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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第14話 白い森(一)

霧は地面を這うように広がり、倒れた木々の根元を覆っている。


サトはその霧に手を伸ばした。


触れた瞬間、指先に冷たい痛みが走る。


「っ……」


刃で切られたわけではない。


けれど皮膚の下に、細い氷の糸を通されたような感覚があった。


「防御機構か。いや、月の精霊流が地上の流れと合ってないのか?」

ほんとうに月から何かが落下してきたのかはまだわからない。

ただ、明らかに異質な観測したことのない現象だった。


神威が霧の前で足を止めた。


背中のパネルが半分だけ開き、すぐに閉じる。


「出すな。さっき裂爪級に食われかけただろ」


「わぉん」


「分かってるならよし」


神威の忌避信号は、精霊獣には効く。


だが侵食獣には効かない。


むしろ餌になる。


サトは、さっきそれを嫌というほど見た。


「白い霧が裂爪級に効くなら楽なんだけどな」


サトは小型記録板を取り出した。


画面には、月の精霊流らしき高密度反応が出ている。


通常の精霊獣なら、これだけ異質な流れに入れば動きが鈍る。場合によっては近づくこともできない。


だが、裂爪級は違う。


あれは精霊流を食い荒らす。


白い霧は、裂爪級を完全には拒めない。


むしろ、霧の表層を削りながら、ゆっくり近づいてくる可能性がある。


「つまり、霧は目隠しにはなる。足止めにも少しはなる。でも安全地帯じゃない」


「わぅ……」


「そういうこと」


サトはピッケルを肩に担いだ。


「だから、見つからないように行く」


白い霧の中には、小さな光がいくつも浮かんでいた。


光はふわふわと漂い、ときおり草の先に止まり、またすぐに羽ばたく。虫のようだった。銀色の翅を持つ、小さな精霊虫たちだ。


白い精霊流に惹かれて、森の奥から集まってきたのだろう。


精霊虫たちは、神威のまわりにも集まっていた。


神威が一歩進むと、数匹があとを追う。神威が耳の部品を動かすと、ふわりと散る。まるで神威の合図を待っているようにも見えた。


この小さな精霊虫たちは、神威を警戒していない。


むしろ、少し気に入っているようにも見て取れる。


「……お前、いつの間に虫にまで好かれるようになったんだ」


「わぉん?」


神威は首を傾げた。


本人には、まったく自覚がないらしい。


白い霧の中を進む。


夜の森に、月明かりだけが満ちていた。


落下の衝撃で、木々は外側へ倒れている。


根がめくれ、土が剥がれ、地面には細い光の筋が走っていた。


それは根のように広がり、倒木の隙間を縫って、さらに北へ続いている。


神威は鼻先を地面に近づけ、その光の筋を追った。


嗅いでいる、というより、聞いているようだった。


「分かるのか?」


「……わぉん」


「自信なさそうだな」


神威の耳にあたる金属部品が、小さく震える。


おそらく神威は、白い霧の奥にある信号を拾っている。


だが、それを意味に変えられない。


神威が拾い、サトがピッケルで読む。


サトは屈み、神威にピッケルの先端を当てた。


柄に文字が浮かぶ。


『月面航行端末』

『外殻破損』

『生命維持低下』

『保護室、閉鎖中』


「本当に、誰かいる」


サトの声は、自分でも分かるほど硬かった。


そのとき、森の南側で枝が折れた。


ばきり。


神威がすぐに低く姿勢を落とす。


サトも息を止めた。


白い霧の向こう。


黒い影が動いた。


裂爪級だった。


距離はまだある。


霧のせいで、こちらははっきり見えていない。


だが、あの観測レンズのような顔が、ゆっくり左右に動いている。


探している。


生体反応を。


あるいは、落下した端末の中の生命反応を。


「……霧の中でも、反応は拾ってるな」


サトは小声で言った。


白い霧は視界と地上の精霊流を乱してくれる。


けれど、裂爪級の感覚を完全に消してはくれない。


むしろあれは、流れの欠けた場所や、異質な生命反応を食い物として探す。


サトたちが不用意に動けば、すぐ気づかれる。


神威がサトの袖を軽く咥えた。


止まれ、という合図だった。


「分かってる」


サトは倒木の陰に身を沈めた。


神威も、音を立てないよう腹ばいになる。


裂爪級の影が、霧の向こうを横切った。


白い霧が、その足元で黒く削れる。


やはり、効いていないわけではない。


しかし、止められてもいない。


「最悪だな」


サトは息を殺したまま、裂爪級が通り過ぎるのを待った。


しばらくして、影が北東へ逸れた。


端末の落下跡を、遠回りに探っているらしい。


「今のうちだ」


サトと神威は、霧の濃い方へ進んだ。


白い霧は、中心へ近づくほど冷たい。


サトの頬に、細い傷が増える。


手の甲にも、赤い線が浮かんだ。


神威の装甲にも、薄い霜のような光が張り付いている。

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。

神威もたぶん尻尾を振ります。

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