第36話 龍都カツザンへ(一)
村長は、机の上に積まれた金貨を見下ろしていた。
「……たった半月で、えらいことになったな」
誰に向けた言葉でもなかった。
あの日から数日、観測院の者たちはゴミ山に入り、ツキハの助言をもとに遺物の調査を進めた。
ただの屑鉄に見えていたもの。
焼け焦げた筒。
曲がった板。
砕けた透明な石。
それらの中に、まだ使える素材が混じっていた。
サトたちはそれを切り出し、分類し、壊れすぎたものと売れるものを分けた。さらに数日かけて荷を整え、足の速い観測者がゼブラ車に乗って森都キョウまで走った。
そして、つい先ほど戻ってきた。
机の上には、村で半年働いても届かないほどの金貨が積まれている。
観測院の者たちは浮き足立っていた。村人たちも同じだった。
「これで屋根を直せるぞ」
「冬越しの蓄えも増やせる」
「観測院に人を増やせるんじゃないか」
「ゴミ山って、まだ遺物が山ほどあるんだろ?」
そんな声が、どこからともなく聞こえてくる。
無理もない。
村は貧しかった。
森都キョウの西外れにあるこの村は、豊かな土地とは言いがたい。獣害もある。冬は厳しい。観測院があるとはいえ、見つかる遺物の大半は壊れすぎていて、売れてもわずかな金にしかならなかった。
それが、突然変わった。
ただのゴミ山が、宝の山になった。
村人たちの表情が明るくなるのは当然だった。
だが、その中で村長と、ガラだけは難しい顔をしていた。
「村長。これは、少しまずいかもしれませんな」
ガラが低い声で言った。
村長は金貨に視線を落としたまま、深くうなずいた。
「うむ。ワシもここまでとは思わなんだ」
「ツキハ様の目があれば、まだまだ掘り出せます」
「うむ。有難いことだ。しかし…」
ガラは、窓の外を見た。
夜の村は静かだった。
だが、その静けさがいつまで続くかは分からない。
「まさか、本当に月の御子だったとは」
ガラは答えなかった。
金貨のきらめきだけが、灯りを受けてぎらりと光っていた。
◇
その日の晩、サトとツキハは観測院に呼び出された。
神威も一緒だった。
最近は修理が進み、足取りもずいぶん安定している。右前脚にはまだ補助ブレースが残っているが、走ることもできるようになった。
ただし、胸のあたりから伸びた小さな芽だけは、どうにもならなかった。
取ろうとすると神威が情けない声を出すし、そもそも芽は金属部品の隙間に根を張るように入り込んでいる。中でつながっているのか、胸の装甲からも芽が顔を出してきた。サトにはもう、どこまでが機械でどこからが植物なのか分からなかった。
ついに草になったな。
そう言うと、神威はなぜか少し誇らしげに胸を張る。
意味が分からない。
「村長、お呼びですか」
観測院の奥の部屋に入ると、村長が待っていた。
いつものような怒鳴り声はない。机の前に座り、静かにサトたちを見ている。
「来たか。サト、ツキハ殿。そこへ座りなさい」
サトは一瞬、眉を動かした。
ツキハ殿。
村長がそう呼んだ。
少し前まで、ツキハのことを不思議な客人として扱っていたはずだ。それが今は、明らかに言葉を選んでいる。
サトは黙って椅子に座った。
ツキハも隣に座る。神威はサトの足元に伏せた。だが耳のような可動部だけは、ぴんと立っている。
「サト」
「はい」
「神威の修理の具合はどうじゃ」
わざわざ夜に呼び出して、なぜその話なのか。
サトは怪訝に思いながらも答えた。
「ゴミ山から使える資材を優先して回してもらえたので、だいぶ良くなりました。走り回るくらいには元気です。まだよく分からない部品も多いですが」
神威が、わぉん、と小さく鳴いた。
元気だと言われて嬉しかったらしい。
その拍子に、胸の芽がぴこりと揺れた。
村長はその芽をじっと見たが、何も言わなかった。
「そうか」
村長は机の引き出しを開け、一通の封書を取り出した。
厚い紙で包まれ、観測院の印が押されている。
「では、しばらくツキハ殿と神威を連れて、龍都カツザンへ行きなさい」
「……はい?」
サトは間の抜けた声を出した。
村長は封書を机の上に置いた。
「これはワシから、カツザンの観測院への紹介状じゃ。悪いようにはされんはずだ」
「えっと……依頼、ということでしょうか」
サトは状況を飲み込めなかった。
龍都カツザン。
森都キョウから北東へ遠く離れた、大きな都だ。古い山脈のふもとに築かれ、強い精霊流が流れる土地だと聞いたことがある。
だが、行ったことはない。
歩けば一月はかかる。途中には廃道もあるし、精霊獣も出る。最近は侵食獣も出没している。人を襲う旧世代の機械が徘徊しているという噂も聞いた。気軽に行って帰れる場所ではない。
「村長、急にそんなことを言われても」
「急だから言っておる」
村長の声は硬かった。
サトは口を閉じた。
「サト。ツキハ殿のおかげで、この観測院は大きな収益を上げた。それ自体はよいことじゃ。村の者たちも潤う。冬の備えもできる。壊れた家も直せる。観測院にも人を増やせるかもしれん」
「なら、どうして」
「その収益は、ツキハ殿がいてこそじゃ」
サトの背中に、冷たいものが走った。
村長は続けた。
「ただの屑か、価値ある遺物か。見分ける目がある。古い素材を知り、精霊反応を読み、危険なものを避けられる。その力があれば、ゴミ山ひとつでこれだけの金になる」
「……まさか」
「すでにキョウでは噂になっておるじゃろう」
サトは息を呑んだ。
情報は広がる。
金の匂いは、もっと早く広がる。
観測院が急に儲けた。
その理由は、月から来たらしい少女だ。
そんな噂が立てば、どうなるか。
想像したくなかった。
ツキハが静かに口を開いた。
「村長。その評価は不適切です」
村長がツキハを見る。
ツキハはまっすぐな顔をしていた。
「私は、知識から分類と精霊反応を伝えただけです。発掘、加工、運搬、販売。そのすべては、ここにいるサトと観測院の皆様の功績です」
サトは苦い顔をした。
「違う。そうじゃないんだ、ツキハ」
ツキハが不思議そうにサトを見る。
「不適切ですか? もう一度、説明を願います」
サトは言葉に詰まった。
説明しなければならない。
けれど、それはツキハにとって、とても嫌な説明になる。
村長が代わりに口を開いた。
「ツキハ殿。神蝕戦争が終わり、幾千の日が流れた。人類はどうにか生き延びた。じゃが、ずいぶん貧しくなった」
村長の声は静かだった。
「貧しくなったのは、暮らしだけではない。残念なことに、心まで貧しくなった者もおる」
ツキハは何も言わない。
「ツキハ殿の知識で金が稼げると分かれば、強引に攫おうとする者が出る。人質を取って脅す者も出る。よその観測院が欲しがるかもしれん。商人が囲い込もうとするかもしれん。荒くれ者なら、もっと単純な手を使うじゃろう」
部屋の空気が重くなった。
神威が低く、うう、と喉を鳴らした。
サトはその頭に手を置いた。
「そして、この村には、それらを止めるだけの力がない」
村長の言葉は、痛いほど正しかった。
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