第71話 大切な人(二)
サトは思わず身を引いた。
「……え?」
「今回の報酬です」
ディエンが淡々と言う。
「救出任務達成。第三班四名の生還。大型狂機に関する観測情報の取得。小型狂機の一部確保。以上を含めた特別報酬となります」
「こ、こんなに?」
サトは袋を見る。
中身を確かめなくても分かる。
重い。
明らかに、予想していた額ではない。
ツキハも目を瞬いた。
「重量から推定するに、通常依頼の報酬より多いです」
「推定しなくても多い」
サトは思わず言った。
ドーラは腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。
「これでも少ないくらいさね」
「少ない?」
「任務は成功。しかも優秀な観測士は替えがきかない。それを四人も救ったんだ。街としても観測院としても、あんたたちには借りができた」
「俺たちだけでやったわけじゃありません」
「もちろんさ。イリカもミネもカドも、みんな働いた。だが、あんたとツキハちゃんと、あのへんな犬がいなけりゃ全員は戻ってこれなかっただろうさ」
「犬ではないです」
サトは反射的に言った。
ドーラは笑った。
「知ってるよ」
ディエンが別の記録板を差し出した。
「それと、こちらは追加支給品です」
「追加?」
ドーラが顎で示す。
「あれも持ってきな」
サトは嫌な予感と期待が混ざった顔をした。
「何をですか」
「昨日、倒したラプトル型の一体さ」
サトは固まった。
「……ラプトル型?」
「かなり状態がいい。頭部は潰れてるけどね」
ドーラは当然のように言った。
「おそらく、何か硬いもので一撃だ」
サトとツキハは、同時にドーラを見た。
ドーラの横には、人の丈ほどあるハンマーが立てかけられている。
「なんさね?」
ドーラは眉を上げた。
「いらないなら無理にとは言わないよ」
「いえ」
サトは即答した。
「ありがたくいただきます」
正直、ラプトル型の残骸だけで一財産だった。
しかも、昨日まで動いていた狂機だ。
頭部は潰れているとしても、脚部、関節、駆動軸、外装、信号発生器、補助動力、姿勢制御部品。
生きているパーツが山ほどある可能性が高い。
神威の足回りに使える部品もあるだろう。
いや、あるに決まっている。
サトは喉が鳴るのを感じた。
「宿は、作業部屋付きだったね」
ドーラが言う。
「はい」
「後で運ばせる。解体は自分でやりな。危ない部位はミネに処理させてある。残留信号も抜いてあるはずだが、一応気をつけるんだよ」
「はい」
「目を輝かせてるねえ」
「輝いてますか」
「かなり」
ツキハがサトの顔を見る。
「輝いています」
「そんなにか」
「はい。神威が褒められたときのLEDに近いです」
「やめろ。恥ずかしい」
ドーラは大きく笑った。
ディエンも、わずかに口元を緩めた。
「サト、あんたには以上だ」
「はい」
「まだ町にいるんだろ?」
「しばらく滞在する予定です。神威の修理もありますし、調べたいこともあります」
「なら、また来るんだよ。腕のいい観測士はいくらいても困らない」
「ありがとうございます」
サトは立ち上がった。
そのとき、ドーラがツキハへ視線を向けた。
「ツキハちゃんは、ちょっと残りな」
サトはツキハを見る。
ツキハは静かに頷いた。
「分かりました」
「ツキハ。先に神威のところに行ってる」
「はい」
サトは少しだけ気になったが、ドーラの表情は悪いものではなかった。
ディエンも何も言わない。
なら、大丈夫だろう。
サトは報酬袋を抱え、院長室を出た。
◇
扉が閉まる。
院長室には、ドーラとディエン、そしてツキハが残った。
ドーラは懐から、古い金属片のようなものを取り出した。
割符だった。
二つに割れる札の片側。
表面には観測院の印と、古い文字が刻まれている。
「さて、ツキハちゃん」
ドーラはそれを指先で弾いた。
割符は弧を描き、ツキハの手元へ飛ぶ。
ツキハは両手で受け取った。
「記録庫の件さ。行きたいときは、これを庫守に見せな」
ツキハは割符を見つめた。
「これは」
「龍都カツザン観測院の地下記録庫へ入るための一時許可だよ。閲覧範囲は制限付き。持ち出し禁止。写しを取るときは申請。危険記録に触れるときは立会いがいる」
ディエンが補足する。
「月、旧衛星、旧世界の記録、神蝕戦争期の天体観測記録に関する閲覧を許可します。ただし、封印記録は対象外です」
ツキハは割符を握った。
「ありがとうございます。しかし、よいのでしょうか」
「いいさ」
ドーラは椅子にもたれた。
「今回の依頼の中で、あんたの人となりは十分分かったよ」
「人となり」
「ああ。いじらしいじゃないか。危険を冒してまで、大切な人を守ろうとするなんてね」
ツキハは動きを止めた。
「大切な人」
「違うのかい?」
ドーラはにやりと笑った。
「私が若いころとそっくりさね。ああいう子は放っておけないんだよ。技術もある。胆力もある。頭も回る。だが、ちょっと繊細な感じがするね」
うんうん、とドーラは勝手に頷く。
ディエンが横から静かに言った。
「院長の若いころと似ているかは、かなり疑問です」
「何だい、ディエン」
「少なくとも院長は、昔から繊細ではありません」
「失礼な副院長だね」
ツキハは二人のやり取りを聞いていなかった。
大切な人。
その言葉だけが、胸の奥で反響していた。
サトは、旅に有用です。
旧世界機械を読み、直し、繋ぐことができます。
神威を修理できます。
危険な場所でも判断を誤りにくいです。
私の観測を信じてくれます。
月に関する記録を探すうえで、重要な同行者です。
それは間違いではありません。
けれど。
正解とも違う。
サトが大型狂機に追われたとき。
あの赤いアギトが、サトへ落ちようとしたとき。
私は、どう判断したのでしょうか。
月光糸を使うべきだから使った。
救助対象を守るためだから使った。
任務成功のためだから使った。
それも間違いではない。
でも、それだけではありません。
サトが傷つくのが嫌だった。
サトがいなくなることを、許容できなかった。
その感情に、まだ正確な名前を付けられない。
しかし、ドーラはそれを簡単に言葉にした。
大切な人。
ツキハは割符を握ったまま、ゆっくり顔を上げた。
「いえ」
声は小さかった。
けれど、はっきりしていた。
「違いません」
ドーラの目が少しだけ細くなる。
「サトは、大切な人です」
「そうかい」
ドーラは満足そうに頷いた。
「なら、しっかり捕まえるんだよ」
「捕まえる」
「そうさ。ああいう子は、自分のことを後回しにする。放っておくと、平気な顔をして無茶をする。だから近くにいる誰かが、ちゃんと引っ張ってやらないとね」
「引っ張る」
「物理的にじゃないよ」
「不適切でしたか」
「少しね」
ドーラは笑った。
「まあ、物理的に引っ張るのが必要なときもあるさね」
ディエンが深くため息をついた。
「院長の助言は、半分程度に聞いてください」
「全部聞きな」
「半分で十分です」
ツキハは割符を胸元にしまった。
「ありがとうございます」
「礼はいいよ。その代わり、調べたことがあれば必要に応じて相談しにきな。月に関する記録なんて、この街でもそうそう扱うものじゃない」
「はい」
ツキハは一礼した。
院長室を出る前に、ドーラがもう一度声をかけた。
「ツキハちゃん」
「はい」
「大切な人がいるなら、自分も大切にしな。片方だけじゃ、長続きしないからね」
ツキハは少しだけ目を伏せた。
それから頷いた。
「観測します」
「そこは実行しな」
「……はい。実行します」
「私が若い頃にそっくりさね」
……やっぱドーラじゃねぇか(´・ω・`)




