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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第16話 月から落ちた少女(一)

月の光のような髪。


まるで見たことのない天女のような、薄い衣。


その衣は白い霧の中で、星屑を織り込んだみたいに、かすかにきらめいていた。


サトは、それが何でできているのか分からなかった。


布なのか。


膜なのか。


それとも、精霊流そのものを編んだものなのか。


少なくとも、サトがこれまで村や観測院で見たどんな衣服とも違っていた。


胸元には、欠けた月片のような装飾。落下時の破損なのかひびが入っている。


目を閉じ、眠るように横たわっている。


人間に見える。


けれど、ただの人間ではない。


サトは一瞬、言葉を失った。


観測対象。


未知の生命反応。


月面航行端末の乗員。


そう分類しようとして、失敗した。


白い霧の中で、彼女だけが静かだった。


「……生きてる」


サトは自分に言い聞かせるように呟いた。


少女の胸が、わずかに上下している。


呼吸は弱い。


だが、ある。


「神威!」


サトは振り返らずに叫んだ。


「こっちは開いた! そっちは?」


「わぉん!」


元気な返事。


だが、直後に金属が削れる音がした。


神威の脚が限界に近い。


さらに、裂爪級の足音が近づいている。


サトは少女の体に手を伸ばした。


触れた瞬間、強い冷たさが走る。


月竹の残留精霊流が、彼女の周囲に絡みついていた。


「まだ保護してるのか……!」


無理に引き剥がせば、少女を傷つける。


サトはピッケルの接続を切らず、月竹の保護室に命令を送った。


「生命維持低下。外部搬出。保護流を弱めろ」


反応は遅い。


白い霧が震え、少女の周りの光が少しだけ緩む。


その隙に、サトは少女の背に腕を回した。


軽い。


あまりにも軽い。


地上で生きる人間の重さではないように思えた。


「ごめん。乱暴にする」


返事はない。


サトは少女を保護室から抱き上げた。


その瞬間、月竹の奥で何かが割れる音がした。


白い霧が大きく乱れる。


月竹の防御機構が、少女を失ったことで消失しかけている。


「神威、戻れ!」


サトは少女を抱えたまま叫んだ。


神威が倒木の陰から飛び出す。


いや、飛び出そうとして、右前脚が沈んだ。


ぎゃり、と嫌な音。


神威の体が傾く。


「神威!」


裂爪級が、その隙を逃さなかった。


黒い影が低く跳ぶ。


サトは少女を抱えたまま動けない。


神威は前脚が利かない。


黒い爪が、神威へ迫る。


そのとき、サトの腕の中で、少女の指が動いた。


「……」


薄く目が開く。


月の裏側のような、静かな瞳。


少女は、神威を見た。


次に、迫る裂爪級を見た。


表情はほとんど変わらない。


ただ、指先から細い光が伸びた。


月光の糸だった。


白い糸は空中で何本にも分かれ、裂爪級の影を縫った。


地面に。


倒れた木の根に。


月竹から漏れる白い光の上に。


裂爪級の動きが、ぴたりと止まった。


爪は、神威の頭部すれすれで止まっている。


神威の目が、ぱちぱちと瞬いた。


「……止めた?」


サトは呆然とした。


少女は小さく息を吐いた。


「長くは、もちません」


声は細かった。


けれど、確かに聞こえた。


「喋れるのか」


「現在、最低限」


「なら説明は後だ。神威、逃げるぞ!」


「わぉん!」


サトは少女を抱え直した。


神威は三本脚に近い動きで走り出す。


走るな、とさっき言ったばかりだった。


だが、今だけは走るしかない。


月光糸が、裂爪級の影を縫い止めている。


一本、切れた。


次にもう一本。


裂爪級が黒い根を震わせるたび、白い糸が悲鳴のように光る。


「どのくらいもつ?」


サトが聞くと、少女は淡々と答えた。


「観測不能です。ただし、非常に短いです」


「だろうな!」


「あなたは、私を運んでいますか」


「見れば分かるだろ!」


「確認です」


「確認する余裕があるなら、自分の名前でも思い出してくれ!」


少女は少し黙った。


「ツキハ」


「え?」


「識別名、ツキハ」


「分かった。俺はサト。こっちは神威」


「サト」


ツキハは、まずサトの名を確かめるように呼んだ。


不思議な響きだった。


ただ名前を呼ばれただけなのに、サトはなぜか胸の奥をくすぐられたような気がした。


「……ああ」


「神威」


次に、ツキハは壊れかけの機械狼を見た。


神威が走りながら、ちらりと振り返る。


「わぉん!」


「発声機能、限定的」


「そうだけど、今それを分析しなくていい!」


背後で、月光糸がまとめて切れた。


裂爪級が動き出す。


咆哮はなかった。


代わりに、森の精霊流が削られるような嫌な音が響いた。


ツキハが目を細める。


「あれは、通常の獣ではありません」


「侵食獣だ。説明は後!」

もし、少しでも続きが気になる人がいたら、評価ポッチしてもらえると崇めます。

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