第39話 旅支度(二)
旅始メェリィイェス(´・ω・`)
「……おう。そのうちな」
サトがそう言うと、ロッカは満足そうに頷いて帰っていった。
旅支度は、夕方まで続いた。
ピッケル。
工具。
簡易寝具。
水袋。
保存食。
神威の交換部品。
ツキハのための外套。
紹介状。
護身用のグレネード。
荷物は思ったより多くなった。
けれど、持っていけないものの方が、ずっと多かった。
翌朝。
村の入口に集まった見送りは、少なかった。
村長。
観測士のガラ。
ロッカ。
それだけだった。
子どもたちも、近所の者たちもいない。
村人たちのほとんどは、サトたちが今日旅立つことを知らされていなかった。
足取りをたどられる可能性があるからだ。
誰かが悪気なく話しただけでも、噂は流れる。
噂は人を呼ぶ。
人は、危険を連れてくる。
だから、見送りは少なかった。
それが正しい判断だと分かっていても、サトは少し寂しかった。
「荷は、それで全部か」
村長が尋ねた。
「はい」
「紹介状は」
「ここに」
「道は、最初は南東へ取れ。森都キョウへまっすぐ向かうな。二日ほど迂回してから街道に入れ」
「はい。なるべく街道に出ず森をすすみます」
ガラが前に出て、小さな袋を差し出した。
「路銀です。多くはありませんが、使ってください」
「こんなに受け取れません」
「受け取りなさい」
ガラの声は静かだったが、拒ませない強さがあった。
「これは村のためでもある。無事にカツザンへ着くよう祈っとるぞ」
サトは袋を受け取った。
「ありがとうございます」
ガラは頷いた。
次に、ツキハが一歩前に出た。
手には、紙の束を抱えている。
「村長」
「なんですかな、ツキハ殿」
「このあたりのゴミ山の機械について、傾向をまとめました」
ツキハは紙の束を差し出した。
「種別ごとの利用方針も書いてあります。危険なものについても、分かる範囲でまとめました。ご活用ください」
村長は、それを受け取ったまま動かなかった。
ガラも、ロッカも、言葉を失っていた。
サトも同じだった。
ツキハは、自分のことでいっぱいいっぱいのはずだった。
これからのことで、不安に押し潰されてもおかしくない。
それなのに。
彼女は、残される村のために、自分ができることを粛々と進めていたのだ。
紙の束には、細かな文字がびっしりと書かれている。
危険な熱源部品。
水場に近づけてはいけない電子部品。
素材として利用できる外装板。
神威の修理に転用できる可能性のある部品。
村人でも扱えるもの。
観測院員以外は触れてはいけないもの。
サトは、その文字を見ただけで胸が詰まった。
「これは……有難うございます」
村長は、深く頭を下げた。
ツキハは少し驚いたように瞬きをした。
「役に立てば、適切です」
「必ず役立てます」
村長は紙の束を胸元に抱えた。
「お二人が帰って来られる際には、もっと発展した街になっているかもしれませんな」
サトは、村長を見た。
お二人が帰って来られる際には。
村長は、ツキハも帰ってくる者として言った。
客人ではなく。
遺物でもなく。
厄介ごとでもなく。
この村へ戻る住民のように、当然のように。
そしてサトには、村長の言葉の奥にある声が聞こえた気がした。
危険なものから、住民を守れる街にしたい。
貧しさに負けず、欲に飲まれず、帰ってくる者を迎えられる場所にしたい。
そういう声だった。
ツキハは、ゆっくりと微笑んだ。
「はい。かならず」
その声は小さかった。
けれど、朝の空気の中で、まっすぐ響いた。
神威が、わぉん、と鳴いた。
村長は神威の前にしゃがんだ。
「神威」
「わぅ」
「サトを頼むぞ」
神威は胸を張った。
サトが止める前に、胸の芽がぴこりと揺れる。
村長は少し笑った。
「ツキハ殿も頼む」
「わぉん!」
「それと、自分も大事にしなさい」
「きゅうん」
「そこが一番怪しい顔じゃな」
ロッカが吹き出した。
サトも、少しだけ笑った。
笑ったら、ようやく足が動いた。
「行きます」
サトは村長に頭を下げた。
ガラにも、ロッカにも。
ツキハも静かに頭を下げた。
神威は、村の入口に向かって一度だけ振り返った。
誰もいない道。
閉じられた戸。
煙の上がる家々。
日常のままの村。
その奥から、子どもの声が聞こえた気がした。
けれど、誰も出てこなかった。
それでいい。
それが、正しい。
サトは前を向いた。
「行こう。ツキハ、神威」
「はい」
「わぉん」
二人と一匹は、村を出た。
朝の道は、まだ少し冷たい。
草には露が残り、遠くの森から精霊虫の淡い光がいくつか浮かんでいる。
龍都カツザンは遠い。
道も、安全ではない。
村の門が、少しずつ遠ざかっていく。
振り返りたい気持ちを、サトは一度だけこらえた。
そして、こらえきれずに振り返った。
村長とガラとロッカが、まだそこに立っていた。
ロッカが大きく手を振った。
サトも手を振り返した。
神威は嬉しそうに尻尾を振り、すぐに荷袋にぶつけた。
「神威、荷物に気をつけろ」
「きゅうん」
ツキハが小さく笑った。
その笑みを見て、サトはようやく息を吐いた。
旅が始まった。
別れではない。
帰るために、遠くへ行くのだ。
サトはそう自分に言い聞かせ、龍都カツザンへ続く道を歩き出した。
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