表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/77

第44話 峠の古道(二)

「それが最短ですか」


「たぶん最短だ」


「では、その経路が適切ではありませんか」


「普通ならな」


 サトは地図の北側を指でなぞった。


「けど、鈴音鹿都へ向かう道は安全で人通りが多い。森都キョウの商人も通る。観測院の者も通る。噂も集まりやすい」


「私が目立つからですか」


 ツキハは真面目な顔で尋ねた。


 サトは一瞬だけ黙った。


「目立つ」


「外套を着ています」


「外套で隠せる目立ち方じゃない」


「不適切ですか」


「外套は適切だ。でも、それ以前の問題だ」


「それ以前」


「月から落ちてきた時点で、目立たない方が無理だ」


 神威が、わぅ、と鳴いた。


 完全に同意しているようだった。


 ツキハは少し考え込んだ。


「では、目立たない努力をします」


 そう言うと、ツキハは外套の襟を整えた。


 動きは丁寧だった。


 姿勢もよい。


 髪に残る淡い光も、月片の気配も、薄い衣のきらめきも、かえって整って見えた。


 神秘性が増した。


 サトはため息をついた。


「努力の方向が違う」


「不適切でしたか」


「かなり」


「改善します」


「改善しようとすると、たぶんもっと目立つから一旦そのままでいい」


 ツキハは真剣に頷いた。


「了解しました。そのまま目立ちます」


「そういう意味じゃない」


 神威が口を開けて笑った。


 その拍子に、背中の芽が揺れた。


 こっちはこっちで目立つ。


 サトは地図を見下ろしながら、少し遠い目をした。


「最短は北。でも今回は東へ回る」


 サトは地図の上で指を動かした。


「峠を越えて、大陸沼の東岸に出る。そこから沼沿いに北へ進む。少し遠回りになるけど、人目は避けやすい」


「危険はありますか」


「ある」


 サトは正直に言った。


「大陸沼の東岸は、道が安定してない。沈んだ旧都市もあるし、湿地の精霊獣も多い。けど、人に追われるよりはましだ」


「人に追われる方が危険ですか」


「場合による。でも今は、そう考えた方がいい」


 ツキハは地図を見つめた。


 その横顔に、迷いはなかった。


「了解しました。」


「選択するのは俺だけじゃない。お前も、神威も一緒だ」


 ツキハが顔を上げる。


「私は、その経路に同意します」


「わぅ」


 神威も鳴いた。


「お前も同意か」


「わぅ」


「じゃあ決まりだ」


 サトは地図を畳んだ。


 風が吹いた。


 峠の上から、森の匂いが流れてくる。


 その匂いは、昨日までの森とは少し違っていた。


 湿り気が少ない。


 石と苔と遠い水の匂いが混ざっている。


 この先に、大陸沼がある。


 かつて湖だった巨大な湿地。


 サトも話には聞いたことがある。


 だが、実際に行ったことはない。


「……本当に、外へ出るんだな」


 言葉は、思わず漏れた。


 ツキハがサトを見る。


「外、ですか」


「ああ。俺にとってはな」


「サトは、森都キョウの外へ出たことが少ないのですか」


「観測の仕事で近くの村や遺跡までは行く。でも、大陸沼を東回りに越えて、カツザンまで行くのは初めてだ」


「不安ですか」


 ツキハはまっすぐ尋ねた。


 サトは少しだけ笑った。


「不安じゃないと言ったら嘘になる」


「正直です」


「できない約束はしない方が信頼に値するんだろ」


 ツキハは一瞬、目を瞬かせた。


 それから、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「はい。適切です」


 サトは地図を荷袋にしまった。


「行こう。日が落ちる前に峠の上まで出たい」


     ◇


 峠の上に着いたのは、夕方近くだった。


 道の最後は、ほとんど崖に近い斜面だった。


 サトは何度も神威を止め、補助ブレースを確認しながら登った。


 ツキハは精霊流の乱れを見て、崩れやすい場所を避ける。


 神威は荷物を背負いながら、文句を言いたげに何度も「わぅ」と鳴いた。


 それでも、誰も大きな怪我はしなかった。


 峠の上には、古い観測塔の残骸があった。


 塔と呼ぶには、もう低すぎる。


 上部は崩れ、残っているのは土台と、折れた支柱だけだ。


 だが、そこからの眺めは広かった。


 西には、森都キョウの方角。


 木々の海が、夕陽に沈んでいる。


 どこかに、サトの村がある。


 もう見えない。


 だが、あの森の向こうにある。


 東には、まだ遠いが、広い低地が見えた。


 夕暮れの光を受けて、ところどころ白く光っている。


 水だ。


 大陸沼の端だろう。


「見えたな」


 サトは呟いた。


「大陸沼ですか」


「たぶん。明日にはもっと近づける」


 神威が前に出ようとした。


 サトはすぐに首のあたりを掴んだ。


「行くな。崖だ」


「わぅ」


「興味だけで落ちるな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ