第64話 竜骨坑道へ(三)
「封印扉は、誰が開けたのですか」
「第三班だ。正式な手順でね。責める話じゃない。あの区画は、外から見る限り安全だった。反応は低く、汚染も薄い。むしろ当たりの区画に見えた」
「当たり?」
サトが聞き返す。
「保存状態のいい旧世界の区画さ。薬品、部品、記録端末、食料生成機、医療機械。そういうものが見つかれば、街全体が助かる」
ドーラの声が少し重くなった。
「だから人が潜る。危険だと分かっていてもね」
神威が隣で小さく鳴いた。
サトは神威の頭に手を置いた。
「分かるよ」
神威は、わぅ、と返した。
外廊下の先に、巨大な扉が見えてきた。
厚い金属。
何重にも重なった封鎖板。
扉の上には、後世の木札でこう書かれている。
竜骨坑道入口。
その下に、旧世代の文字がかすかに残っていた。
地下広域連絡通路。
緊急時以外立入禁止。
サトは喉を鳴らした。
「ここから、地下へ?」
「ああ」
ドーラはハンマーの柄で扉の横の床を軽く叩いた。
ごん、と重い音がした。
「龍の腹の中へ降りるよ」
◇
坑道の中は、外よりもずっと冷えていた。
階段を下りた瞬間、空気が変わる。
湿った金属の匂い。
古い埃の匂い。
油の匂い。
そして、どこか獣に似た、だが生き物ではない匂い。
神威が鼻先を上げた。
耳のような可動部が、左右に動く。
「反応してるな」
サトが言うと、ツキハも頷いた。
「精霊流が不安定です。地上の龍脈に近い流れが、地下の機械区画へ入り込んでいます」
「それが狂機を起こした?」
「可能性があります。ただし、断定はできません」
「いつものやつだな」
「不確定情報には、適切な表現です」
ドーラが横から笑った。
「真面目な子だねえ」
「不適切ですか?」
「いや、助かるよ」
ツキハは少しだけ頷いた。
坑道案内のカドが先頭に立つ。
細身の男で、顔色はあまりよくない。
だが足取りは確かだった。
「第三班が入ったのは、第三下層の東側です。途中までは安全確認済みですが、小型狂機が徘徊しています」
「小型って、どのくらいだい」
ドーラが聞く。
「大型犬より少し大きい程度です。ただ、速い。壁を蹴って方向を変えます」
「ラプトル型ってやつか」
「はい」
ミネが工具袋を揺らしながら言った。
「通路封鎖用の杭は三本だけです。使いどころを間違えると終わります」
「分かった。無駄打ちはしない」
救護士のイリカは、背負い袋を抱え直した。
小柄な女性で、顔は青ざめている。
だが、目は前を向いていた。
「第三班の一人が重傷なら、戻り道を確保してください。止血と固定は私がやります」
「頼む」
サトは自分のピッケルを握った。
戦うためではない。
繋ぐため。
読むため。
逃げ道を見つけるため。
神威が隣に寄った。
「お前も無茶するなよ」
「わぅ」
「その返事は信用できない」
「きゅうん」
「自覚はあるのか」
神威は視線を逸らした。
◇
第一下層は、まだ人の気配が残っていた。
壁には観測院の白い印が描かれている。
通路の端には、荷台や補修材が置かれていた。
何本かの明かりも生きている。
それでも、奥へ進むほど、空気は重くなっていった。
第二下層へ降りると、壁の様子が変わった。
旧世代の白い素材が剥がれ、内側の黒い管が露出している。
天井には太いケーブル。
床には古いレール。
ところどころに水が溜まり、淡い光を反射していた。
神威が立ち止まった。
「どうした」
サトが聞く。
神威は低く喉を鳴らした。
警戒。
今度ははっきり分かった。
ツキハが前方を見る。
「動体反応。三つ。速いです」
カドが息を呑む。
「ラプトル型です」
次の瞬間、通路の奥から金属音が響いた。
かしゃ、かしゃ、かしゃ。
爪のようなものが床を打つ音。
壁を蹴る音。
古い機械の関節が鳴る音。
そして、ひび割れた通信音声のような鳴き声。
ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ。
暗がりから、小型の狂機が飛び出してきた。
恐竜に似ていた。
長い尾。
前傾した胴体。
細い前肢。
鋭い脚。
だが、生き物ではない。
外装は黒く焦げ、ところどころに白い骨のようなフレームが見えている。
頭部には、壊れたセンサーが赤く光っていた。
「下がれ!」
ドーラが叫んだ。
ハンマーを構える。
だが、ラプトル型は正面から来なかった。
壁を蹴った。
跳ぶ。
天井近くを走るように方向を変え、横からイリカへ飛びかかる。




