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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第35話 ツキハと神威がいる日常(三)

「昔から、そういう場所ではあったんだよ」


サトは古い箱を軽く叩いた。


「ただ、見分けられなかっただけで」


 ツキハは、さらに斜面を進んだ。


 危なげなく、けれど足元をよく見ながら。


 完全に死んだ機械。


 素材だけなら使える部品。


 小さな精霊反応を残した生活機器。


 彼女は、それらを次々と見分けていく。


「これは、精霊圧縮式の携帯照明器です。内部結晶は割れています」


「売れるか?」


「外装だけなら少額です」


「後回しだな」


「これは旧式の自動調理鍋です」


「鍋?」


「火加減を自律制御します」


「動く?」


「動きません。ただし温度センサーは生きています」


「神威の駆動温監視に使えるか?」


「可能性があります」


「回収」


「これは玩具です」


「玩具?」


「子ども用の浮遊球です。精霊反発で三十センチほど浮きます」


 ロッカが拾い上げた。


「これ、売れそうじゃないか?」


「内部の反発核が割れています」


「駄目か」


「ただし、外殻が可愛いです。」


「そこは評価に入るのか?」


「ふ、不適切ですか」


 神威が、その丸い玩具をじっと見た。


「わぅ」


 ツキハも神威を見る。


「噛むなよ」


「わぅ」


「絶対に噛む顔だな。回収だ」


 ロッカは笑いながら、浮遊球を袋へ入れた。


 そうしているうちに、三人と一匹はゴミ山の中腹まで来ていた。


 足場は悪いが、神威は思ったより上手に歩いている。


 まだ本調子ではない。


 それでも、自分の体の動かし方を少しずつ覚えているようだった。


「神威から、走行への期待値の高さを感じます」


 ツキハがふと呟いた。


 サトは神威を見る。


 神威は目を逸らした。


「……走るなよ」


「きゅうん」


「今のは図星だな」


 ロッカが笑った。


 そのとき、ツキハが斜面の奥で足を止めた。


 そこには、奇妙なものが埋もれていた。


 白と黒の外装。


 丸い耳のような部品。


 胴体の前面に大きな口のような開口部。


 片目は割れている。


 もう片方は泥で塞がっている。


 全体としては、壊れた獣のようにも見えた。


「サト」


「ん?」


「こちらを見てください」


 サトとロッカが近づく。


 神威も興味深そうに覗き込んだ。


「何だこれ」


 ロッカが首を傾げる。


「壊れたパンダ?」


「パンダって、古い動物図鑑に載ってる白黒のやつか」


「たぶんそれ」


 ツキハは外装に手を近づけた。


「これは、二二〇六年製の四足歩行自走式ゴミ箱です」


「これがか?」


 サトは思わず言った。


「壊れたパンダに見えるんだが」


「意匠として、パンダ型を採用しています。都市部の公共施設に配置され、自分でゴミを見つけて回収する機能を持っていました」


「ゴミ箱が自分でゴミを探すのか」


「はい」


 ロッカの目が輝いた。


「動くのか?」


「内部機構は風化しています。再稼働は困難です」


「だよなあ」


「ただし」


 ツキハは外装を軽く叩いた。


 こん、と硬い音がした。


「この装甲は非常に丈夫です。衝撃分散層がまだ残っています。外部壁さえ外せれば、再利用可能です」


 サトの目が変わった。


「神威の装甲のバックアップに使えるか?」


「可能です。胸部、肩部、右前脚の補助外装に適しています」


「売ったら?」


「状態が良ければ高額です。ただし、神威の修理に使う方が適切かと」


「適切か」


「はい。神威は損傷しやすい行動傾向があります」


 ロッカが吹き出した。


 神威は少し不満そうに鳴いた。


「きゅうん」


「否定できないだろ」


 サトはパンダ型ゴミ箱の周囲を調べた。


 固定具は錆びている。


 だが、外装そのものは確かに頑丈そうだ。


 これが使えれば、次に神威が無茶をしたとき、被害を減らせるかもしれない。


「よし、外すか」


 サトはピッケルを握った。


「神威、尻尾を貸してくれ」


「わぉん」


 神威の尻尾の先が伸びる。


 二股に分かれた先端が、淡く赤く光った。


 短距離のプラズマ熱。


 侵食獣の触手を切るときにも役立ったが、武器として頼りきるには心もとない。


 だが、溶接や切断補助としてはかなり便利だ。


 サトは神威の尻尾を片手で支え、もう片方の手でピッケルを接合部に当てた。


「出力は控えめで頼むぞ」


「わぅ」


「今のところ適切です」


 ツキハが横から言った。


「助かる」


 神威の尻尾から、細い赤い光が走った。


 錆びた固定具に熱が入る。


 サトはピッケルの先端を差し込み、てこのように動かした。


 ぎぎ。


 ぎぎぎ。


 古い金属が悲鳴を上げる。


 次の瞬間。


 がこん、と音を立てて、パンダ型ゴミ箱の外装が一枚外れた。


 中から黒く風化した内部機構が崩れ落ちる。


 けれど、外装板は生きていた。かなりの量が使えそうだ。


 重い。


 厚い。


 それでいて、思ったより扱いやすい。


「これは……使える」


 ロッカが叫んだ。


「た、たいへんだ」


「何が」


「俺、観測院から人手を集めてくる!」


「おい、待て」


「これは祭りになるぞ!」


 ロッカはもう走り出していた。


「ゴミ山祭りだ! いや、遺物山祭りだ!」


「勝手に祭りにするな!」


 サトの声は、ロッカの背中に届かなかった。


 ロッカは斜面を駆け下り、村の方へ全力で走っていく。


 サトは外装板を抱えたまま、深く息を吐いた。


「面倒なことになるな」


 ツキハは周囲を見回した。


「しかし、人手は必要です」


「それはそうなんだよな」


「この場所には、未分類の有用遺物が多数あります」


「やっぱり?」


「はい。ゴミ山という名称は、不適切かもしれません」


「じゃあ何て呼ぶ?」


 ツキハは少し考えた。


「未分類遺物集積地」


「長い」


「では、ゴミ山で適切ですか?」


「……まあ、村ではその方が通じるな」


「了解しました」


 神威が、外した装甲板の横で壊れたパンダ頭部を見つめていた。


「それは持って帰らないぞ」


「きゅうん」


「いや、そんな顔されても」


 ツキハが言った。


「神威用の遊具として再利用可能です」


「また神威に甘いな」


「精神安定に有効かと」


「……不適切とは言い切れないのが困る」


 神威の耳がぴんと立つ。


 サトは負けたように肩を落とした。


「分かった。後で洗う。けど、まずは装甲板が先だ」


「わぉん」


 遠くから、ロッカの声が聞こえてきた。


「おーい! 人手! 袋! 台車! あとガラさん呼んでこい!」


 続いて、村人たちのざわめきが近づいてくる。


 サトはピッケルを肩に掛け直した。


「さて、忙しくなるな」


 ツキハは静かに頷く。


「手伝います」


「問題ないか?」


「はい。問題ありません」


 神威も、壊れたパンダ頭部の横で元気よく鳴いた。


「わぉん」


「お前は無理しない範囲でな」


「わぅ」


 サトたちは、近づいてくる村人たちを迎えるため、ゴミ山の斜面をゆっくり下り始めた。


もし、少しでも続きが気になる人がいたら、評価ポッチしてもらえると崇めます。

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