第154話 サトの休日(二)
サトは、いつの間にか鼻歌を歌っていた。
「サト」
「ん?」
「楽しそうです」
ツキハが言った。
「そうみえるか?」
「はい」
サトは手元の部品を見る。
錆と油にまみれた、名も分からない金属の塊。
「楽しいよ」
「ハクさんを修理していた時とは、表情が違います」
「そりゃそうだ」
サトは古い軸受けを光へかざした。
「ハクさんの時は、少し間違えたら二度と動かなくなるかもしれなかった。思い返しても修理というか手術に近かった。俺が触るたびに、命を削ってるような気分だった」
「神威の修理は?」
「こいつも同じだよ」
「わぅ?」
「お前の腹を開ける時は、今でも緊張する」
神威は不思議そうに首を傾げた。
「いつも迷いなく作業しているようにみえます」
「迷ってるところを見せたら、こいつが不安になるだろ」
サトは、神威の鼻先を油で汚れた指で軽く押した。
白い鼻先に、黒い跡がつく。
「わぅ?」
「あ」
「神威が汚れました」
「あとで拭く」
神威は鼻を気にするように前足を伸ばした。
当然、うまく拭えない。
「きゅうん」
「悪かったよ」
サトはきれいな布を取り、鼻先を拭いた。
「でも、こいつには失敗できない。このバイクなら、失敗してもやり直せる」
「はい」
「まあ、爆発されたら困るけどな」
そう言って、サトは少し笑った。
「壊れたものと、ゆっくり相談できるんだ」
「機械と相談するのですか」
「直してると分かるんだよ。ここは無理に動かすなとか、こっちはまだ使えるとか」
「機械の声が聞こえるのですか」
「そういう意味じゃない」
「では、比喩表現」
「そう。たぶん」
ツキハは、分解されたバイクを見つめた。
「私にも、分かるようになるでしょうか」
「たくさん壊せば分かるようになる」
「壊す必要があるのですか」
「直せばいい」
「非効率です」
「修理なんて、だいたいそんなもんだよ」
ツキハは少し考え、頷いた。
「では、観測します」
「何を?」
「サトが機械と相談しているところを」
「見ても面白くないぞ」
「私は、面白いです」
サトは一瞬、手を止めた。
「そうか」
「はい」
「なら、好きなだけ見ててくれ」
「はい。今日は、私も機械と話します」
「まずは見て覚えるところからな」
再び作業へ戻る。
今度は、鼻歌を少しだけ小さくした。
◇
昼を過ぎても、サトの作業は続いた。
制動装置の摩耗した部分を交換し、ワイヤーを張り直す。
タイヤは、倉庫に残っていた未使用品と交換した。
長い年月が経っているため新品とは呼べないが、古いものよりははるかに状態がよい。
空気を入れると、潰れていた車体が少しだけ持ち上がった。
「おお」
サトは車体を揺らす。
沈み込みは均等。
空気漏れもない。
「足回り、問題なし」
「規定圧力の範囲内です」
「次は配線だな」
劣化した配線を交換し、灯火類、点火系、計器へ電源をつなぐ。
サトがスイッチを入れると、正面の照明が一度だけ弱く光り、そのまま消えた。
「切れたか」
「電力は届いています」
「接触不良だな」
配線をたどる。
接続部を磨く。
もう一度つなぐ。
今度は、淡い黄色の光が格納部を照らした。
「よし」
「正常です」
「わぉん!」
神威の背面パネルも、対抗するように白く光った。
「お前は光らなくていい」
神威の光が一段強くなる。
「張り合うな」
「神威の方が明るいです」
「判定しなくていいから」
わかった。もうお前の勝ちでいいよ。
サトはそう言って笑いながら、バイクの照明を消した。
サイドカーも整える。
破れていた座席を外す。
内部の詰め物を入れ直し、白尾村でもらった丈夫な布を張る。
背もたれの角度を少し調整する。
「ツキハ。座ってみてくれ」
「私がですか」
「他に人間の大きさに近いのがいない」
「サトが座ることも可能です」
「俺が乗ったら、誰が運転するんだ」
「自動運転機能はありませんか」
「そんなものが残ってるようにみえるか?」
「ありません」
「だろ」
ツキハはサイドカーへ座った。
両手を膝の上へ置き、背もたれへ身体を預ける。
「どうだ?」
「問題ありません」
「足は窮屈じゃないか」
「少し余裕があります」
「荷物も積めそうだな」
サイドカーの後部には、小さな荷台がある。
工具や食料を載せるには十分だった。
神威が横から顔を入れる。
「わぅ」
「神威。狭いです」
「わぉん」
「乗りたいんだってさ」
「許容荷重を超えます」
「きゅうん」
神威の耳が下がる。
ツキハはしばらく神威を見つめ、それからサイドカーを降りた。
「停車中のみ、乗車を許可してもよいと思います」
「わぉん!」
神威が勢いよく前脚をかけた。
車体が大きく傾く。
「待て待て待て!」
サトがハンドルへ飛びついた。
「全部乗るな! 前脚だけ! 前脚だけだ!」
神威は前半身をサイドカーへ入れ、満足そうに尾を振った。
後ろ脚は床に残ったままだ。
「それでいいのか」
「わぉん」
「本人が満足しているのであれば、適切です」
「これを乗車と呼んでいいのかな」
サトは苦笑しながら、車体を支えた。
◇
日が傾く頃。
分解されていた部品が、ほぼ元の位置へ戻った。
外装の錆は、全て落としたわけではない。
深く入り込んだものまで削れば、金属そのものが薄くなる。
表面を整え、進行を抑える油を塗るに留めた。
傷も残っている。
色の違う交換部品もある。
新しい布。
磨かれた金属。
古い錆。
それらが入り混じり、ずいぶん不格好な姿になった。
だが、サトには来た時より何倍も格好よくみえた。
「よし」
最後の留め具を締める。
サトは立ち上がり、腰を伸ばした。
「終わりましたか」
「一通りはな」
「部品が二つ残っています」
ツキハが布の上を指した。
「これは交換した古い部品」
「では、余剰部品ではない」
「今日は一つも余ってない」
「適切です」
「最初から信用してくれよ」
動作確認のため、バイクの後輪を持ち上げる。
船内で走らせることはできない。
だが、駆動系が正しく動くかは確認できる。
「月竹の換気を強くできるか?」
「可能です。排気を外部処理系へ接続します」
「頼む」
ツキハが月片を操作する。
床の一部が開き、細い排気管が現れた。
サトはバイクの排気口へつなぐ。
燃料を少量入れる。
漏れはない。
供給も正常。
サトはハンドルを握った。
「さて」
何百年ぶりになるのか。
あるいは、もっと長いのか。
この機械が最後に動いた時、世界はまだ旧世界の姿を保っていたのかもしれない。
神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。
神威もたぶん尻尾を振ります。




