第41話 森を抜ける道(二)
「じゃあ、乾いてる枝を集めてくれ。湿ってるのは煙が出る」
「了解しました」
ツキハは枝を拾い始めた。
その動きは丁寧だった。
だが、乾いている枝と湿っている枝の判別が少し怪しい。
しばらく見ていると、苔むした枝まで持ってきた。
「ツキハ」
「はい」
「これは湿ってる」
「表面に緑色の生命反応があります」
「それは苔だ。燃やすと煙い」
「不適切でした」
「いや、最初はそんなもんだ」
サトは乾いた枝を見せる。
「軽くて、折るとぱきっと鳴るやつ。こういうのを選ぶ」
ツキハは真剣に頷いた。
「理解しました」
そして次に持ってきた枝は、ほとんど完璧だった。
「覚えるの早いな」
「観測しました」
「便利だな、観測」
「はい。便利です」
ツキハは少し誇らしげに言った。
その表情は小さな変化だったが、サトには分かった。
彼女も少しずつ、この旅の中で役割を探している。
ただ守られるだけではなく。
ただ隠されるだけでもなく。
自分にできることを、ひとつずつ確かめている。
火がつくと、窪地の中が橙色に照らされた。
夜の森が少し遠ざかる。
神威は焚き火の横に伏せた。
腹部のパネルが少し開き、弱い熱を放つ。
「おい、火の横でウォーマーを出すな。暑い」
「わぅ」
「寒くなったら頼むから、今は閉じろ」
神威はしぶしぶパネルを閉じた。
どうやら役に立ちたかったらしい。
ツキハはその様子を見て、小さく言った。
「神威は、役割を求めています」
「ああ。たぶんな」
「サトもですか」
サトは手を止めた。
「俺も?」
「はい」
焚き火がぱちりと鳴った。
サトは少し考えてから、保存食の硬いパンを割った。
ロッカの実家でもらったものだ。
そのままでは歯が欠けそうだったので、水で少し戻す。
「どうだろうな。俺は……今は、無事にカツザンへ着くことだけ考えてる」
「それは役割ではありませんか」
「そうかもしれない」
サトはパンをツキハに渡した。
「食べられるか?」
「はい」
「硬いぞ」
「観測します」
「食べ物を観測するな。食え」
ツキハは小さく頷き、パンを口にした。
しばらく無言で咀嚼する。
そして、真剣な顔で言った。
「硬いです」
「だから言った」
「しかし、食べられます。適切です」
「ロッカに言ったら喜ぶよ」
サトもパンを口にした。
硬い。
水で戻しても、やはり硬い。
けれど腹にはたまる。
ロッカの言った通りだった。
神威がじっと見ていた。
「お前は食べられないぞ」
「わぅ」
「返事だけは本当に立派だな」
神威は少し口を開けた。
笑っているようだった。
◇
夜が深くなると、森の音が変わった。
昼間の鳥の声は消え、代わりに虫の声と、枝が擦れる音が増える。
遠くで何かが鳴いた。
精霊獣か、ただの獣か。
サトには分からなかった。
ツキハは分かるのかもしれない。
だが彼女は、危険とは言わなかった。
ならば今は大丈夫なのだろう。
焚き火の前で、サトはピッケルの柄を磨いていた。
父の遺品。
何度も修理し、何度も改造した道具。
掘るためのもの。
繋ぐためのもの。
直すためのもの。
調べるためのもの。
そして、ほんの少しだけ身を守るためのもの。
旅に出ると、これがいつもより重く感じた。
「サト」
ツキハが声をかけた。
神威は少し離れたところで荷物番をしている。
ただし、視線は南側の林にちらちら向いていた。
精霊虫がいるのだろう。
「どうした」
「相談があります」
「いいぞ」
「私が月から来た理由を聞いてくれますか」
サトは手を止めた。
焚き火の光が、ツキハの横顔を照らしている。
静かな顔だった。
けれど、胸元の月片に添えられた指先だけが、少し強く握られていた。
「……聞いていいのか」
「分かりません」
「分からないのか」
「私の中で情報が不足しています」
サトはピッケルを膝に置いた。
「無理に話さなくていいんだぞ」
ツキハはまっすぐサトを見た。
「私は、サトに情報を共有するべきだと判断しました」
サトは小さく息を吐いた。
「分かった。聞く」
神威がこちらを見た。
サトは手で合図する。
「お前は番を続けろ」
「わぅ」
神威は伏せ直した。
だが耳は完全にこちらを向いている。
聞く気満々だった。
サトは見なかったことにした。
「ツキハは、月から何をしに来たんだ」
問いは、思ったより静かに出た。
ツキハはすぐには答えなかった。
焚き火の火が揺れる。




