第23話 精霊反応(三)
「上位精霊」
「上位……」
「あるいは、古い神々《オールド・ゴッズ》の端末反応」
サトは思わずツキハを見た。
「古い神々?」
「はい。ただし、完全な顕現ではありません。おそらく、この土地に残っていた守護反応です」
「守護反応って、何だよ」
「この場所を、守るためのものです」
外で、再び衝撃が起きた。
今度は、裂爪級の悲鳴が混ざっていた。
サトは息を呑む。
あれほど手に負えなかった侵食獣が、押されている。
「この辺りに、そんなものがいたのか?」
「いた、というより、眠っていたのだと思います」
「眠ってた?」
「はい。侵食獣がこの周辺で精霊流を大きく乱したことで、目覚めた可能性があります」
神威が、かすかに鳴いた。
「きゅうん」
ツキハは神威を見た。
「あるいは」
「あるいは?」
「神威の精霊反応に、呼ばれたのかもしれません」
サトは、神威を見る。
神威は自分のことだと分かっていないのか、耳を片方だけ倒した。
「……お前、また何か呼んだのか?」
「わぉん?」
「分かってない顔だな」
「きゅうん」
ツキハは、淡々と続けた。
「この子の反応は、目印になります。明るく、濁りが少ない。古い精霊にとっては、見つけやすい灯火です」
「灯火」
「はい」
サトは神威の頭を見た。
傷だらけの機械狼。
壊れて、直されて、また壊れて。
それでも誰かを守ろうとする、古い機械。
その中に灯るものが、外の何かを呼んだ。
そう言われると、不思議と納得できた。
神威は、いつもそうだ。
危ないものも呼ぶ。
面倒なことも呼ぶ。
けれど、助けも呼ぶ。
精霊虫も、子どもたちも、そして今は、この土地の底で眠っていた何かまでも。
「神威」
「わぅ?」
「あとで、ちゃんと礼を言うんだぞ」
「わぉん!」
「いや、まだ助かったと決まったわけじゃないけどな」
外の音が変わった。
裂爪級が遠ざかっている。
爪が地面を掻く音が、補助観測室から離れていく。
それを追うように、湿った重い音が森の中へ向かった。
どぷん。
ずるり。
どぷん。
やがて、音は少しずつ遠くなった。
補助観測室に、静けさが戻る。
けれど、それは先ほどまでの静けさとは違っていた。
獲物を待つ静けさではない。
夜が終わる前の、薄い静けさだった。
「……行ったのか?」
サトは小さく言った。
「侵食獣は、この場を離れています」
ツキハが答えた。
「ただし、完全に消滅したわけではありません」
「分かってる。逃げるなら今だな」
「はい」
サトはピッケルを背負い直した。
工具袋を腰に結ぶ。
残った部品を拾う。
使えそうな導線は全部持つ。
古い布も、固定帯も、何かの役に立つかもしれない。
「ツキハ、立てるか?」
「可能です」
ツキハはそう言って立ち上がろうとした。
だが、膝が折れた。
サトは慌てて支える。
「可能じゃないだろ」
「立つ動作は可能でした」
「歩行が不可能なら、だいたい立てないって言うんだ」
「地上語は難解です」
「今は言い訳が早いな」
ツキハは、少しだけ目を伏せた。
「すみません」
その言い方があまりに素直だったので、サトは怒る気を失った。
「謝らなくていい。神威、支えられるか?」
「わぉん」
神威はゆっくりとツキハの横に寄った。
右前脚をかばいながら、体を低くする。
ツキハはその背に手を置いた。
神威の装甲は冷たい。
だが、内側から小さな熱が伝わってくる。
「温かいです」
「古いエンジンが無理してるだけだ」
「ちょっとピリピリします」
「あちこち断線してるからな」
神威の尻尾が揺れかけた。
「揺らすな」
「きゅうん」
サトは裏口に近づいた。
こちら側は、観測塔とは反対の斜面に面している。
古い土砂で半分埋まっていたが、完全には塞がっていない。
耳を澄ませる。
外に、裂爪級の気配はない。
ただ、遠くで森がざわめいている。
何か大きなものが、まだ侵食獣を追っているのだろう。
「開けるぞ」
サトは扉の下に詰まった土をピッケルで削った。
湿った土が崩れる。
根が絡んでいる。
だが、生きた根だ。
黒く侵されたものではない。
サトは少しだけほっとした。
ピッケルを差し込み、錆びた裏口をこじる。
ぎ。
ぎぎ。
扉はひどく歪んでいた。
長い時間、使われていなかったのだろう。
「神威、押せるか。少しだけだ」
「わぅ」
「右脚に力を入れるなよ」
「わぉん」
「本当に分かってるな?」
「わぅ……」
神威は肩で扉を押した。
サトがピッケルで隙間を広げる。
金属が悲鳴を上げる。
そして、ようやく。
ええんやでイッヌ(´・ω・`)どぷん
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