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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第31話 観測院への報告(四)

サトは少しだけ言葉を選んだ。


「少なくとも、敵ではありません」


ツキハがサトを見た。


サトはそちらを見なかった。


まっすぐエンザを見る。


「それに、落下時の衝撃で、ツキハの記憶には混濁があるようです。分からないことが多いのは、本人も同じです」


エンザはツキハを見た。


「記憶に混濁があるのか」


「はい。欠落があります。接続を失った記録もあります。説明不能な領域が複数存在します」


「ふむ」


エンザは指先で机を叩いた。


一度。


二度。


三度。


「ツキハ」


「はい」


「おぬしは、この村に害をなすつもりがあるか」


「ありません」


「神威に害をなすつもりは」


「ありません」


「サトには」


「ありません」


即答だった。


エンザは頷いた。


「ならば、今はそれでよい」


サトは思わず息を吐いた。


ロッカも小さく肩を落とした。


ツキハは少し首を傾げる。


「今は、ですか」


「そうだ。分からぬものを、分かったふりで扱うのは危ない。だが、分からぬからといって、すぐに追い出すのも愚かだ」


エンザは観測院の棚を見回した。


「ここにあるものの半分は、最初は何だか分からなかった。畑を助ける道具になったものもあれば、火を噴いて倉を焼きかけたものもある」


「後者は観測院としてどうなんだ」


ロッカが小声で言った。


エンザは無視した。


「観測院とは、分からぬものを観測し、危険を見極め、使えるものは使い、売れるものは売る場所だ。この村はそれで食ってきた」


エンザの視線がツキハへ戻る。


「おぬしを売るつもりはない」


「売却対象ではありません」


「当然だ」


サトは少し焦って言った。


「村長、そういう冗談は」


「冗談ではない。確認だ」


エンザは淡々と言った。


「この村には、遺物を買いに来る商人がいる。珍しいものを珍しいまま欲しがる者もいる。だから、先に言っておく必要がある」


その言葉で、サトの背筋が冷えた。


そうだ。


観測院は遺物を扱う。


引き取り、調べ、売る。


それは村の大切な収入源だ。


だが、ツキハのような存在が知られれば、遺物と同じように扱おうとする者が出てもおかしくない。


エンザはそれを分かっている。


だから、最初に線を引いたのだ。


「ツキハは、この村では客人として扱う」


エンザは言った。


「ただし、危険な知識や反応があるなら、隠さず知らせてもらう。こちらも、おぬしを勝手に調べたりはせん」


ツキハは静かに頷いた。


「了解しました」


「サト」


「はい」


「当面、おぬしが面倒を見ろ」


「俺ですか」


「連れて帰ってきたのはおぬしだ」


「拾ったわけじゃありません」


ロッカが小さく笑った。


「落ちてたんだよな」


サトは睨んだ。


エンザは表情を変えずに続ける。


「神威もおぬしが拾った。今さら一人増えたところで変わらん」


「変わります」


「変わるか」


「かなり」


「では、かなり頑張れ」


「村長」


「冗談だ。必要なものは観測院から出す。衣服、寝具、食料。最低限はな」


サトは少しだけ頭を下げた。


「助かります」


「その代わり、報告は続けろ。ツキハのこと、神威の変化、竹に似た舟、古い精霊。どれも観測院として無視できん」


「はい」


エンザは神威を見た。


「それと、神威の背中の芽だ」


神威が耳をぴくりと動かした。


「わぅ?」


「触らせろとは言わん。だが、記録は必要だ」


サトは神威の背中を見た。


小さな芽は、朝の光を受けて柔らかく揺れている。


昨日より、やはり少し伸びている気がした。


「抜いたりはしませんよね」


「せん。そんなことをすれば、子どもたちに怒られる」


「子どもたち基準ですか」


「村では重要な基準だ」


ロッカがうなずいた。


「神威の芽を折ったら、たぶん観測院の窓に泥団子が飛ぶ」


「やめろ」


「俺じゃない。子どもたちが」


「想像できるのが嫌だな」


ツキハが静かに言った。


「神威の芽は、精霊反応と接続しています。無理に取り除くことは推奨しません」


「だそうだ」


エンザは頷いた。


「ならば触らん。観測だけだ」


神威は少し安心したように息を吐いた。


その拍子に、背中のLEDがふわりと光った。


「今、光る必要あったか?」


「わぅ」


「嬉しかったのか」


「わぉん」


「そうか」


エンザの目が、ほんの少し柔らかくなった。


「神威は、本当に分かりやすいな」


「そうですね」


「おぬしより分かりやすい」


「俺ですか」


「サトは分かりにくい。顔に出ているのに、隠しているつもりでいる」


ロッカが大きく頷いた。


「観測事実です」


「お前は黙ってろ」


ツキハがサトを見た。


「サトは、顔に出ます」


「ツキハまで言うな」


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