第4話 村からの依頼(二)
その奥で、細い青白い光が灯る。
神威の目だった。
「わおん」
「うわっ、びっくりした!」
サトは工具を落としかけた。
横たわったまま、機械狼がこちらを見ている。さっきまで閉じられていた瞼が開き、その奥のディスプレイに、弱々しい光が戻っていた。
口の部分がわずかに開き、そこからもう一度、音が漏れる。
「……わぉん」
「お、おお……起きたのか。そうか、太陽光超効率収集装甲板を掘り当てたから、動力が少し戻ってきたのか」
神威は前脚を動かそうとした。
がくん、と体が傾く。
「待て待て待て! 動くなって!」
サトは慌てて神威の肩を押さえた。
押さえたところで、相手は大型狼ほどの機械である。もし本気で暴れられたら、サトなど簡単に吹き飛ばされる。
「おとなしくしてくれよ。修理してやってるんだからな」
神威の目の光が、細くなった。
しゅん、としたように見える。
サトは少しだけ困った顔をした。
「いや、怒ってるわけじゃない。ただ、今動くと足が本当に壊れる。あと、自慢じゃないが俺は弱い!」
神威がじっとサトを見る。
「弱いんだよ。すごく。だから、お前が急に立ち上がったら、俺は死ぬ。かもしれない」
「きゅうん」
「分かってくれたなら助かる」
サトは胸をなで下ろした。
そのとき、工房の扉が勢いよく開いた。
「よう、サト!」
入ってきたのは、ロッカだった。
同い年の幼なじみで、ともに観測士をしている。ちなみに村のパン屋の息子である。背はサトより少し高く、いつも陽気な顔をしている。手には布袋を提げていた。
ロッカは工房の中を見回し、床に横たわる巨大な機械狼を見て、口笛を吹いた。
「うわ。近くで見ると、やっぱでけぇな」
「ノックくらいしろよ」
「したぞ。お前が聞いてなかっただけだ」
「絶対してない」
「したって。心の中で」
「それはノックじゃない」
ロッカは笑いながら、作業台に布袋を置いた。
「どうせ昨日から飯食ってないだろ? 休憩しようぜ。俺んちのパンの余り物、持ってきた」
サトの腹が、ちょうどその瞬間に鳴った。
工房に、気まずい沈黙が落ちる。
ロッカがにやりと笑った。
「ほらな」
「……余り物なら、もらう」
「素直じゃねぇなぁ」
ロッカはパンをふたつ取り出し、ひとつをサトに投げた。
サトは片手で受け取り、かじる。
硬い。
だが、うまい。
昨日の夜からほとんど何も食べていなかったことを、噛んだ瞬間に思い出した。
「で、どうだ。治りそうか?」
ロッカは神威のそばにしゃがみ込む。
神威の目が、ロッカを追った。
「わぉん」
「おっ、鳴いた」
「不用意に触るなよ。まだ仮組みだ」
「分かってるって。噛むのか?」
「知らん。噛まれたらたぶん腕がなくなる」
「じゃあ触らない」
ロッカはすぐに手を引っ込めた。
サトはパンをかじりながら、神威の脚部を見た。
「とりあえず起動はしているな。ただ、動くかは五分五分だ」
「五分五分って、けっこう高いじゃん」
「何を基準に言ってるんだよ。普通は動かないんだ、ここまで壊れてたら」
「そこを動かすのがサトだろ」
ロッカは当たり前のように言う。
サトは少しだけ黙った。
そういうふうに言われるのは、嫌いではない。
けれど、素直に受け取るには、少し重い。
「はー、すげぇもんだねぇ。やっぱり才能は親譲りなんかねぇ」
ロッカの言葉に、サトの手が止まった。
工房の壁には、古いピッケルが掛けられている。
父の遺品を、サトが少しずつ改良したものだ。昨日は近場のゴミ山へ行くだけだったから、持っていかなかった。代わりに新作の槍を試すつもりだった。
その槍は今、神威の脚の中に入っている。
「親父なら……」
サトは小さく呟いた。
「親父なら、どう直すだろ」
ロッカは何も言わなかった。
サトは神威の胸部、淡く光るエーテルコアエンジンを見る。
「エーテルコアエンジンの色も変だし、なにより足のパーツが足りない。手持ちの部品じゃ、立たせるのがやっとだ。歩かせるなら補助関節がいる。走らせるなんて無理だし、長距離移動なんてもっと無理」
「ふーん」
「それに、このコアの変色が本当に侵食の前兆なら、浄化フィルタも必要になる。中古でも高い。というか、そもそも村じゃ手に入らない」
「でも、そのコアって売れないのか? 旧世界の心臓なんだろ?」
ロッカは何気なく言った。
サトは即座に首を振る。
「売れない。未検査のエーテルコアなんて、まともな店は買わないよ。暴走するかもしれないし、侵食してるかもしれない。登録不明なら組合に没収される可能性もある。最悪、持ち込んだこっちが処分費を払うことになる」
「うわ、面倒くさ」




