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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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142/159

第142話 小さな白狼(一)

角級撃破の知らせは、すぐに白尾村へ広がった。


 最初に戻ってきたのは、避難していた子どもたちだった。


 雪道の向こうから、橇に乗せられ、毛布にくるまれ、何度も何度も村の方を見ながら戻ってくる。


 その後ろに、老人たちが続いた。


 さらに、荷を抱えた女たち。


 道具を背負った男たち。


 皆、村の屋根が見えた瞬間、声を上げた。


 無事だった。


 白尾村は、まだそこにあった。


 燃えていない。


 黒く沈んでいない。


 自分たちの家が、炉が、倉が、社へ続く雪道が、そこに残っている。


 誰かが泣いた。


 誰かが笑った。


 誰かが雪の上に膝をつき、深く頭を下げた。


 エカシは、その様子を黙って見ていた。


 白い髭に雪が乗っている。


 目元は赤かったが、声はいつも通りだった。


「戻った者から、炉を確認しろ。壊れた家は後回しでよい。まずは火と水だ」


 村人たちは動き出した。


 泣きながら。


 笑いながら。


 互いの肩を叩きながら。


 戦いは終わった。


 だが、暮らしは続く。


 それが白尾村だった。


 角級一体。


 随伴していた爪級三体。


 それは、ただの村を襲うにはあまりにも大きすぎる戦力だった。


 状況次第では、雪幌都《サツホロ》をも揺るがしかねない。


 救援に到着した雪幌都《サツホロ》の観測士たちは、戦場跡を見て、しばらく言葉を失っていた。


 雪原には、坑道が崩れた大穴が残り、山肌には雪崩の跡が走っている。


 平原には、月竹から落とされた岩や鉄塊が半ば雪に埋もれ、あちこちに黒く焼け焦げた痕があった。


 そこに立っていた者たちが、どれほど無茶をしたのか。


 説明されるまでもなかった。


 雪幌都《サツホロ》へは、すぐに使者が送られた。


 白尾村には、支援物資が届くことになった。


 食料。


 燃料。


 薬。


 建材。


 工具。


 それに、機械部品。


 その最後の項目を見た時、サトはようやく顔を上げた。


「機械部品は多めに頼む」


 それだけ言うと、また倉庫へ戻っていった。


     ◇


 レラとノチウは、しばらく白尾村で休んだ。


 二人とも無傷ではなかった。


 レラは腕を吊り、大剣は刃こぼれどころか、刃の一部が欠けていた。


 ノチウの外套には、黒い焦げ跡が残っている。


 それでも数日後には、二人は雪幌都《サツホロ》へ帰る支度を始めた。


「あわただしくて悪ぃな!」


 レラは、吊った腕を気にする様子もなく笑った。


「武器を早く直さないと仕事ができねぇ。これでも雪幌都《サツホロ》のエースなんだ」


「自称」


 ノチウが横から言った。


「自称じゃねぇよ。たぶん」


「たぶん」


「そこ拾うな」


 ツキハは、二人を見上げるようにして立っていた。


「まだ、完全には回復していません。移動は適切ですか」


「適切ではない」


 ノチウが即答した。


「ですが、必要」


「お前ら似てきたな」


 サトが倉庫の入口から顔だけ出して言った。


 目の下に隈がある。


 髪も少し跳ねていた。


 どう見ても寝不足だった。


「サトも寝なよ」


 レラが呆れたように言う。


「寝た」


「何時間」


「二時間」


「それ寝たって言わねぇよ」


「作業中に一瞬意識が飛んだから、合計すると三時間くらいある」


「もっと悪いわ」


 ツキハが静かにサトを見た。


「サト。食事の時間です」


「あとで」


「今です」


「……はい」


 サトは素直に引っ込んだ。


 レラが吹き出す。


「いいな。完全に管理されてる」


「必要な管理です」


 ツキハは真顔で答えた。


 ノチウはツキハへ視線を向ける。


「なにかあったら、すぐ呼んで」


「はい」


 ツキハは頷いた。


「どうか、気を付けて」


 ノチウは短く頷く。


 レラは神威の頭を片手で乱暴に撫でた。


「神威も元気でな。今度会う時は、もっと派手に走れるようになっとけ」


「わぉん」


「それと、サトに無茶させすぎんなよ」


「わふふ」


「いや、そこは肯定しろよ」


 サトが倉庫の中から叫んだ。


「聞こえてるぞ」


「聞こえるように言った!」


 レラは笑い、ノチウは小さく手を振った。


 二人の背中は、雪の道の向こうへ消えていった。


     ◇


 レタラサラは、一度社へ戻っていた。


 封印を安定させるために、祈りを捧げる必要があるのだという。


 四本目の尾。


 白い三本の尾の横に増えた、黒い尾。


 それは普段、外套の下に隠されていた。


 だが、時折、雪の上に黒い影のように揺れることがあった。


 村人たちは誰も、それを恐れなかった。


 ただ、レタラサラが社へ戻る時、誰もが道を開け、深く頭を下げた。


 白尾の御前は、守った。


 夫が命を懸けて鎮めたものを、彼女はその身に封じた。


 ならば、村がするべきことは一つだった。


 祈ること。


 支えること。


 そして、待つこと。


 サトたちは、あの日からほとんど倉庫に籠っていた。


 ハクの残骸――と呼ぶには、あまりにも重いものが、救援と村人総出で倉庫へ運び込まれた。


 ツキハが、ハクのエーテルコアに微かな反応が残っていることに気づいたからだ。


 完全停止ではない。


 消えていない。


 サトは倉庫へ閉じこもった。


 エカシや村人たちは心配した。


 だが、食事の管理はツキハがしている。


 ときおり神威が倉庫から出てきて、薪運びや雪かきや荷物運びを手伝ってくれる。


 それを見る限り、中で何か悪いことが起きているわけではなさそうだった。


 だから村人たちは、あちらから声がかかるまでは、そっとしておくことにした。


 倉庫の前には、ときどき食べ物が置かれた。


 干し肉。


 焼いた芋。


 温かい汁物。


 誰が置いたのかは分からない。


 サトはほとんど気づかなかったが、ツキハは必ず礼を言った。


 神威は、たまに余った芋を嬉しそうに咥えた。


 そして自分が食べられないことを思い出すとサトの元へもっていった。


 数週間が過ぎた。


     ◇

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。


神威もたぶん尻尾を振ります。

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