第72話 大切な人(三)
◇
仮設救護室では、神威が人気者になっていた。
いや、正確には、奇妙なものとして扱われていた。
「へんな犬、こっちも頼む」
「犬ではないです」
サトが入口で反射的に言う。
だが救護室の中では、誰も気にしていなかった。
神威は寝台の間を歩き、腹部パネルから弱い調整パルスを出している。
カシムは脚を固定され、寝台に寝かされていた。
ナギはまだ眠っている。
ジオは腕を吊られ、メルは毛布をかぶって座っていた。
全員、顔色は悪い。
それでも生きている。
サトを見ると、メルが小さく手を上げた。
「昨日は、ありがとう」
「無事でよかったです」
「背負われてたから、何もできなかったけど」
「何もしなくて正解です」
「そう言ってくれると助かる」
カシムが寝台から声を出した。
「サトさん。神威にも礼を言っておいてください」
「自分で言ってやってください。たぶん喜びます」
「神威、ありがとう」
「わぉん」
神威の尻尾がぶんと揺れ、近くの水差しを倒しかけた。
「おい」
「わぅ」
「ほら、調子に乗るから」
ユプケの姐さんが寝台から低く笑った。
「へんな犬だ」
「犬ではないです」
「まだ言ってるのか」
「そこは大事です」
ユプケの姐さんは、片腕を吊ったまま神威を見た。
「だが、悪くない。こいつが腹を光らせてると、痛みが少し遠くなる」
神威は嬉しそうに耳を立てた。
「褒めてるんですか」
サトが聞くと、ユプケの姐さんは鼻を鳴らした。
「少しな」
神威の尻尾がまた揺れた。
「調子に乗るな」
「わぅ」
そこへツキハが戻ってきた。
サトは振り返る。
「終わったか」
「はい」
「何だった?」
ツキハは胸元に手を当てた。
そこには、ドーラから渡された割符がある。
「記録庫への一時閲覧許可をいただきました」
「本当か」
「はい」
「よかったな」
「はい」
ツキハは頷いた。
その表情はほとんど変わらない。
けれどサトには、少しだけ分かった。
嬉しそうだった。
「あとで行ってみるか」
「今日は神威の修理が先です」
ツキハは静かに言った。
神威が、わぅ、と鳴く。
サトは笑った。
「そうだな。まず相棒の腹を直さないと」
◇
その日の午後、宿に大きな荷車が届いた。
運んできたのは観測院の職員二人と、ミネだった。
荷車には、黒い外装を持つラプトル型狂機の残骸が横たわっている。
頭部は潰れていた。
見事なほどに、潰れていた。
まるで上から巨大な鉄塊で叩き込まれたように。
サトはそれを見て、少し黙った。
「……一撃だな」
ミネが言う。
「院長です」
「でしょうね」
「頭部の危険信号部位は除去済みです。エーテルコアエンジンも抜きました。ただし、脚部と胴体にはまだ残留駆動があるかもしれません。解体時は必ず接地線を取ってください」
「分かりました」
「あと、これが観測院からの簡易分類記録です」
ミネは記録板を渡した。
そこには、今回の狂機の暫定分類が書かれていた。
小型恐竜型狂機。
徘徊級。
大型恐竜型狂機。
門塞級。炉心反応あり。
サトはその文字を見た。
「門塞級……」
ミネが頷く。
「観測院の実務分類です。倒せるかどうかではなく、対処方針を示すための分類です」
「門を塞ぐ級」
「はい。大型で、通路や区画を支配し、討伐より封鎖・迂回・隔離を優先すべき狂機。今回の大型がそれです」
「炉心反応あり、というのは」
「ブレスです。あれはただの熱ではありません。内部炉心か、高出力反応器が残っている可能性があります」
サトは顔をしかめた。
「つまり、まだかなり危ない」
「かなり」
ミネは短く言った。
「おそらく、落ち着いたら観測院から新たらしく討伐部隊が組まれると思われます。」
「ですが、サトさんはそちらより神威さんの修理ですね」
「はい」
神威は荷車の横で、ラプトル型の脚部をじっと見ていた。
まるで市場で部品を見たときのような顔をしている。
「お前、欲しいのか」
「わぅ」
「これは買ったんじゃなくて、報酬でもらったやつだ」
「わぅ?」
「どっちでもいい顔するな」
ツキハがラプトル型の脚部を観測する。
「関節軸は生きています。衝撃吸収器も利用可能です。神威の右前脚補助ブレースに適合する可能性があります」
「本当か」
「はい。ただし、そのままでは不適切です」
「改造が必要だな」
「はい」
サトは腕まくりをした。
疲れはまだ少し残っている。
だが、目の前にある部品を見ると、眠気は吹き飛んだ。
神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。
神威もたぶん尻尾を振ります。




