第58話 龍の卵(一)
やっと龍都カツザンに着いた…(ง ͠° ͟ل͜ ͡°)งグッ!!
白い列車型の精霊獣と出会ってから、数日が過ぎた。
山道は、思っていたより長かった。
万葉の大地を抜けたあと、道はゆっくりと標高を上げていった。
足元には、ところどころ錆びた線路の跡が残っている。
崩れた橋脚。
苔むした標識。
森に呑まれた古い待合所。
地面から斜めに突き出た鉄骨。
どれも、かつてここに道があり、人が行き来していたことを示していた。
けれど今は、鳥の声と風の音しかない。
あの白い流れは、それ以来現れなかった。
ただ、神威だけが、ときどき空を見上げるようになった。
何かを探しているように。
誰かの声を待っているように。
「神威、また見てるのか」
「わぅ」
神威は小さく返事をした。
サトはその背中を見た。
白い列車と出会ってから、神威の様子が少し変わっている。
胸元の芽。
背中の修理跡から出ていた小さな芽。
それらが、前より少しだけ大きくなったように見えた。
ただ大きくなっただけではない。
葉の縁に、淡い光の筋が走っている。
植物の葉脈にも見える。
古い回路にも見える。
そして神威が歩くたび、その光はほんの少しだけ揺れた。
「また育ってるな」
サトが言うと、神威は自分の胸元を見ようとして、首を曲げた。
だが、うまく見えない。
そのままぐるりと回ろうとして、尻尾が荷物に引っかかった。
「おいおい、待て」
「わぅ?」
「見えないなら見えないでいい。荷物を巻き込むな」
ツキハが近づき、神威の芽を観測する。
神威は少しだけ緊張したように動きを止めた。
「痛くはしません」
「きゅうん」
「前にも言いました。痛くはしません」
「その言い方、やっぱり不安になるんだよな」
サトは苦笑した。
ツキハは神威の芽に触れないように、目だけで流れを追っていた。
「精霊反応が増えています」
「危ない増え方か?」
「いいえ。濁りはありません」
「ならいいか」
「ただし、以前よりも外側へ伸びています」
「外側?」
「神威の意思が、周囲の精霊流に触れる範囲が広がっています」
サトは眉を寄せた。
「それは、神威が精霊獣に近づいてるってことか」
ツキハは少しだけ考えた。
「不正確です」
「違うのか」
「神威は、精霊獣ではありません」
神威が、わぅ、と鳴いた。
自分の分類が気になるらしい。
「では何なんだ?」
「現時点では、分類不能です」
「それはそれで不安だな」
「ですが、悪い状態ではありません」
ツキハは神威の胸元の芽を見つめた。
「精霊流に呑まれているのではありません。神威の側から、世界に手を伸ばしているように見えます」
サトは神威を見た。
神威は、よく分かっていない顔をしている。
だが、分からなくても胸を張っていた。
「お前、分かってないだろ」
「わぅ」
「分かってない返事だな」
神威は尻尾を振った。
芽が揺れる。
白い列車と出会ったとき、神威は怖がらなかった。
困っているものを見つけた顔をしていた。
そして、自分にできることをしようとした。
その結果、また芽が育った。
サトには、それが少しだけ怖くもあった。
ツキハが顔を上げた。
「サト」
「何だ」
「心配していますか」
「してる」
「神威の変化について」
「ああ」
ツキハは少しだけ黙った。
「私は、神威が神威でなくなる変化には見えません」
サトは目を向けた。
「そうか」
「はい。むしろ、神威が神威として強く観測されているように見えます」
神威が耳を立てた。
褒められた気がしたのだろう。
胸を張った。
「調子に乗るな」
「わぉん」
「いや、少しなら乗っていい」
神威は尻尾を振った。
今度は荷物にぶつからない程度に。
◇
さらに二日、三人は山道を進んだ。
道は険しくなり、森は深くなった。
けれど、幸いなことに危険な精霊獣には遭遇しなかった。
何度か遠くで大きな影が動くのを見た。
岩のような背をした鹿。
木の枝の間を渡る、翼のある猿。
谷底で淡く光る魚の群れ。
だが、それらは三人へ近づいてこなかった。
神威が前に出ると、精霊獣たちは少しだけこちらを見て、それから道を譲るように離れていく。
「前より避けられてる気がするな」
サトが言うと、ツキハが頷いた。
「恐怖ではありません」
「じゃあ何だ?」
「認識されています」
「認識?」
「神威を、『危険なものではない』と認識している可能性があります」
サトは神威を見た。
神威は小さな精霊虫を鼻先に乗せていた。
光る虫のようなものが、神威の鼻先で羽を震わせている。
神威はくしゃみを我慢していた。
「虫に遊ばれてるもんな」
「わぅ……」
「動くと飛ぶ。もう少し我慢しろ」
神威は必死に動かなかった。
精霊虫はしばらく鼻先に留まったあと、ふわりと飛んで、神威の胸元の芽に移った。
そこが気に入ったらしい。
ツキハが静かに観測する。
「好意です」
「精霊虫の?」
「はい」
「前にも似たようなことがあったな」
「今回は、より明瞭です」
「そうか」
サトは少しだけ安心した。
神威が世界に呑まれているのではない。
世界から好かれている。
そう思うと、怖さが少しだけ薄れた。
◇
そしてその日の昼過ぎ、山道が突然開けた。
最初に見えたのは、巨大な岩壁だった。
いや、岩壁ではない。
遠くから見れば岩山に見える。
しかし近づくほど、それが自然の山だけではないことが分かった。
古いビル群。
丸いシェルターの外殻。
折り重なる高架。
巨大な管。
半ば崩れ、半ば補修され、緑に覆われた旧世代の構造物。
それらが山の斜面に沿って積み重なり、ひとつの都市を形作っていた。
まるで、巨大な龍が山腹に卵を抱いているようだった。
白い外殻のシェルターが、卵殻のように光る。
その隙間から、古いビルの骨組みが肋骨のように伸びている。
高架橋は龍の背骨。
水路は青い血管。
風車と煙突は、鱗の間に立つ角。
サトは言葉を失った。
「……あれが、龍都カツザン」
ツキハも足を止めていた。
「旧世代の大規模シェルターと、高層建築群を再利用した都市ですね」
「分かるのか」
「構造の一部は、旧世界のシェルターに近いです。ただし、現在も稼働している機械がありそうです」
「生きてるのか」
「完全な意味ではありません。ですが、眠っている機械と、動いている機械が混在しています」
サトは都市を見つめた。
たしかに、動いている。
遠くの外殻の一部が、ゆっくり開閉している。
換気口なのか。
門なのか。
古い機械なのか。
白い蒸気のようなものが噴き出し、すぐに風へ溶ける。
都市全体が、呼吸しているように見えた。
「でかいな」
「はい」
「森都キョウとは全然違う」
「はい」
「村とは、もっと違うな」
「はい」
ツキハは都市を見たまま頷いた。
神威もまた、じっと見上げていた。
圧倒されているのか、警戒しているのか。
しばらくして、神威の背中のLEDが小さく点滅した。
「お前もびっくりしてるのか」
「わぉん」
「分かる」
サトは笑った。
笑ったが、少しだけ喉が乾いていた。
こんな都市を見るのは初めてだった。
森都キョウにも旧世界の遺跡はあった。
だが、キョウは森に呑まれた都だった。
カツザンは違う。
旧世界の殻を、人がまだ使っている。
壊れたものに住み着き、直せるところだけ直し、動く機械を恐れながらも利用している。
それは、サトにとって魅力的でもあり、少し怖くもあった。
「行こう」
サトは言った。
「はい」
「わぉん」
三人は龍都カツザンへ向かった。
神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。
神威もたぶん尻尾を振ります。




