第5話 村からの依頼(三)
「そういうものなんだよ。正常で、規格が分かってて、使用履歴も残ってるコアなら高い。でも、ゴミ山から出てきたコアなんて普通は危険物だ」
サトは神威のコアを見つめる。
「だから誰も触らない。中身を抜こうともしない。だいたい、外すだけで壊れるし、外した瞬間に暴走することもある」
「じゃあ、なんでお前は触ってるんだ?」
ロッカは素朴に尋ねた。
サトは少し詰まった。
「……修理屋だから?」
「それだけ?」
「それだけ」
ロッカはじっとサトを見る。
サトは目をそらして、パンをかじった。
「それに、こいつはまだ終わってない」
神威の瞼が、わずかに上下した。
瞬き、のように見えた。
ロッカはそれを見て、少しだけ笑った。
「まあ、サトらしいわ」
「何が」
「壊れてたり危ないものほど放っておけないだろ」
「放っておいたらもっと危ないだろ」
「そういうことにしとく」
ロッカは布袋を畳みながら言った。
「で、金が必要なら、観測士にぴったりな仕事があるぜ?」
サトは眉をひそめた。
「仕事?」
「ああ。村長からの依頼」
「村長から?」
嫌な予感がした。
村長からの依頼は、たいてい面倒くさい。
しかも「観測士にぴったり」という言い方をした時点で、普通の修理仕事ではない。
サトはパンを飲み込み、水筒の水を飲んだ。
「……内容は?」
ロッカは少しだけ真面目な顔になった。
「北の畑の奥で、最近夜になると変な光が見えるらしい」
「変な光?」
「青白い光。しかも、動くらしい。畑の外れから、山の方へ」
サトは神威のコアを見る。
青白い光。
動く光。
旧世界の機械か。
精霊流の乱れか。
あるいは、もっと厄介な何かか。
「それだけなら、見間違いじゃないのか」
「それがな、昨日の朝、畑の柵が壊されてた。何か足跡っぽいものもあったけど、普通の獣じゃねぇって話だ。地面に焦げ跡があったらしい」
焦げ跡。
サトは顔をしかめた。
「……機械系か」
「村長は、侵食獣かもしれないって心配してる」
「そんなの、俺にどうしろっていうんだよ」
「観測してこいってさ。戦えとは言ってない」
「観測って言えば聞こえはいいけど、要するに危ない場所を見に行けってことだろ」
「まあ、そうとも言う」
「言うな」
ロッカは布袋からもうひとつパンを出した。
「でも報酬は出る。前金も少し。成功したら追加。機械部品の購入許可も、村の倉庫から出せるかもしれないって」
サトの目がわずかに動いた。
「村の倉庫?」
「ああ。旧式の脚部パーツとか、診断端末とか、たぶん使ってないのがあるだろ」
「……ある」
村の倉庫には、昔の防衛設備から外した部品が眠っている。
サトは何度も目をつけていた。
だが、勝手に持ち出すことはできない。申請しても、「まだ使うかもしれない」の一言で却下され続けていた。
「それが使えるなら……」
サトは神威を見た。
神威は横たわったまま、こちらを見ている。
目の光は、さっきより少しだけはっきりしていた。
「きゅうん」
「お前も行きたいのか?」
「わぉん」
「いや、まだ歩けないだろ」
神威は前脚を少しだけ動かした。
ぎぎ、と嫌な音がする。
「だから動くなって!」
サトは慌てて押さえた。
ロッカが笑う。
「気に入られてんじゃん」
「気のせいだ」
「名前はあるのか?」
「……型番がそう読めただけだ」
「へぇ。名前は?」
サトは少し間を置いた。
「神威」
「カムイ?」
「ああ」
ロッカは神威を見た。
「いい名前じゃん」
神威の尻尾の基部が、かすかに震えた。
まだ尻尾は配線が切れており根元を残してロストしている。
それでも、嬉しそうに見えた。
サトはそれを見なかったことにした。
「……とにかく、今日は無理だ。こいつを最低限動けるようにしないと、俺ひとりで北の畑なんか行けない」
「自慢じゃないが弱いから?」
「そうだ。自慢じゃないが弱い」
「自覚があるのはいいことだ」
「うるさい」
サトは残りのパンを口に押し込み、立ち上がった。
「ロッカ。村長には、明日の朝返事するって言っておいてくれ」
「受ける気だな?」
「まだ受けるとは言ってない」
「その顔は受ける顔だ」
「どんな顔だよ」
ロッカは笑って、工房の扉へ向かった。
「じゃ、伝えとく。あと、ちゃんと寝ろよ」
「修理が終わったらな」
「それ、寝ないやつの台詞だぞ」
扉が閉まる。
工房には、サトと神威だけが残った。
外では、夕方の風が吹いている。
サトは神威のそばに戻り、膝をついた。
「聞いたか、神威。金がいる。部品もいる。だから、たぶん仕事を受ける」
神威の目が瞬いた。
「でもな、勘違いするなよ。俺は戦えない。お前もまだ壊れてる。だから、行くとしても観測だけだ。危なかったら逃げる。分かったな?」
「わぉん」
「本当に分かってるか?」
「わぉん」
「……まあ、いいか」
サトは工具を握り直した。
機械狼の脚部に、慎重に手を入れる。
父ならどう直すだろう。
その答えは、まだ分からない。
けれど、今のサトにできることはある。
壊れた部品を見つける。
足りない部品を補う。
動かないものを、もう一度動かす。
「よし。まずは立てるようにするぞ」
神威のコアが、淡く光った。
その光の奥で、サトには見えない細い精霊流が、ほんの少しだけ通り始めていた。




