第62話 竜骨坑道へ(一)
「どたばたしてすまないね。今、少し立て込んでいてね」
そう言って現れたのは、恰幅のいい女だった。
年のころは、初老に差しかかる頃だろうか。
丸い頬。
よく通る声。
太い腕。
腰には古い工具袋。
濃い茶色の髪は、後ろで三つ編みにまとめられている。
見た目だけなら、宿屋の女将か、市場で大鍋を振るう料理人にも見えた。
だが、その目だけは違った。
混乱する観測院の中で、誰を動かし、誰を休ませ、どこへ手を回すべきかを一瞬で見ている目だった。
「私がこの観測院の院長、ドーラだ」
女はそう名乗ると、サトの手元にある紹介状へ目を向けた。
「で、あんたたちは?」
サトは慌てて背筋を伸ばした。
「森都キョウ方面、西のはずれの観測院から来ました。サト・アルファベットです。こちらはツキハ。それから神威です」
「わぉん」
神威が短く鳴いた。
ドーラは神威を見る。
「……鳴くんだね、その機械狼」
「鳴きます」
「犬かい?」
「犬ではないです」
サトは即答した。
神威も不満そうに耳を伏せる。
ツキハが真顔で補足した。
「正式な分類は、現時点では未確定です」
「なるほどね」
ドーラは少しも驚かなかった。
「まあ、カツザンの観測院長なんてやっていれば、そのくらいで驚いてはいられないさ。狂ってなければ十分だよ」
ドーラはサトから紹介状を受け取った。
封を見る。
そこに押された印を見て、わずかに眉を上げた。
「エンザか。懐かしい名前が出たね」
「村長をご存じなんですか」
「古い知人さ。昔はあれでも、ずいぶん無茶をしたもんだよ」
「村長が?」
「ああ。今のあんたみたいな顔をしてね」
サトは何とも言えない顔になった。
ドーラは封を切り、中身に目を通す。
読み進めるうちに、口元が少しだけ緩んだ。
「ふむ。サト・アルファベットは優秀な観測士。旧世代機械の読解と応急修理に長ける。旅の事情により、龍都カツザンで便宜を図ってやってほしい。可能であれば仕事の斡旋を」
そこでドーラは、ちらりとサトを見た。
「ずいぶん褒められているじゃないか」
「村長がそんなことを……?」
「書いてあるよ。字は相変わらず堅いけどね」
サトは紹介状を覗き込みたくなったが、我慢した。
ドーラはさらに読み進める。
「それと……記録庫への一時閲覧許可も求める、と」
サトは少し緊張した。
「月に関する記録を探しています」
ドーラの視線が、ツキハへ向いた。
ツキハは静かに立っている。
表情はほとんど変わらない。
だが、サトには分かった。
少しだけ身構えている。
「月、ねえ」
ドーラは短く言った。
「うちの記録庫は、一般には公開していない。旧世代の記録も多いし、下手に読めば毒になる情報もある。観測院の者でも、許可なしには入れない場所だ」
サトは頷いた。
「ただ、見ての通り今は非常事態でね」
ドーラは背後の混乱へ目を向けた。
担架が運ばれ、職員が走り、奥ではまだ怒号が飛んでいる。
「手伝ってくれるなら、考えてやるよ。記録庫への一時閲覧許可。もちろん、依頼料も弾む」
「依頼の内容は」
「竜骨坑道だ」
その名が出た瞬間、周囲の空気が少し重くなった。
神威が低く鳴く。
ドーラは神威を見た。
「その子、危険を嗅げるかい」
「たぶん」
「たぶん、か」
「神威は戦闘兵器ではありません。でも、危険な機械や精霊流の乱れには反応します」
「へぇ。いいセンサー積んでるじゃないか」
神威のソレはセンサーなのか若干怪しいがサトは黙っておいた。
ドーラは奥へ向かって歩き出した。
「詳しい話をする。来な。地図と、生きて戻った連中の証言を見せる」
◇
院長室は、観測院の奥にあった。
だが、サトが想像していたような立派な部屋ではなかった。
机の上には記録板が山積みになり、壁には古い地図が何枚も貼られている。
床には工具箱。
隅には割れた観測端末。
窓際には、乾ききっていない泥のついた長靴。
そして壁には、人の丈ほどもある巨大なハンマーが立てかけられていた。
柄は黒く、頭部は分厚い金属でできている。
ただの武器ではない。
打撃面には古い端子が埋め込まれており、柄の根元には小さな制御盤がついている。
サトは思わずそれを見た。
「……あれは」
「私のだよ」
ドーラは軽く言った。
「坑道の扉を叩くにも、暴れた機械を止めるにも、言うことを聞かない職員を黙らせるにも使える」
「最後の用途は冗談ですよね」
「さあね」
ドーラは机の上から地図を引っ張り出した。
古い紙の地図ではない。
透明な板に、何層もの線が刻まれている。
地上部。
中央殻。
外廊下。
地下区画。
そして、さらにその下へ伸びる複雑な線。
「昨日、新しい区画が見つかった。封印されていた扉を開けた先で、第三班が大型狂機に遭遇した」
「恐竜型、と聞きました」
「ああ。旧世界の記録にあるTレックスに似ているらしい」
サトは喉を鳴らした。
「倒すんですか」
「無理だね」
ドーラは即答した。
「護衛で雇ったカバネ…ユプケの戦士が真正面からやって、あの有様だ。力押しではどうにもならない」
サトは赤い虎耳の女の姿を思い出した。
額から血を流し、腕を吊り、それでも立とうとしていた女。
あれほどの戦士が退けられた。
それだけで、相手の危険度は十分すぎるほど分かる。
「幸い、狂機は通路より大きい。封印扉の区画からこちらへは出てこられない。今は奥で止まっている」
「第三班は」
ドーラの表情が曇った。
「四名。全員、手練れの観測士さ。新区画の一番奥まで進んだところで、大型狂機に分断された」
「全員…奥に?」
「全く運が悪いことさね。戻ってきた第二班の証言では、奥で崩落の音を聞いている。誰かが巻き込まれたかもしれない」
サトは地図を見つめた。
「救助ですか」
「生きていれば救助。そうでなければ状況確認。できるなら封鎖だ。討伐じゃない」
ドーラはサトをまっすぐ見た。
「露払いは私がするさね。必要なのは、力自慢じゃない。機械構造の知識があって、状況判断に優れる観測士だ。期待してるよ」
サトは何も言えなかった。
神威が隣で小さく鳴いた。
「わぅ」
ツキハが静かに言う。
「作戦が必要です」
「そうだね」
ドーラは頷いた。
「大型狂機の他に、小型が数体いる。旧世界の記録にあるラプトルという恐竜に似ているそうだ。すばしっこく、通路を走れる大きさ。まず問題になるのはそっちだね」
サトは息を吐いた。
大型狂機は区画から出られない。
だが、小型は違う。
救助隊が通る道そのものに、すでに敵がいる。
そのとき、院長室の扉が開いた。
細身の男が入ってくる。
銀縁の眼鏡に似た古い観測具をかけ、手には記録板を抱えていた。
整った顔立ちだが、目の下には濃い疲れがある。
「院長。追加の止血布は救護室へ回しました。第三班の予備地図は複写中です。それから、書類が机の下に雪崩を起こしていました」
「ディエン。今その報告はいるかい?」
「必要です。帰ってきたのなら片づけてください」
ドーラはため息をついた。
「はいはい、分かってるよ」
「その返事で片づいた試しがありません」
「非常事態だよ。私も潜るさね」
ドーラはそう言うと、壁に立てかけてあった人の丈ほどあるハンマーを片手で担いだ。
サトは思わず目を見開いた。
軽々と、ではない。
重いものを重いと知ったうえで、慣れた動作で持ち上げていた。
ディエンは深いため息をついた。
「止めても行くのは分かっていますが」
「なら話が早い」
「帰ったら、ちゃんと書類整理してくださいね」
「ちょっとくらいやっといてくれてもいいじゃないのさ」
「私は副院長であって、院長の机を発掘する係ではありません」
「似たようなものだろう」
「違います」
サトは二人のやり取りを聞きながら、少しだけ緊張が緩むのを感じた。
ドーラいえば空飛ぶお城が浮かぶ方も多いと思います。
私もドーラをイメージして、
仮の名としてドーラにしてたけど、
もうドーラやろこれとなり
ドーラになりました(;´・ω・)




