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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第25話 帰ってきた機械狼(一)

北外れの村では、夜明けから昼過ぎまで騒ぎが続いた。


サトたちは、観測塔で起きたことを村の代表に報告した。


裂爪級が出たこと。


観測塔の周囲の精霊流が大きく乱れていたこと。


空からの落下物のこと。


侵食獣は、何か古い精霊のようなものに追われ、少なくともその場からは離れたこと。


そして、観測塔の近くで倒れていた少女を助けたこと。


ただし、サトはツキハのことを詳しく説明できなかった。


月から来たらしい。


古い知識を持っている。


精霊流を読む力がある。


けれど、それ以上のことはサトにも分からない。


そもそも、ツキハ自身も疲れきっていた。


神威も限界だった。


北外れの村の人々は、不安そうにしながらも、三人を一晩休ませてくれた。


神威には納屋の一角が与えられた。


ツキハには毛布と温かい粥が出された。


サトは神威の応急修理を何度も確認し、眠ったのか眠っていないのか分からないまま朝を迎えた。


そして翌日。


三人は、挨拶もほどほどに西の外れの村へ向かった。


半日かけて、ゆっくり歩いた。


神威は右前脚をかばいながら進んだ。


急な坂では、サトが肩を貸した。


ツキハも時々立ち止まり、胸元の欠けた月片に手を添えて息を整えた。


誰も多くは話さなかった。


話す体力が、あまり残っていなかった。


ただ、精霊虫がときおり道端に淡く光った。


神威の歩きやすい方へ、ふわりと流れていく。


それを見るたび、ツキハは小さく目を細めた。


サトは、それが「観測」なのか「驚き」なのか、まだうまく判断できなかった。


西の外れの村が見えたのは、昼を少しぎたあたりだった。


サトは、遠くに見える見慣れた屋根を見て、ようやく息を吐いた。


「……帰ってきた」


その声は、自分で思ったよりも小さかった。


神威が横で鳴いた。


「わぅ」


ツキハも村を見た。


「ここが、サトの村ですか」


「ああ。西の外れの村だ。俺の家もある。道具もある。部品も、北外れの村よりは揃ってる」


「神威を、修理できますか」


「ちゃんとは無理でも、今よりはずっとましにできる」


サトはそう言って、神威の背中を見た。


傷だらけの装甲。


応急固定された脚。


焦げた尻尾。


そして、背中の隙間から出ている小さな芽。


朝露はもう乾いていたが、その芽はまだしおれていなかった。


むしろ、ほんの少しだけ大きくなったようにも見える。


「……そこも見ないとな」


サトが呟くと、神威は首を傾げた。


「わぅ?」


「お前の背中のやつだよ」


「きゅうん」


「不安そうにするな。抜いたりしない。たぶん」


「きゅうん!?」


「冗談だ。抜かない」


ツキハが真面目な顔で言った。


「抜くことは、推奨しません」


「分かってる」


「神威の中の精霊反応と、つながっています」


「……それ、やっぱり普通じゃないよな」


「はい。普通ではありません」


神威が、少し誇らしげに胸を張ろうとした。


ぎし、と胸部装甲が嫌な音を立てる。


「胸を張るな」


「きゅうん」


「普通じゃないって、褒め言葉とは限らないからな」


そんな話をしながら、三人は村の入口へ近づいた。


最初に気づいたのは、井戸端にいた子どもだった。


「あ」


子どもは水桶を持ったまま固まった。


それから、目を見開いた。


「サト兄ちゃんだ!」


その声が、村の中へ飛んだ。


「サト兄ちゃんが帰ってきた!」


「神威もいる!」


「神威、ぼろぼろ!」


家の戸が開く。


畑の向こうから顔が出る。


子どもたちが走ってくる。


サトは反射的に手を上げた。


「待て、近づきすぎるな。神威は怪我してる」


子どもたちは、ぴたりと止まった。


止まったが、目は輝いていた。


「神威、大丈夫?」


「脚、痛い?」


「背中に何か生えてる!」


「ほんとだ!」


「芽だ!」


「あれじゃない? 冬虫夏草的な、寄生するヤツ!」


「神威、草になったの?」


「なってない。たぶん」


「たぶん!?」


サトは短く答えた。


本当は一つずつ説明してやりたかったが、今は神威を早く横にさせたい。


神威も、子どもたちに反応して胸を張ろうとした。


ぎし、とまた嫌な音がする。


「だから胸を張るな」


「きゅうん」


「ほら、もう限界だろ」


サトは子どもたちに言った。


「あとで見せてやる。まずは工房まで行かせてくれ」


「あとで?」


「神威、治すの?」


「見てていい?」


「外からならな」


「やった!」


子どもたちは道を開けた。


ただし、視線は神威に釘付けだった。


そして、もう一つ。


ツキハにも。


「サト兄ちゃん」


小さな女の子が、こそこそと尋ねた。


「その人、だれ?」


サトは一瞬だけ迷った。


どう説明すればいい。


月から来たらしい少女。


精霊流に詳しい少女。


観測塔の近くで助けた少女。


それ以上のことは、サトにもまだ分からない。


「……ツキハだ」


サトは結局、そう言った。


「観測塔の近くで助けた。疲れてるから、あまり囲むなよ」


ツキハは、子どもたちに向かって静かに会釈した。


「ツキハです」


子どもたちは顔を見合わせた。


「きれい」


「お姫様みたい」


「服、光ってる」


「髪も綺麗」


ツキハは首を傾げた。


「お姫様、とは何でしょう」


「あとで説明する」


サトは小声で言った。


「今は歩こう」


「了解しました」


村人たちは、何か言いたそうにこちらを見ていた。


しかし、サトと神威の疲れ方を見て、すぐには騒がなかった。


誰かが「水を持っていけ」と言い、誰かが「ガラさんを呼べ」と言った。


サトは短く礼を言いながら、神威を自分の家の方へ連れていく。


西の外れの村にあるサトの家は、家というより半分は工房兼修理小屋だった。


父が使っていた古い作業台。


壁一面の工具。


遺跡から持ち帰った使い道の分からない部品。


村の人が直してほしいと置いていった農具。


サトにとっては、一番落ち着く場所だった。


扉を開けると、金属と油と乾いた木の匂いがした。


サトはそれだけで、少しだけ肩の力が抜けた。


「神威、そこに伏せろ」


「わぅ」


「ゆっくりだ。脚をぶつけるな」


神威は慎重に作業台の横へ進み、床に伏せた。


伏せた瞬間、全身の力が抜けたように、重い音がした。


サトは息を呑む。


やっぱり限界だったのだ。


「よく歩いたな」


サトは神威の頭に手を置いた。


神威は小さく鳴いた。


「きゅうん」


ツキハも、入口の近くで少しふらついた。


「ツキハも座れ。倒れるぞ」


「はい。少し休ませていただきます」


ツキハは素直に頷いた。


サトは少し意外に思った。


昨日までのツキハなら、何かを観測しようとして立ったままだったかもしれない。


だが、今のツキハは、自分の消耗を少しだけ理解しているようだった。


「水を使えるところはありますか」


「あぁ。小さいが奥に風呂がある。水もお湯も出るから、勝手に使ってもらって構わない」


「ありがとうございます」


「着替えは……俺のじゃ大きすぎるな。あとで近所に頼む。とりあえず布と上着を置いておく」


「助かります」


ツキハはそう言って、奥へ向かった。


歩き方は静かだったが、足取りは重い。


サトはそれを見送ってから、神威の横に腰を下ろした。


すぐに修理に取りかかりたかった。


だが、手が少し震えている。


半日歩き、前日はほとんど眠れていない。


今の状態で細かな導線を触れば、かえって壊しかねない。


「……少し休むか」


神威が顔を上げた。


「わぅ?」


「すぐ直したいのは分かってる。でも、俺が失敗したら意味ないだろ」


「きゅうん」


「分かってる。お前も休め」


サトは水を飲み、硬くなった肩を回した。


神威の下に古い布を敷き、右前脚に余計な力がかからないよう木片で支える。


応急固定はまだ持っている。


胸部装甲の損傷も、すぐに命に関わるものではない。


尻尾は後回しでいい。


問題は、背中の芽だった。


サトは触れない距離で、それを眺めた。

神威の背中まじで草(´・ω・`)

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