表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/77

第36話 龍都カツザンへ(一)

村長は、机の上に積まれた金貨を見下ろしていた。


「……たった半月で、えらいことになったな」


 誰に向けた言葉でもなかった。


 あの日から数日、観測院の者たちはゴミ山に入り、ツキハの助言をもとに遺物の調査を進めた。


 ただの屑鉄に見えていたもの。


 焼け焦げた筒。


 曲がった板。


 砕けた透明な石。


 それらの中に、まだ使える素材が混じっていた。


 サトたちはそれを切り出し、分類し、壊れすぎたものと売れるものを分けた。さらに数日かけて荷を整え、足の速い観測者がゼブラ車に乗って森都キョウまで走った。


 そして、つい先ほど戻ってきた。


 机の上には、村で半年働いても届かないほどの金貨が積まれている。


 観測院の者たちは浮き足立っていた。村人たちも同じだった。


「これで屋根を直せるぞ」


「冬越しの蓄えも増やせる」


「観測院に人を増やせるんじゃないか」


「ゴミ山って、まだ遺物が山ほどあるんだろ?」


 そんな声が、どこからともなく聞こえてくる。


 無理もない。


 村は貧しかった。


 森都キョウの西外れにあるこの村は、豊かな土地とは言いがたい。獣害もある。冬は厳しい。観測院があるとはいえ、見つかる遺物の大半は壊れすぎていて、売れてもわずかな金にしかならなかった。


 それが、突然変わった。


 ただのゴミ山が、宝の山になった。


 村人たちの表情が明るくなるのは当然だった。


 だが、その中で村長と、ガラだけは難しい顔をしていた。


「村長。これは、少しまずいかもしれませんな」


 ガラが低い声で言った。


 村長は金貨に視線を落としたまま、深くうなずいた。


「うむ。ワシもここまでとは思わなんだ」


「ツキハ様の目があれば、まだまだ掘り出せます」


「うむ。有難いことだ。しかし…」


 ガラは、窓の外を見た。


 夜の村は静かだった。


 だが、その静けさがいつまで続くかは分からない。


「まさか、本当に月の御子だったとは」


 ガラは答えなかった。


 金貨のきらめきだけが、灯りを受けてぎらりと光っていた。


     ◇


 その日の晩、サトとツキハは観測院に呼び出された。


 神威も一緒だった。


 最近は修理が進み、足取りもずいぶん安定している。右前脚にはまだ補助ブレースが残っているが、走ることもできるようになった。


 ただし、胸のあたりから伸びた小さな芽だけは、どうにもならなかった。


 取ろうとすると神威が情けない声を出すし、そもそも芽は金属部品の隙間に根を張るように入り込んでいる。中でつながっているのか、胸の装甲からも芽が顔を出してきた。サトにはもう、どこまでが機械でどこからが植物なのか分からなかった。


 ついに草になったな。


 そう言うと、神威はなぜか少し誇らしげに胸を張る。


 意味が分からない。


「村長、お呼びですか」


 観測院の奥の部屋に入ると、村長が待っていた。


 いつものような怒鳴り声はない。机の前に座り、静かにサトたちを見ている。


「来たか。サト、ツキハ殿。そこへ座りなさい」


 サトは一瞬、眉を動かした。


 ツキハ殿。


 村長がそう呼んだ。


 少し前まで、ツキハのことを不思議な客人として扱っていたはずだ。それが今は、明らかに言葉を選んでいる。


 サトは黙って椅子に座った。


 ツキハも隣に座る。神威はサトの足元に伏せた。だが耳のような可動部だけは、ぴんと立っている。


「サト」


「はい」


「神威の修理の具合はどうじゃ」


 わざわざ夜に呼び出して、なぜその話なのか。


 サトは怪訝に思いながらも答えた。


「ゴミ山から使える資材を優先して回してもらえたので、だいぶ良くなりました。走り回るくらいには元気です。まだよく分からない部品も多いですが」


 神威が、わぉん、と小さく鳴いた。


 元気だと言われて嬉しかったらしい。


 その拍子に、胸の芽がぴこりと揺れた。


 村長はその芽をじっと見たが、何も言わなかった。


「そうか」


 村長は机の引き出しを開け、一通の封書を取り出した。


 厚い紙で包まれ、観測院の印が押されている。


「では、しばらくツキハ殿と神威を連れて、龍都カツザンへ行きなさい」


「……はい?」


 サトは間の抜けた声を出した。


 村長は封書を机の上に置いた。


「これはワシから、カツザンの観測院への紹介状じゃ。悪いようにはされんはずだ」


「えっと……依頼、ということでしょうか」


 サトは状況を飲み込めなかった。


 龍都カツザン。


 森都キョウから北東へ遠く離れた、大きな都だ。古い山脈のふもとに築かれ、強い精霊流が流れる土地だと聞いたことがある。


 だが、行ったことはない。


 歩けば一月はかかる。途中には廃道もあるし、精霊獣も出る。最近は侵食獣も出没している。人を襲う旧世代の機械が徘徊しているという噂も聞いた。気軽に行って帰れる場所ではない。


「村長、急にそんなことを言われても」


「急だから言っておる」


 村長の声は硬かった。


 サトは口を閉じた。


「サト。ツキハ殿のおかげで、この観測院は大きな収益を上げた。それ自体はよいことじゃ。村の者たちも潤う。冬の備えもできる。壊れた家も直せる。観測院にも人を増やせるかもしれん」


「なら、どうして」


「その収益は、ツキハ殿がいてこそじゃ」


 サトの背中に、冷たいものが走った。


 村長は続けた。


「ただの屑か、価値ある遺物か。見分ける目がある。古い素材を知り、精霊反応を読み、危険なものを避けられる。その力があれば、ゴミ山ひとつでこれだけの金になる」


「……まさか」


「すでにキョウでは噂になっておるじゃろう」


 サトは息を呑んだ。


 情報は広がる。


 金の匂いは、もっと早く広がる。


 観測院が急に儲けた。


 その理由は、月から来たらしい少女だ。


 そんな噂が立てば、どうなるか。


 想像したくなかった。


 ツキハが静かに口を開いた。


「村長。その評価は不適切です」


 村長がツキハを見る。


 ツキハはまっすぐな顔をしていた。


「私は、知識から分類と精霊反応を伝えただけです。発掘、加工、運搬、販売。そのすべては、ここにいるサトと観測院の皆様の功績です」


 サトは苦い顔をした。


「違う。そうじゃないんだ、ツキハ」


 ツキハが不思議そうにサトを見る。


「不適切ですか? もう一度、説明を願います」


 サトは言葉に詰まった。


 説明しなければならない。


 けれど、それはツキハにとって、とても嫌な説明になる。


 村長が代わりに口を開いた。


「ツキハ殿。神蝕戦争が終わり、幾千の日が流れた。人類はどうにか生き延びた。じゃが、ずいぶん貧しくなった」


 村長の声は静かだった。


「貧しくなったのは、暮らしだけではない。残念なことに、心まで貧しくなった者もおる」


 ツキハは何も言わない。


「ツキハ殿の知識で金が稼げると分かれば、強引に攫おうとする者が出る。人質を取って脅す者も出る。よその観測院が欲しがるかもしれん。商人が囲い込もうとするかもしれん。荒くれ者なら、もっと単純な手を使うじゃろう」


 部屋の空気が重くなった。


 神威が低く、うう、と喉を鳴らした。


サトはその頭に手を置いた。


「そして、この村には、それらを止めるだけの力がない」


 村長の言葉は、痛いほど正しかった。

もし、少しでも続きが気になる人がいたら、評価ポッチしてもらえると崇めます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ