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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第131話 白尾村、大騒ぎ(三)

「で、あたしたちは何をすればいい?」


 サトは少し考えてから、以前の戦闘地点の地図を広げた。


「ハクが戦った場所に、破損部品が残ってる可能性がある。特に外装板と関節部品。使えなくても、素材としては役に立つかもしれない」


「回収か」


「ただし、危険だ。侵食の残滓があるかもしれない」


「上等」


 レラは楽しそうに笑った。


 ノチウは地図を覗き込み、静かに指で一点を示した。


「風向きと雪の積もり方から見るなら、破片はこっちにも流れていると思う」


「分かるのか?」


「たぶん。雪は隠すけど、全部は消さない」


 頼もしいことを言う。


 こうして、双子は村長たちと共に戦闘地点の確認と部品回収に向かった。


 修理は急ピッチで進んだ。


 村中が動いた。


 大人だけではない。


 子どもたちも、自分にできることを探した。


 冬に咲く小さな花を持ってくる子がいた。


 不格好なハンカチを織って、レタラサラに渡そうとする子がいた。


 銀狼様が寒くないようにと、毛布を持ってくる子もいた。


 ハクに毛布が必要かどうかは分からない。


 けれど、レタラサラはその一つ一つを、丁寧に受け取った。


「ありがとうございます」


 彼女は、誰に対しても同じように頭を下げた。


 子どもたちは、それだけで顔を真っ赤にした。


 その光景を見るたび、サトは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


 レタラサラがこの村にしてきたこと。


 ハクが守ってきた時間。


 それは伝承でも、昔話でもなく、今ここに生きている。


 小さな手。


 古びた工具。


 雪をかく背中。


 炉に薪をくべる音。


 そういうものになって、確かに返ってきている。


     ◇


 数日後の夜。


この頃から、サトは村人たちに「ヘマンテの観測士」と呼ばれはじめていた。


なんでも、神を癒す者、という意味らしい。


ヒモ観測士からの異例の大出世だった。


 修理小屋には、サトだけが残っていた。


 炉の火は小さくなり、外では雪が静かに降っている。


 ツキハは観測院で発注書の整理をしているはずだった。神威も、どこかの家で子どもたちに捕まっているのかもしれない。


 レタラサラは少し離れた場所で目を閉じ、精霊糸を保っていた。


 眠っているわけではない。


 ただ、力を整えているのだろう。


 サトはハクの後脚の装甲を戻し、固定具を締めた。


「よし」


 小さく息を吐く。


「前脚と後脚は、これでかなり良くなったはずだ。あとは重心の位置調整だな」


 その時だった。


 ハクの片目に、薄く光が灯った。


「……サト」


 サトは顔を上げた。


「起きたのか」


「スコシ、ダケ」


 ハクの声は、相変わらず途切れ途切れだった。


 だが、数日前よりはずっと安定している。


「アシハ……ヨイ、カンジダ」


「そりゃよかった。まだ走るなよ」


「ハシラナイ」


「ならいい」


 サトは工具を置き、ハクの頭の近くへ移動した。


「どうした。どこか痛むのか?」


「サト」


 ハクの瞳が、ゆっくりとサトを見る。


「タノミタイ、コトガ……アル」


 サトは少しだけ表情を引き締めた。


「……なんだ」


 ハクは、しばらく沈黙した。


 炉の火が、ぱちりと鳴った。


 外の雪が、風に押されて壁を撫でる。


 銀狼は、かすかな機械音とともに、ゆっくりと言葉を選んでいた。


     ◇


 その後も、修理は続いた。


 駆動系はなんとかなった。


 脚部の保持も、循環弁の調整も、思ったよりはうまくいっている。


 サトはハクの背に手を置いた。


「問題は、やっぱりここか」


 主脊梁。


 もっとも重症で、もっとも重要な機関。


 現在は、レタラサラの精霊糸によって、かろうじて繋がっている。


 エーテル流体の循環の要。


 人間でいうところの背骨。


 ここを本格的に修理するには、大量の複合合金板と、衝撃分散層を備えた外装板が必要になる。


 すでに雪幌都には手配を頼んでいた。


 だが、早くても到着まであと二日。


 そこから修理に五日。


 調整に十日。


 当初は、月竹のチャージ期間に合わせて雪幌都へ向かう予定だった。


 それが、ずいぶん長引いている。


「予定とは、うまくいかないもんだな」


 サトは修理小屋の戸を少し開け、外を見た。


 夜の空に、月が出ていた。


 雪ばかりの土地だと思っていた。


 けれど、この夜の月は不思議なほど澄んでいて、白い村を淡く照らしていた。


「サト」


 背後から声がした。


 振り返ると、ツキハが修理小屋の入口に立っていた。


 月衣に雪は積もっていない。


 けれど、指先だけが少し冷えて見えた。


「どうした。もう休んだと思ってた」


「問題が発生したようです。観測院から呼び出しがありました」


 サトはもう一度、月を見上げた。


「予定とは、うまくいかないものか……」


「……? 何か言いましたか」


「いや」


 サトは工具を置き、外套を取った。


「なんでもない。すぐ行こう」


     ◇


 サトとツキハが観測院に着いた時には、すでに皆が揃っていた。


 エカシ。


 レタラサラ。


 レラとノチウ。


 そして、どこで聞きつけたのか、神威までしっかり座っている。


 炉の火は燃えている。


 だが、部屋の空気は冷たかった。


 誰も、無駄口を叩かない。


 サトが席につくと、レラが腕を組んだまま口を開いた。


「北から、侵食獣がこっちに向かってる」


 空気が、さらに重くなった。


 ノチウが続ける。


「一匹、大きいのがいる。三匹、子分を連れている」


「規模は」


 ツキハが即座に問う。


 ノチウは少しだけ目を伏せた。


「子分一匹でも、おそらく爪級」


 沈黙。


 炉の薪が、ぱちりと爆ぜた。


 エカシの顔から血の気が引いていく。


 サトはゆっくりと息を吐いた。


「親玉は?」


 レラが、笑っていない目で答えた。


「牙級以上」


 ノチウが静かに付け加える。


「最悪、角級に片足を突っ込んでる」


 今度こそ、誰も言葉を発しなかった。


 白尾村の外では、雪が降り続いている。


 その北の向こうから、何かが近づいている。


 ハクの修理は、まだ終わっていない。


 主脊梁は、まだレタラサラの糸で繋がっているだけだ。


 村は、まだ守られる側のままだ。


 サトは、無意識に拳を握った。


 隣でツキハが月片を胸元に引き寄せる。


 神威の胸の模様が、かすかに光った。


 レタラサラは静かに目を伏せていた。


 その白い指先から伸びる見えない糸の先には、今も修理小屋で眠る銀狼がいる。


 長い沈黙のあと、エカシがかすれた声で言った。


「……どれほど、猶予がある」


 ノチウは顔を上げた。


「足は速そうに見えなかった。早ければ、明後日の朝」


 レラが言った。


「遅くても、明後日の夜だ」


 サトは目を閉じた。


 あと二日。


 部品が届くまで、あと二日。


 間に合わない。


 それでも、やるしかない。


 サトは目を開けた。


「分かった」


 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


「まず、できることを全部洗い出そう」

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。


神威もたぶん尻尾を振ります。

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