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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第21話 精霊反応(一)

Geminiにみんなが読んでくれるようにこの小説のタイトル考えてって言ったらコレでした( ᐛ)╯

『月から落ちた少女と、神に愛された機械狼 〜人類が衰退した終末世界、ポンコツ機械狼の主になった俺が、もふもふ精霊たちと枯れた大地を再生する〜』

「月は、ひとりでした」


ツキハの言葉は、補助観測室の暗がりに落ちた。


サトは、すぐには返事ができなかった。


外では、裂爪級がまだ建物の周りを歩き回っている。


ぎぎ。


ぎぎぎ。


爪が、古い外壁を削る音。


それは現実の音だった。


だが、ツキハの言葉だけは、どこか遠い場所から届いたもののように聞こえた。


月。


ひとり。


サトには、うまく想像できなかった。


空にある、夜になれば当たり前のように見える白い光。


西の外れの村でも、森都キョウの北外れでも、ゴミ山の上でも、月はいつもそこにあった。


誰かがいる場所だなんて、考えたこともなかった。


「……月が、ひとりって」


サトは小さく言った。


「どういう意味だ」


ツキハは、胸元の欠けた月片に指を添えたまま、しばらく沈黙した。


淡い光が、ひびの奥で弱く揺れている。


「正確な説明は、まだ困難です」


「困難?」


「記録が欠けています。落下時に、多くの接続を失いました」


ツキハは、そう言ってから、ゆっくりと神威を見た。


神威は床に伏せたまま、耳の部品だけをこちらへ向けている。


動くなと言われているから、体は動かさない。


だが、聞いている。


そう分かる姿勢だった。


「けれど、声はありました」


「声?」


「はい。誰にも聞こえない声。誰にも届かない声。とても孤独で、寂しい声」


ツキハの横顔が、闇に溶ける。


「ずっと、呼んでいました。自分でも、何を呼んでいるのか分からないまま。ただ、誰かに気づいてほしいように」


神威の青い目が、かすかに揺れた。


「……神威」


サトが呼ぶと、神威は小さく鳴いた。


「きゅうん」


その声は、いつもより細かった。


まるで、どこか遠くに置いてきたものを思い出しかけているようだった。


サトは神威の頭に手を置こうとして、やめた。


今の神威は、そこかしこが壊れている。


触るだけでも、痛むかもしれない。


だから、代わりにそっと言った。


「無理に思い出さなくていい」


「わぅ……」


「今は、ここから出ることが先だ」


神威は小さく頷いた。


頷いたつもりだったのだろう。


だが、首の駆動部が少し引っかかり、ぎ、と嫌な音がした。


「だから動くな」


「きゅうん」


ツキハが、そのやり取りをじっと見ていた。


「ところでサト」


「ん、なんだ?」


「質問があります」


「質問?」


サトはピッケルを手元に置き直した。


外の音は、今のところ少し遠い。


扉の下も塞いだ。


少なくとも、黒い根がすぐに入り込んでくることはないはずだ。


ツキハは神威を見たまま言った。


「神威から、つねに精霊反応を感じます。何故でしょう」


サトは、一瞬だけ言葉に詰まった。


「……何故って言われてもな」


「この子は機械です」


「そうだな」


「ですが、機械だけではありません」


ツキハは、神威の額のあたりを見つめていた。


神威の装甲には、サトが何度も直した跡がある。


新しい金属板。


古い支柱を切り出して作った補強材。


村でもらった脚部補助パーツ。


そして、少し前に取り付けた伸びる尻尾。


元の姿など、もう半分も残っていないのかもしれない。


「精霊反応っていうのは、あれか。森とか、水場とか、古い遺跡とかで感じるやつか?」


「近いです」


「近い?」


「自然の流れに似ています。けれど、完全には一致しません。古い機械に宿る残留反応にも似ています。ですが、それだけでもありません」


ツキハは少しだけ眉を寄せた。


表情の変化は小さい。


けれど、サトにも分かった。


困っている。


ツキハは、自分の持っている知識のどこにも、神威をうまく入れられないのだ。


「この子の中には、機械の信号と、精霊の流れと、何か別のものが重なっています」


「別のもの?」


「はい。まだ分類できません」


神威が首を傾げようとして、また駆動部を鳴らした。


「神威、分類できないって言われて嬉しそうにするな」


「わぉん?」


「褒め言葉かどうか分からないだろ」


「きゅうん」


サトは神威の額を見た。


そこには小さな傷がある。


ゴミ山で初めて出会ったときから、ずっと残っている傷だ。


サトはその傷の近くを指先で軽く叩いた。


「俺にも、はっきりしたことは分からない。でも、こいつは昔から森にいた。たぶん、ずっとな」


「森に?」


「ああ。最初に会ったときは、壊れた案山子みたいだった。けど、森の獣はこいつに妙な反応を示すことがある。精霊虫も、変に寄ってきてた」


「精霊虫が?」


「命令してる感じじゃなかったけどな。こいつの周りをふわふわ飛んで、道を示したり、傷口に集まったりしてた」


ツキハは、ゆっくり瞬きをした。


「随伴反応……でしょうか」


「随伴?」


「古い地上防衛補助機には、周辺の小型精霊反応を誘導する機能があった、という記録があります。害獣忌避、森域観測、地脈の異常検出。その補助として、低位精霊を一時的に集めることがあったようです」


「つまり、神威が精霊虫を集めてるってことか?」


「推定としては、その可能性があります」


神威の耳がぴくりと動いた。


サトは神威を見た。


「お前、そんなことしてるのか?」


「わぉん?」


「分かってない顔だな」


「きゅうん」


ツキハは、神威の反応を観察している。


だが、すぐには結論を変えなかった。


「本人に自覚がない場合もあります。古い自律機は、稼働中に周囲の精霊反応を安定化させることがあります」


「ふうん……」


サトは少し首をひねった。


「でも、なんか違う気がするな」


「違う?」


「うまく言えないけど、命令されてる感じじゃない。精霊虫って、もっと勝手だろ。来たいから来てるっていうか」


「精霊虫に自発性がある、ということですか」


「あるんじゃないのか?」


ツキハは黙った。


その沈黙は、否定ではなかった。


ただ、ツキハの知識の中に、うまく収まらないのだ。


「記録にはありません」


「なら、今の地上ではそうなのかもしれない」


「記録が古い可能性があります」


「それ、さっきも言ってたな」


「はい。重要な注意事項です」


神威が、自分の話をされていることだけは分かるのか、少し誇らしげに胸を張ろうとした。


「胸を張るな。胸部装甲が割れてる」


「きゅうん」


サトは苦笑した。


こんな状況でも、こいつはこいつだ。


壊れかけていても、叱られても、褒められたと思えば光る。


危険でも、人を守ろうとする。


たぶん、それが神威なのだ。


ツキハは、まだ考えていた。


「この子は、長い時間、森と接触していたのですね」


「ああ」


「風。土。獣。虫。人の恐れ。人の祈り。誰かの記憶。誰かの呼び声」


「そんなものまで混ざるのか」


「精霊圏は、混ざります」


その言い方は、妙に重かった。


サトはツキハを見る。


ツキハは、神威ではなく、どこか遠くを見ていた。


「観測され、認知され、名を与えられたものは、変化します」


「名を与えられたもの……」


サトは、神威を見た。


神威。


それは、サトがつけた名だ。


ゴミ山で見つけた、壊れかけの機械狼。


型番も分からず、記録も読めず、ただ放っておけなかった相棒。


サトが勝手に名づけた。


それだけのことだった。


けれど、ツキハの言葉を聞くと、それだけではなかったのかもしれないと思えた。


「名をつけたら、変わるのか」


「はい」


「どれくらい?」


「対象によります」


「神威は?」


ツキハは、神威を見た。


しばらく黙っていた。


それから、ぽつりと言った。


「かなり」


「かなりか」


「はい。かなりです」


神威が、誇らしげに胸を張ろうとした。


「だから胸を張るな」


「きゅうん」


「つまり、こいつは長いこと森にいて、精霊に囲まれて、俺が名前をつけて、あちこち直して……それで、機械だけじゃなくなってきてるってことか?」

もし、少しでも続きが気になる人がいたら、評価ポッチしてもらえると崇めます。

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