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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第19話 補助観測室の夜(二)

「サト」


「ん?」


「あなたは、この子を修理しています」


「見れば分かるだろ」


「確認です」


「さっきもそれ言ってたな」


サトは苦笑した。


ツキハは、神威の額に視線を落とした。


「この子は、機械です」


「そうだな」


「ですが、痛がっているように見えます」


サトの手が止まった。


神威も、少しだけ目を開いた。


「……そう見えるか?」


「はい」


ツキハは神威の額にそっと触れた。


神威は逃げなかった。


むしろ、ほんの少しだけ頭を寄せた。


「痛みと、安堵があります。あと、あなたに叱られることへの予測反応があります」


「最後のは何だ」


「サトが怒ると、この子の内部反応が縮みます」


「怒ってるんじゃない。心配してるんだ」


「違いがありますか」


「ある」


サトは即答した。


ツキハは少し考えた。


「地上の感情分類は、複雑です」


「そのうち慣れる」


「慣れますか」


「ああ。たぶん」


サトは神威の装甲を軽く叩いた。


「こいつと一緒にいるなら、特に」


神威の尻尾が、ほんの少しだけ揺れた。


「揺らすなって言っただろ」


「きゅうん」


「嬉しかったのは分かるけど、今は駄目だ」


ツキハが、じっと神威の尻尾を見た。


「嬉しいと、尾部が動く」


「そう」


「叱られると、発声が小さくなる」


「そう」


「褒められると、光りますか」


「光る。勝手に」


その瞬間、神威の背中のLEDが、かすかに点滅した。


サトは振り返った。


「ほら」


「わぉん?」


「今のはお前のことだ」


神威は少し遅れて理解したのか、胸を張ろうとした。


「胸を張るな。胸部装甲が割れてる」


「きゅうん」


ツキハは、しばらく黙っていた。


そして、ぽつりと言った。


「やはり、さきほどより怖くありません」


サトは返事に困った。


外では、裂爪級が扉を削っている。


神威は壊れかけている。


ツキハは弱っている。


サト自身も、正直かなり限界だ。


安全な要素など、どこにもない。


それでも、ツキハは怖くないと言った。


サトは少しだけ笑った。


「それはたぶん、悪くない反応だ」


「適切ですか」


「かなり適切」


ツキハは小さく頷いた。


そのとき、外の音が変わった。


ぎぎ、という爪の音が止まる。


代わりに、低く、湿った音がした。


ずる。


ずるる。


何かが、扉の隙間から入り込もうとしている。


外で、裂爪級が扉を引っかいていた。


サトはピッケルを掴んだ。


神威が起き上がろうとする。


「動くな!」


サトが鋭く言うと、神威はぎりぎりで踏みとどまった。


扉の下の隙間。


そこから、黒い根のようなものが入ってきていた。


裂爪級の一部だ。


細い。


だが、床に触れた場所から、ざらざらと空気が削れていく。


精霊流を食っている。


「まずいな。体は入れなくても、根だけは入るのか」


黒い根は、床を這っていた。


まっすぐではない。


迷うように動きながら、それでも確実に、ツキハの方へ向かっている。


ツキハが息を呑んだ。


胸元の月片が、弱く光る。


それに反応して、黒い根が速くなった。


「神威、LEDは出すな。餌になる」


「わぅ」


「ツキハ、さっきの止める糸は?」


「使用可能です。ただし、短時間です」


「短時間でいい。根だけ止められるか」


「試行します」


ツキハが手を伸ばした。


月光の糸が、床に落ちる。


だが、さっきより細い。


弱い。


糸は黒い根に絡みつき、動きを止めた。


ほんの数秒。


サトはその間に、ピッケルを振り下ろした。


先端の放電機構を起動する。


ばちん、と青白い火花が散った。


黒い根が震える。


切れない。


だが、怯んだ。


「硬いな!」


サトはもう一度、ピッケルを叩きつけた。


今度は、根と床の隙間に先端を差し込む。


電撃ではなく、熱。


父の遺したピッケルの中でも、あまり使いたくない機能だった。


古い機械を焦がす。


自分の手元も危ない。


だが、今は選べない。


「焼き切る!」


ピッケルの先端が赤くなる。


黒い根が、じゅ、と嫌な音を立てた。


同時に、外で裂爪級が暴れた。


扉が大きく歪む。


ツキハの糸が切れる。


「サト!」


ツキハが初めて、少し強い声を出した。


黒い根が跳ねた。


サトの腕を狙う。


その瞬間、神威の尻尾が伸びた。


二股の先端が、黒い根を横から押さえる。


熱は出していない。


ただ、サトの腕に届かないよう、ぎりぎりで止めていた。

もし、少しでも続きが気になる人がいたら、評価ポッチしてもらえると崇めます。

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