↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
135/159

第135話 坑道の罠(二)

「神威!!」


 山間の見晴らしが開けた丘で、サトは思わず叫んだ。


 遠くで、黒い杭が神威を貫いたように見えた。


 一瞬、心臓が止まった。


 ツキハも目を見開いている。


 レタラサラの肩の小狐が、尾を逆立てた。


「……神威?」


 サトは息を呑む。


「あれ、今、当たらなかったか?」


「そのように見えました」


 ツキハは月片を睨むように見つめた。


「ですが、神威への直撃は逸れています」


「逸れた?」


「はい。何かが、攻撃の軌道を変えました」


 ツキハは一瞬だけ言葉を探した。


「あれは……盾、でしょうか」


 サトは遠くの雪煙を見た。


 白い影が、まだ走っている。


 走っている。


「すぐ無茶しやがって」


 サトは歯を食いしばった。


 だが、次の瞬間には安堵の息が漏れていた。


「……だが、ありがとう、神威。戻ったら整備だ」


 神威の白い影が、指定地点を駆け抜ける。


 その背後。


 四つの黒い影が、まとめて同じ場所へ踏み込んだ。


 サトの表情が変わる。


 今度は迷わない。


 右手に握ったピッケルを掲げる。


 何度も修理に使い、何度も無茶に使い、何度もサトの命をつないだ道具。


 今は、その柄に組み込んだ簡易信号器が、雪の下に埋めた爆薬へと繋がっている。


「坑道の一番深そうな層を選んだ」


 サトは低く言った。


「崖の下まで、ご招待だ」


 ピッケルの柄に親指を押し込む。


 遠隔信号が走った。


 次の瞬間。


 侵食獣たちの足元で、最初の爆発が起こった。


 ひとつ。


 ふたつ。


 みっつ。


 爆発は、雪原を一直線に裂くように連鎖していく。


 地面そのものが爆ぜたのではない。


 雪の下に眠っていた古い坑道。


 北部排水連絡坑の天井を、サトたちはあらかじめ傷つけていた。


 そこへ、爆薬で最後の力を加える。


 古い支柱が折れる。


 凍りついた石材が砕ける。


 雪と土と氷の層が、一気に沈んだ。


 ゴォン、と腹の底に響く音がした。


 白い雪原に、巨大な裂け目が開く。


 四つの黒い影が、まとめて沈んだ。


 雪も。


 土も。


 黒い侵食の霧も。


 すべてが、穴の底へ呑まれていく。


「よし!」


 サトは叫んだ。


「落ちた!」


 丘の上に、わずかな安堵が広がる。


 レタラサラが目を閉じる。


 ツキハは月片を操作し、すぐに反応を確認した。


「落下を確認。四反応、すべて坑道内へ」


「そのまま崩れてくれれば最高なんだが」


「そこまで楽観はできません」


「分かってる」


 穴の底から、黒い煙が上がっている。


 雪煙と土煙が混ざり、何が起きているのか肉眼では見えない。


 サトは息を整えた。


「神威は」


「離脱しています」


 ツキハが答える。


「右前脚に異常反応。腹部パネルも損傷していますが、移動は継続可能です」


「帰ったら説教だな」


「整備ではなく?」


「両方だ」


 サトはそう言って、少しだけ笑いかけた。


 だが、その笑みはすぐに消えた。


 月片に映る反応の一つが、急に横へ逸れた。


 ツキハの目が細くなる。


「一体、横坑道へ流れました」


「分断できたか」


「はい。爪級一体。損傷あり。ただし、行動可能」


 サトは頷いた。


「レラとノチウの方へ行ったな」


     ◇


 コツ、コツ、コツ。


 硬い足音が、坑道の奥から聞こえた。


 落とし穴の底で、ダメージを負った爪級がゆっくりと振り向く。


 崩れた壁の向こう。


 穴に繋がる暗い通路から、二つの影が歩いてきた。


 レラとノチウだった。


 坑道の天井からは、細かな雪と土がぱらぱらと落ちている。


 壁には古い排水管が走り、凍った水が牙のように垂れていた。


 爪級の黒い装甲からは、侵食されたエーテルが煙のように漏れている。


 だが、まだ動く。


 まだ殺意がある。


 まだ、十分すぎるほど危険だった。


「なんだ」


 レラは大剣を肩に担ぎ、凶悪な笑みを浮かべた。


「親玉は来なかったのか。残念だな」


「強がりを言わない」


 ノチウが静かに言う。


「爪級。普通なら、これでもかなりの大物」


「分かってるって」


 レラは笑ったまま、足を止めた。


 爪級が低く唸る。


 その爪が、坑道の床を引っかいた。


 黒い筋が、石の上に残る。


「うまく一匹、分断できた」


 ノチウがエーテルブラスターを構える。


 レラは大剣を両手で握り直した。


「こいつは、私たちの獲物だ」


 爪級の背中から、杭のような黒い突起が伸びる。


 レラの笑みが、さらに深くなった。


「来なよ」


 大剣の柄で、カートリッジがひとつ鳴った。


「こっちは二人で悪いけどな」


     ◇


「一体は任せていい」


 サトは言った。


「あの二人ならやれる」


「はい」


 ツキハも頷く。


「ですが、問題は残りです」


 月片の光が揺れた。


 穴の底にあった残り三つの反応。


一つが沈黙。しかしあとの二つは動いていた。


 サトは眉をひそめた。


「……まさか」


 穴の中から、音がした。


 ガリ。


 ガリ。


 ガリ。


 何かが、壁を削っている。


 深い穴の底から、ゆっくりと。


 確実に。


 上へ。


 サトは息を呑んだ。


「登ってきてるのか」


「はい」


 ツキハの声は冷静だった。


 だが、その冷静さがかえって状況の悪さを伝えていた。


「爪級一体、上昇中」


 月片の表示が乱れる。


 その奥に、ひときわ大きな反応があった。


「角級も、上がってきます」


「……あの深さをか」


「はい」


 穴の縁が黒く染まった。


 雪の下から、巨大な爪が現れる。


 それは地面を掴み、石を砕き、雪を汚しながら、ゆっくりと身体を引き上げていく。


 黒い装甲。


 爛れた銀。


 狼の形をした、守護者のなれの果て。


 その背後から、爪級も這い上がってくる。


 落とした。


 分断もした。


 罠は、確かに成功した。


 だが、止められなかった。


 サトはピッケルを握りしめた。


 第一プランは、終わった。


 そして、失敗した。


 角級が、穴の縁に立つ。


 黒い雪を滴らせながら、ゆっくりと顔を上げた。


角級に目立った損傷はみられない。


 その視線が、丘の上のサトたちを捉える。


 ツキハが静かに言った。


「第一の罠、突破されました」


 サトは歯を食いしばる。


「あの高さからの落下で傷なし。ありえるのか。そんなことが」


 北の雪原に、重い咆哮が響いた。

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。


神威もたぶん尻尾を振ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。