第60話 龍の卵(三)
「はい。金属、記憶、精霊流、交通概念が混在しています。摂取は不適切です」
「説明されなくても不適切だ」
屋台の親父は声を上げて笑った。
「機霊なんざ食えるかよ。腹を壊す前に呪われるわ」
「呪われるんですか」
「知らん。試した奴がいねえ」
「でしょうね」
サトは串焼きを見た。
龍脈兎。
精霊流を食って育つ兎。
つまり、弱い精霊獣か、精霊化しかけた変異兎なのだろう。
「これ、危なくないのか?」
親父は肩をすくめた。
「倒せればな」
「倒せれば?」
「龍脈兎は速い。下手な猟師じゃ追えん。角で腹を突かれて終わりだ。だから高い」
サトは値段を見た。
確かに安くない。
だが、買えないほどではない。
ツキハは串焼きを見つめている。
食べたいのか、観測したいのか、両方なのか分からない。
「……一本だけ買うか」
「適切です」
「まだ聞いてない」
「私は適切と判断します」
「早いな」
サトは一本買った。
二人で分ける。
神威は食べられないが、匂いだけは気になるらしい。
鼻先を近づけて、屋台の親父に笑われていた。
「ほら、ツキハ」
サトは串から小さく肉を外して渡す。
ツキハは慎重に口に入れた。
しばらく沈黙する。
「……野性味があります」
「うまいのか?」
「はい。ですが、情報量が荒いです」
「食べ物の感想でそれを言うの、ツキハくらいだと思う」
サトも食べた。
うまい。
癖はある。
草の香りのようなものが強い。
だが、肉は柔らかく、噛むほど甘味が出る。
「確かにうまいな」
サトはふと思った。
「でも、確かに今まで食べてきた肉が、絶対に精霊獣じゃなかったかって聞かれると、怪しいな」
ツキハが真面目に頷く。
「分類上、精霊反応の濃度によっては、通常の獣と精霊獣の境界は曖昧です」
「食べながら聞く話じゃなかった」
「不適切でしたか」
「少しだけ」
神威が、わぉん、と鳴いた。
自分だけ食べられないことに不満があるのかもしれない。
サトは串を見せた。
「お前は無理だぞ」
「きゅうん」
「その代わり、あとで油を拭いてやる」
「わぉん」
「それで喜ぶのか」
ツキハが小さく言った。
「神威は、修理と整備を好意として認識しています」
「まあ、それは分かる」
神威は尻尾を振った。
串焼きより、整備の方が嬉しいらしい。
それはそれで、少し安心した。
◇
市場を抜けるころには、外は夕方に近くなっていた。
外殻の隙間から差し込む光が、赤みを帯びている。
サトの頭はかなり疲れていた。
見るものが多すぎる。
調べることも多い。
欲しい部品も多すぎる。
そして、金が足りない。
「しばらくここに滞在するしかないな」
サトは言った。
「龍都カツザンにですか」
「ああ。情報も集めたい。龍都カツザンなら記録庫もあるかもしれないしな。月竹のこと、ルナ・リレーのこと、姉のこと。色々調べてみよう。それに、これから旅を続けるにしても、路銀も稼がないとまずい」
「仕事を探すのですか」
「観測院に行く。村長から紹介状を預かってる」
サトは荷袋の奥にしまってある封書を思い出した。
村長エンザが書いてくれた紹介状。
森都キョウ方面の観測院に所属する観測士であること。
旅の途中で龍都カツザンに立ち寄る可能性があること。
仕事があれば紹介してほしいこと。
そんな内容が書かれているはずだった。
「でも、今日はもう遅い」
サトは都市の奥を見た。
明かりが増え始めている。
市場はまだ賑やかだが、初めて来た街で、夕暮れから観測院へ行くのは少し落ち着かない。
それに、門番の言葉も気になっていた。
今日は遅い。
用が急ぎでないなら、明日の朝にしろ。
「まず宿だ。荷物を置いて、神威の足を見て、今日は休む。観測院は明日の朝に行く」
「適切です」
ツキハは頷いた。
その返事は早かった。
本人も疲れていたのだろう。
神威も、わぅ、と小さく鳴いた。
「お前も疲れたか」
「わぉん」
「正直でよろしい」
◇
宿は、外殻の内側に作られた古い居住区を改装した建物だった。
壁は旧世代の白い素材でできている。
ところどころひび割れ、木材で補修されていた。
部屋は狭い。
だが屋根があり、戸が閉まり、神威を置ける小さな作業場もあった。
値段は少し張ったが、ひとまず長期滞在で部屋を確保した。
サトは少し目を閉じた。
「……必要経費だ」
「使用頻度の高い言葉です」
「旅では便利なんだよ」




