神威もたぶん尻尾を振ります。




