第149話 機械狼の中にあるもの(三)
次に、腹部の機能を確認する。
「腹部共鳴パネル。まず、神威ウォーマー」
「正式名称は、腹部保温機能です」
「神威ウォーマーの方が分かりやすい」
「サトは以前から、名称が軽率です」
「今さらだろ」
サトは神威へ合図した。
「最低出力で頼む」
「わぅ」
神威の腹部パネルが開く。
淡い赤色の光が灯り、周囲の空気がゆっくりと温まった。
サトは手をかざす。
「問題なし。次、神威クーラー」
「わぉん」
赤い光が消える。
右耳の雪紋が淡く光り、神威の周囲に冷たい微風が生まれた。
サトの髪が揺れる。
ツキハの白い髪も、風を受けて静かに流れた。
「おお。涼しい」
「正常に動作しています」
「真夏に絶対必要だな」
「気持ちよさそうです」
紙に書き足す。
――神威ウォーマー。狭い範囲を温める。
――神威クーラー。周囲に冷たい微風を発生させる。
「次。忌避パルス」
「月竹内部での実出力は推奨しません」
「俺も嫌だ。測定だけにしよう」
神威が低出力で共鳴器を起動する。
人の耳には、ほとんど聞こえない。
月竹の壁面に測定結果が浮かび、ツキハが確認する。
「出力波形は正常です。動物、および一部の精霊獣が嫌がる帯域が含まれています」
「命令するほどじゃないんだよな」
「はい。警告、またはお願いに近いものです」
「侵食獣には?」
「ほとんど効果がありません」
「まあ、あいつらが素直に帰ってくれるなら苦労しないか」
サトは記録する。
――忌避パルス。動物や一部の精霊獣を遠ざける。侵食獣にはほぼ無効。
「次。調整パルス」
神威の腹部から、低い振動が流れた。
音というより、空気がわずかに揺れている。
サトは知らず知らずのうちに力が入っていた肩が、少し緩むのを感じた。
白尾村での戦い。
ハクの修理。
旅立ち。
まだ身体のどこかに残っていた緊張が、ほんの少しだけ遠ざかる。
「これは、本当に便利だな」
「精霊流の乱れ、人間や動物の痛み、緊張状態を緩和します。ただし、治療ではありません」
「分かってる。怪我が治るわけじゃない」
「はい。ですが、眠りやすくなり、身体を休ませる助けにはなります」
「出張リラクゼーション犬として大活躍だったしな」
「わぉん」
神威が少し誇らしげに鳴いた。
「これ、元からあった機能なのか?」
「忌避パルスと同じ共鳴器を利用しています。ですが、現在の波形は旧世界の標準規格と一致しません」
「やっぱり、勝手に覚えた機能か」
「神威自身の学習と、精霊流との接続によって生じた可能性があります」
「AIもセンサーも、今は精霊の力を借りてそうなんだよな」
「完全には否定できません」
「機械と精霊を、どこで分ければいいのか分からないな」
サトは、少し迷ったあとで書いた。
――調整パルス。精霊流、痛み、緊張を緩和。発現経路不明。
「背中にいくぞ」
神威の背面パネルが開く。
「忌避LED照射」
赤い光。
青い光。
いくつかの色が順番に切り替わる。
「色を変えれば、普通の照明としても使える」
「夜道、野営、暗所作業での使用が可能です」
「嬉しいと勝手に光る」
「わぉん」
背面パネルが、意味もなく数回点滅した。
「今みたいにな」
「感情表現機能として記録しますか」
「それは機能なのか?」
「神威にとっては重要だと思われます」
「じゃあ書いとくか」
――忌避LED。通常照明として使用可能。感情が出る。
「それから、太陽光超効率収集装甲板」
「現在も高い変換効率を維持しています」
「日向ぼっこしてるだけにみえるけど、ちゃんと充電してるんだよな」
「はい」
「寝てる時もあるけど」
「わぅ」
「否定しないのか」
次は尾。
伸縮。
物をつかむ。
工具を渡す。
人を引き上げる。
感情を表す。
先端を二股に開き、短距離のプラズマ熱を出す。
サトは一通り書き出したあと、炭筆を止めた。
「攻撃手段としては、不適切かもしれないが、尻尾も一応使えるか?」
「溶接用機能を攻撃へ転用することは推奨されません」
「だよな」
「ただし、至近距離で使用した場合、危険です」
「じゃあ、緊急時のみ、と」
「それが適切です」
精霊由来の機能も書き出す。
神威ウォーター。
右耳の雪紋を通じ、周囲に小規模な雨雲を形成する。
「これは月竹の外で確認だな」
「はい。船内を濡らすことは不適切です」
「白尾村でも、俺の頭の上に雨を降らせたからな」
「わぅ」
「思い出して嬉しそうにするな」
神威シールド。
胸の勾玉印から、銅鏡状の防壁を展開する。
全てを完全に止める盾ではない。
攻撃を受け、逸らす。
短時間しか維持できず、強い衝撃を受ければひび割れる。
「一応、低出力で確認できるか?」
「わぉん」
神威の胸元で、勾玉印が淡く光った。
白い光が前方へ伸びる。
空中に、円い銅鏡が一枚だけ現れた。
古い鏡のような鈍い光沢。
表面には、波のような細い模様がある。
数秒後、銅鏡は光の粒となって消えた。
「動作確認。問題なし」
「前回の損傷も回復しているようです。ただし、連続使用は避けるべきです」
「分かってる」
最後に、攻撃手段。
「体当たり」
「わぉん」
「噛みつき」
「わぉん」
「脚で押さえる」
「わぉん」
「尾のプラズマ熱。緊急時のみ」
「わぉん」
「……以上か」
神威は胸を張った。
今度は、嫌な音はしなかった。
サトは記録板を持ち上げ、最初から読み返した。
旧世界製の高密度合金ボディ。
各種センサー。
高度な自律思考型AI。
エーテルコアエンジン。
人や動物を温める。
冷たい風を出す。
動物を遠ざける。
痛みや緊張を緩和する。
暗い場所を照らす。
太陽の光で充電する。
雨を降らせる。
攻撃を逸らす盾を出す。
尻尾で物をつかみ、溶接までできる。
だが、正式な攻撃兵装は一つもない。
「こうやって見ると、本当に機能が偏ってるな」
「偏っていますか」
「なんだろう。一家に一台感というか、人、獣、精霊獣が快適に暮らすための機能を各種揃えました、みたいな」
ツキハも記録板を覗き込む。
「旧世界の便利家電を合わせると、このような感じなのかもしれません」
「確かに。白尾村だと一番働いていた説もあったしな」
「わぉん」
「褒められた時だけ、いい返事するな」
神威は得意げに尾を振った。
今度は工具が落ちないよう、サトが先に押さえた。
「敵を倒すための武器はないのに、誰かを守ったり、助けたりする機能ばかり増えてる」
「神威の行動傾向と一致しています」
「昔から、そういうやつだったのかもな」
「設計上も、移動補助、護衛、観測補助、野生動物の忌避を目的としていた可能性があります」
「その上で、神威自身が必要だと思ったものを覚えてきた」
「はい」
サトは記録板を床へ置いた。
神威の胸元に手を当てる。
硬い装甲の奥。
エメラルドグリーンのエーテルコアが、静かに動いている。
芽と根は、その心臓へつながっている。
機械の部品。
人工知能。
長い年月。
精霊流。
精霊や獣、人から受け取った何か。
それらが、神威の中で混ざっている。
「結局、お前は何になってるんだろうな」
神威は首を傾げた。
「わぅ?」
サトはツキハを見る。
ツキハは少し考え、答えた。
「神威は、機械です」
「ああ」
「旧世界に作られた身体を持ち、機械としての中枢と機能を保っています」
「うん」
「ですが、機械だけではありません。精霊反応があります。精霊流と接続し、自ら新しい機能を獲得しています」
「精霊獣なのか?」
「通常の精霊獣とは異なります」
「機霊?」
「それとも異なります。神威は土地や古い命令に呑まれていません。機械としての自我を保ったまま、自らの意思で世界とつながっています」
サトは、もう一度神威を見た。
「機械であることをやめずに、機械だけではないものになった」
「現時点では、その表現が最も近いと思います」
「そうか」
機械なのか。
精霊なのか。
そのどちらでもあるのか。
あるいは、どちらとも違うのか。
サトには分からない。
ツキハにも分からない。
神威自身は、もっと分かっていない顔をしている。
けれど。
分からないからといって、困ることでもなかった。
「まあ、神威は神威でいいか」
「わぉん!」
神威の尾が大きく振られた。
サトが押さえていなかった反対側の工具箱に当たる。
蓋が開いた。
中から留め具と工具が、一斉に床へ散らばった。
金属音が、格納部いっぱいに響く。
サトは無言で神威を見た。
神威の尾が止まる。
「わぅ……」
「機械でも精霊でも何でもいいから、まずそれを拾え」
「きゅうん」
「サト。神威の尾に、清掃機能はありません」
「次に覚えてくれないかな」
「機能の追加方法が不明です」
「一家に一台を目指すなら必要だろ」
神威は床へ鼻先を近づけ、散らばった留め具を一つずつ探し始めた。
その背中で、小さな芽が揺れている。
白い装甲の奥では、エメラルドグリーンの光に、また一つ小さな波紋が広がっていた。
神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。
神威もたぶん尻尾を振ります。




