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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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145/159

第145話 白尾の贈り物(二)

奥社の内部調査は、白尾村総出の作業になった。


 危険な場所も多かったため、最初に入ったのはサト、ツキハ、神威、小さなハク、そして雪幌都《サツホロ》から残っていた技術者たちだった。


 入口を抜けると、空気が変わった。


 社の外は雪と木と炉の匂いがする。


 だが奥は、古い金属と乾いた塵と、眠り続けた機械の匂いがした。


 壁面には、かすれた案内表示が残っている。


 矢印。


 番号。


 読めなくなった注意書き。


 非常灯の跡。


 ところどころに、凍りついた配管が走っていた。


 ツキハは月片の光を壁に走らせながら進んだ。


「施設構造、部分的に生存しています」


「生存って言い方でいいのか」


「適切です」


 ツキハは迷いなく答えた。


「施設も、長い時間を経た機械です。完全な死物ではありません」


 神威が壁の匂いを嗅ぐように鼻先を近づける。


「わふ」


「食べ物じゃないぞ」


「わぅ」


「分かってる顔じゃないな」


 小さなハクは、レタラサラに抱かれず、床を歩いていた。


 歩幅は小さい。


 だが、不思議なことに、暗い施設の中では存在感があった。


 青白い光学センサーが、迷いなく通路を見渡している。


「右ダ」


「分かるんですか」


「昔、歩イタ」


 ハクは短く答えた。


「大キカッタ頃ダ」


「言い方が切ない」


「事実ダ」


 進んだ先には、巨大な空間があった。


 天井は高く、半分は崩れ、山の岩盤がむき出しになっている。


 だが、中心にはまだ何かが残っていた。


 円筒形の巨大な構造物。


 錆び、凍り、土砂に埋もれながらも、確かにそこに立っている。


 ロケットだった。


 人が宙を駆けるための機械。


 今はもう飛ぶことはない。


 だが、その姿には、空を目指した者たちの意志が残っていた。


 サトは見上げた。


「でかいな」


「低軌道輸送用としては小型です」


「これで小型なのか」


「はい」


「旧世界、やっぱりおかしい」


「同意します」


 ツキハはロケットの基部へ近づき、手を当てた。


 しばらく目を閉じる。


 月片が淡く光る。


「使えます」


 ぽつりと、彼女は言った。


「全部ではありません。ですが、姿勢制御系の一部、耐熱材、信号変換器、推進補助の制御部材。それに、月竹の外殻修復に転用できる素材があります」


 サトは笑った。


 疲労が残る顔だった。


 それでも、久しぶりに心から嬉しそうだった。


「よし。解体だ」


「丁寧にお願いします」


「もちろん」


 サトは工具袋を開いた。


「丁寧な解体だ」


 ツキハが少しだけ不安そうに見た。


「不安です」


「信頼しろ」


「部分的に」


「そこは全部にしてくれ」


 作業はすぐに始まった。


 村人たちも加わった。


 重い部材を運ぶ者。


 凍りついた扉を温める者。


 照明を持つ者。


 工具を渡す者。


 ツキハの指示を復唱する者。


 サトが外した部品を、丁寧に布で包む者。


 誰もロケットの構造など分からない。


 宇宙など、ほとんどの村人にとっては遠い神話のようなものだった。


 それでも、皆が手伝った。


 なぜなら、その機械が月竹を直す助けになるからだ。


 月竹は、白尾村を守る戦いで使われた。


 不適切な使い方だった。


 それでも、村を守る力になった。


 ならば、今度は村が月竹を直す。


 それだけのことだった。


     ◇


 月竹の修理は、驚くほど早く進んだ。


 もちろん、完全修復ではない。


 月へ戻れるわけでもない。


 大気圏外へ出られるわけでもない。


 だが、低高度飛行、短距離移動、荷物運搬、姿勢制御、光学遮蔽迷彩の安定。


 それらは、かなり改善された。


 ツキハは、月竹の外殻に手を当てながら静かに息を吐いた。


「応急修理としては、十分です」


「応急でこれなら上出来だろ」


 サトは腰を伸ばしながら言った。


 連日の作業で、また少し目の下が暗くなっている。


 ツキハはそれを見逃さなかった。


「サト。食事と睡眠」


「はい」


「今です」


「まだ何も言ってない」


「言う前に必要です」


「未来予測までできるようになったか」


「サトの行動予測は容易です」


「ぐうの音も出ない」


 月竹のそばには、村人たちが次々に荷物を運んできていた。


 食料。


 干し肉。


 芋。


 乾燥した山菜。


 保存用の魚。


 水袋。


 燃料。


 毛布。


 替えの外套。


 薬草。


 工具。


 予備の金属部品。


 雪道用の縄。


 修理用の布。


 どう考えても積みすぎだった。


「いや、多いです」


 サトが言った。


 エカシは首を振った。


「少ないくらいだ」


「月竹には限界があります」


「ツキハ様が、大丈夫だと言った」


 サトはツキハを見た。


「言ったのか」


「重量配分上は、許容範囲です」


「許容範囲だからって、これでもかと積むなよ」


「白尾村の好意です」


「好意が重い」


「物理的にも」


「そこは言わなくていい」


 神威は荷物の周りを嬉しそうに歩いている。


 食料の匂いに反応しているわけではない。


 たぶん。


 サトはそう信じたかった。


 その横では、小さなハクが村人たちの荷運びを見ていた。


 大きさは子犬ほどだが、そこにいるだけで、村人たちはどこか安心した顔になる。


「ハク様、これはどこへ?」


「右ノ箱ダ」


「これは?」


「軽イ。上デヨイ」


「ハク様、これも持っていけますか」


「多イ」


「では半分に」


「全部デヨイ」


「どっちですか」


 小さくなっても、ハクはハクだった。


 白尾村の者たちにとって、境界を守る銀狼であることに変わりはなかった。


 月竹の格納部には、さらに一つ大きな荷物が積まれた。


 旧世界のバイクだった。


 しかも、サイドカー付き。


 奥社の隣接倉庫で、半ば奇跡のような状態で保存されていたものだ。


 外装は錆びていたが、骨格はしっかりしている。


 サトが見つけた時、しばらく無言だった。


 その後、ぽつりと言った。


「旅の文明レベルが上がったな」


 ツキハはバイクの状態を確認しながら頷いた。


「整備すれば、使用可能です」


「本当に?」


「はい。ただし、現状では走行不可。燃料系、駆動系、制動系、すべて分解整備が必要です」


「つまり、今は置物か」


「月竹内で整備するには適切です」


「旅しながら直せってことか」


「はい」


 神威がバイクの横に立ち、サイドカーを覗き込んだ。


「わぉん?」


「お前、乗る気か?」


「わふ」


「いや、お前は走れるだろ」


 神威はサイドカーをもう一度見た。


 どうやら、少し気に入ったらしい。


 サトはため息をついた。


「まあ、修理してから考えような」


「わぉん」


     ◇


 出発の日。


 白尾村の入口には、多くの人が集まっていた。


 雪幌都《サツホロ》からの支援物資を運んできた隊もいた。


 その中には、レラとノチウの姿もあった。


「よう!」


 レラが大きく手を振る。


 腕の吊り布は外れていたが、まだ完全ではないのか、動かし方は少しぎこちない。


「見送りに来たぞ!」


「支援物資の護衛」


 ノチウが淡々と言った。


「ついで」


「ついでで朝から山道越えて来るかよ」


 レラが笑う。


「素直に見送りって言えよ」


「見送り」


「言うんかい」


 サトは笑った。


「二人とも、わざわざありがとう」


「まあな」


 レラは月竹を見上げる。


「しかし、直るもんだな。あれだけ石だの鉄だの落としたのに」


「不適切な使用方法でした」


 ツキハが言う。


「今後は可能な限り避けます」


「可能な限りって言うあたり、またやる気あるだろ」


「必要であれば」


「やっぱ似てるわ、お前ら」


 レラはサトとツキハを交互に見て笑った。


 ノチウは、月竹に積まれたサイドカー付きバイクをじっと見ていた。


「それ、いい」


「ノチウもそういうの好きなのか」


「機構が好き」


「なるほど」


 レラがサイドカーを覗き込む。


「おい、これ今度乗せろよ」


「走るようになったらな」


「約束な」


「壊すなよ」


「壊す前提か?」


「大剣の扱いを見てると不安で」


「失礼だな。ちょっとしか壊してねぇ」


「ちょっとの範囲が広い」


 サトたちの周りに、白尾村の子どもたちが集まってくる。


 神威の頭を撫でる子。


 ツキハに干し肉の包みを渡す子。


 サトに「ちゃんと寝てね」と言う子。


 サトは苦笑した。


「なんで村中に広まってるんだ」


「事実だからです」


 ツキハが答える。


「否定できないのがつらい」


 エカシが歩み寄ってきた。


 手には、古い布に包まれた小さな道具箱がある。


「サト」


「はい」


「これは村の古い工具だ。旧世界の規格に合うものもある。持っていけ」


「いいんですか」


「村に置いておいても、使える者は少ない。お前が持っていった方がよい」


 サトは両手で受け取った。


「ありがとうございます」


「礼を言うのはこちらだ」


 エカシは深く頭を下げた。


「白尾村は、お前たちに救われた」


「俺たちだけじゃありません」


 サトは言った。


「村のみんながいたからです」


 エカシは、少しだけ笑った。


「そう言える若者は、よい旅をする」


     ◇

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。


神威もたぶん尻尾を振ります。

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