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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第146話 白尾の贈り物(三)

最後に、レタラサラが現れた。


 白い外套をまとい、腕の中には小さなハクを抱いている。


 黒い尾は外套の下に隠れている。


 けれど、サトには分かった。


 そこに、ある。


 白尾の御前は、白いだけではなくなった。


 それでも、いや、だからこそ。


 彼女は美しかった。


「サト様。ツキハ様。神威様」


 レタラサラは、静かに頭を下げた。


「長く、お世話になりました」


「こちらこそです」


 サトも頭を下げる。


「本当に、ありがとうございました」


 小さなハクが、レタラサラの腕の中で顔を上げた。


「サト」


「はい」


「体ヲ、大切ニセヨ」


「ハクさんに言われると重いですね」


「重イカ」


「ええ、かなり」


「ナラバ、聞ケ」


「はい」


 サトは素直に頷いた。


 ツキハが横で満足そうにしている。


 ハクは次にツキハを見た。


「ツキハ」


「はい」


「観測固定、感謝スル」


 ツキハはわずかに目を伏せた。


「間に合ってよかったです」


「間ニ合ッタ」


 ハクは静かに言った。


「ソレガ、全テダ」


 ツキハは小さく頷いた。


 レタラサラは、神威の前に歩み寄った。


 神威は座り直す。


 胸の芽が、雪明かりの中で揺れていた。


「神威様」


 レタラサラは、柔らかく言った。


「あなたにも、白尾の贈り物を」


「わぉん?」


 レタラサラの背後で、白い尾の一本がふわりと揺れた。


 その尾がほどける。


 雪の光をまとい、小さな狐の形になった。


 小狐だった。


 額に、小さな雪の紋章がある子だ。


 六つに枝分かれした、雪片のような印。


 小狐は雪の上に降り立つと、神威を見上げた。


「コンッ」


 澄んだ声が響いた。


 次の瞬間、小狐の体が白い光になった。


 光は、雪の粒のように舞い上がり、神威の胸へ、背へ、そして耳へ流れていく。


 神威の身体が淡く光った。


 胸の芽が揺れる。


 背中の根が、ほんの少しだけ伸びる。


 そして、神威の右耳に、小さな雪の紋章が浮かんだ。


 白い機械狼の耳に、雪の印。


 神威は目を瞬かせる。


「わぅ?」


 サトが神威の耳を覗き込んだ。


「おお。なんか増えたぞ」


 ツキハはすぐに月片をかざす。


「神威の精霊流に変化があります」


「大丈夫なのか」


「安定しています。水、および風の微細な流路が形成されました」


「つまり?」


 ツキハは少し考えた。


「神威の周囲に、小規模な雨雲を形成できる可能性があります」


「雨雲?」


「はい。限定的ですが、雨を降らせることができるかもしれません」


 サトは神威を見た。


「神威ウォーターだな」


「名称は軽率です」


「分かりやすいだろ」


「機能説明としては不十分です」


「他には?」


 ツキハは月片の表示を見る。


「神威の周囲に冷却された微風を発生させる機能も確認できます。以前からあるウォーマー機能と対になるものです」


「神威クーラーだ」


「名称は軽率です」


「でも真夏に欲しいだろ」


「それは否定しません」


 神威は、自分の耳の雪紋を気にするように頭を振った。


 すると、鼻先の前に小さな雲がぽんと現れた。


 本当に小さな雨雲だった。


 雲が少し上がって、ぽつぽつと雨が降る。


 ちょうど、サトの頭上に。


「冷たっ」


 サトが飛び退く。


 村の子どもたちが一斉に笑った。


 神威は慌てて雲を止めようとした。


「わぅ!? わぅん!」


 雲はさらに少しだけ雨を降らせたあと、ふっと消えた。


 ツキハが真面目に告げる。


「攻撃能力はありません」


「見れば分かる」


「ただし、旅における実用性は高いです」


「水と涼風か。ありがたいな」


 サトは濡れた髪を押さえながら笑った。


「神威。お前、また便利になったな」


「わぉん」


 神威は少し誇らしげに鳴いた。


 レタラサラは、その様子を見て微笑む。


「その子は、雪と水の道を知る狐です。神威様の旅が、少しでも穏やかになりますように」


 ハクも頷いた。


「水ニ強クナル。泳ゲルカモシレヌ」


「おお」


 サトが神威を見る。


「機械狼なのに泳げるのか」


「わぉん!」


 神威は自信満々に鳴いた。


「試すのは浅い川からにします」


 ツキハが即座に言った。


「適切だな」


「はい」


     ◇


 月竹の出発準備が整った。


 白い舟は、村近くの雪原の上に静かに浮いている。


 外殻には、修理したばかりの新しい部材が混じっていた。


 旧日本宇宙航空開発機構の発射場から取り出された部品。


 白尾村の工具で磨かれた接続部。


 村人たちが運んだ荷物。


 サイドカー付きのバイク。


 それらすべてを抱え、月竹は再び空へ向かおうとしていた。


 サトは、月竹の入口に立ち、白尾村を振り返った。


 長かった。


 海を渡り、雪に倒れ、白尾村に助けられ、ハクを直し、侵食獣と戦い、そしてまた旅立つ。


 二か月と少し。


 旅の途中にしては長すぎる滞在だった。


 けれど、必要な時間だった。


「サト」


 ツキハが呼んだ。


「出発準備、完了です」


「ああ」


 神威が月竹の横に立つ。


 新しい雪の紋章が、耳元で淡く光っている。


 サトはその頭を撫でた。


「行くか」


「わぉん」


 神威は力強く鳴いた。


 レラが大きく手を振る。


「またな! 今度は雪幌都《サツホロ》にも寄れよ!」


「機会があればな」


「それ、来ないやつの言い方だぞ!」


 ノチウが静かに手を上げる。


「気を付けて」


「そっちも」


 ツキハが丁寧に頭を下げた。


「また会いましょう」


「ん」


 エカシが杖を突き、村人たちの前に立つ。


「白尾村は、お前たちを忘れん」


 サトは少し照れたように笑った。


「俺たちも、忘れません」


 レタラサラは、小さなハクを抱いて立っていた。


 白い外套が雪に溶けるように揺れている。


 腕の中のハクは、青白い光学センサーでサトたちを見ていた。


「サト」


「はい」


「良イ旅ヲ」


「はい」


 サトは頷く。


「ハクさんも、境界の守りを」


「任セヨ」


 小さな白狼は、短く言った。


 その声は、体の大きさに似合わないほど静かで、強かった。


 レタラサラは深く頭を下げる。


「白尾の雪が、皆様の旅路を守りますように」


 黒い尾が、外套の下でかすかに揺れた。


 それは痛みの証でもあり、覚悟の証でもあった。


 サトは月竹へ乗り込んだ。


 ツキハが白兎端末を装着し、月竹の制御を確認する。


 神威も続いて乗り込もうとして、途中でサイドカー付きバイクをちらりと見た。


「わぉん」


「まだ乗れないぞ」


「わふ」


「直してからだ」


「わぅ」


 ツキハが淡々と言う。


「神威用の固定具も後ほど検討します」


「検討するのか」


「必要になる可能性があります」


「なんで神威が乗る前提になってるんだ」


 神威は嬉しそうに尾を振った。


 月竹が静かに浮上する。


 雪が舞う。


 村人たちの声が下から上がる。


 手を振る子どもたち。


 杖を掲げるエカシ。


 笑うレラ。


 静かに見送るノチウ。


 白尾の御前と、小さな守護者。


 白尾村が、少しずつ遠ざかっていく。


 サトは、月竹の窓からその景色を見下ろした。


 胸の奥に、寂しさと温かさが同時に広がる。


「いい村だったな」


「はい」


 ツキハが隣で答える。


「とても、よい村でした」


 神威が、耳の雪紋を揺らしながら鳴いた。


「わぉん」


 サトは笑った。


「よし。次へ行こう」


 月竹は、白い雪原の上を滑るように進み始めた。


 荷物を満載し、バイクを抱え、水と食料と贈り物を積み込んで。


 空には薄い雲。


 眼下には北星海道の雪。


 そして、その先にはまだ見ぬ道が続いている。


 旅は、まだ終わらない。

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。


神威もたぶん尻尾を振ります。

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