第114話 閑話 断続記録:KA-6111111w0n(四)
森。
夕暮れ。
幼生体の泣き声。
「ここどこ……お父さん……どこ」
機械狼は足を止めた。
幼生体、検出。
保護対象。
周辺危険度、高。
接近。
幼生体は後ずさった。
「こわい……」
機械狼は止まる。
背面パネル、消灯。
腹部保温板、低温起動。
姿勢を低くする。
発声。
「わぉん」
幼生体は泣きながら、こちらを見た。
機械狼はゆっくり背を向ける。
ついてこい。
音声不能。
しかし、尾を揺らす。
幼生体は少しずつ歩き出した。
何度も転びそうになる。
そのたびに、機械狼は待った。
森の出口。
集落の灯り。
大人たちの声。
「いたぞ!」
「こっちだ!」
幼生体が走る。
振り返る。
「ありがとう。わんちゃん」
機械狼は尾を振る。
記録保存。
ありがとう。
わんちゃん。
ザ……ザザッ。
*
森都キョウ外縁。
機械狼は森の端で停止していた。
左後脚、反応遅延。
背面パネル、焼損痕。
胴体内部、熱量異常。
帰投先、なし。
待機。
待機。
待機。
木々の間から、ひとりの男が現れた。
肩に古びたピッケルを担いでいる。
人間。
適応人類。
観測士。
危険度、低。
熟練個体。
「……お前か」
男は機械狼の前で足を止めた。
機械狼は、少しだけ尾を振った。
男は笑った。
「森を鎮める機械狼。まだ動いていたのか」
返答不能。
背面パネルの片側が、弱く点滅する。
「無理をしたな」
男は膝をつき、ピッケルを地面に置いた。
ピッケル。
武器。
観測器。
解析端子。
修理具。
古い鉄の匂いがした。
男は背面パネルの焦げた部分に触れる。
「焼き切れた跡がある。こっちは……断線しかけてるな」
男の手は大きかった。
荒れていた。
だが、動きは丁寧だった。
「痛かったろ」
痛覚信号、破損。
返答不能。
尾部駆動、微弱。
男は鼻で笑った。
「強がるな。犬みたいな顔をして」
犬。
分類、不一致。
しかし、否定不要。
男は装甲を開き、焼けた配線を切り離した。
補修材が足りない。
男はピッケルの先端を外す。
中から細い金属片と、巻かれた導線が出てきた。
「悪いな。応急処置だ。長くはもたん」
長くもたない。
だが、歩ける。
また誰かを守れる。
背面パネルが、弱く明滅した。
「礼はいらん」
男は機械狼の頭を軽く叩いた。
古い記録と似た接触。
研究室の男。
屋敷の子ども。
照合不能。
しかし、不快ではない。
「うちにも小さいのがいるんだ」
男は森の向こうを見た。
「サトっていう。まだピッケルも満足に持てん」
サト。
音声記録、保存。
「森を鎮める機械狼よ」
男の声が、少しだけ優しくなる。
「また、整備しにくる」
「サトが大きくなったら、遊んでやってくれ」
意味、判定不能。
遊ぶ。
幼生体との友好行動。
尾部駆動、反応。
機械狼は、ゆっくり尾を振った。
男は笑った。
「約束だ」
そのとき、遠くから声がした。
「ゼタ! 来てくれ! 焼き切れた跡がある!」
男が顔を上げる。
「今行く!」
ゼタ。
音声記録、保存。
男は立ち上がり、ピッケルを肩に担ぎ直した。
それから一度だけ振り返る。
「じゃあな」
機械狼は、小さく鳴いた。
「わぉん」
ゼタは手を上げた。
森の奥へ消える。
記録断片、終了。
ザ……ザザッ。
*
異常信号検知。
狂機。
進行方向、集落。
保護対象、多数。
距離、遠。
機械狼は歩き出した。
左後脚、応急処置状態。
背面パネル、出力低下。
エネルギー残量、低。
それでも進む。
森の中で、狂機を視認。
大型。
旧世界作業機械由来。
神蝕汚染。
敵性、高。
交戦非推奨。
勝率、算出不能。
機械狼は前に出た。
背面パネル展開。
忌避LED、最大出力。
調整パルス、腹部より照射。
効果なし。
狂機が腕を振る。
衝撃。
機械狼の身体が木に叩きつけられる。
警告。
フレーム歪曲。
右前脚、異常。
立ち上がる。
再接近。
狂機が踏みつける。
回避失敗。
前脚、沈黙。
それでも、噛みつく。
装甲、破損。
歯、欠損。
狂機の視覚センサーを確認。
あそこ。
あれを壊せば、進路計算が乱れる。
村へ行けない。
機械狼は最後の力で跳んだ。
背面パネルが白く明滅する。
尾部駆動、限界。
体当たり。
バキィ。
狂機の片目センサーに亀裂。
進路計算、失敗。
狂機は足を止めた。
首を振る。
森の奥へ逸れていく。
集落方向への進行、停止。
任務、達成。
機械狼は倒れた。
片目センサー、破損。
前片足、沈黙。
後足、断線。
尾部、切断
エネルギー残量、危険域。
ザ……ザザッ。
*
歩行不能。
だが、停止不可。
記録断片、再生。
ザ……ザザッ。
「お前は動き続けろ。俺よりずっと…■a#$%n長□||&'U)け(…hkl…」
断片破損。
ザ……ザザッ。
「サトが大きくなったら、遊んでやってくれ」
未照合。
約束。
機械狼は一歩、前へ出た。
地面が崩れる。
足場喪失。
落下。
空。
枝。
土。
石。
月。
森。
衝撃。
内部フレーム損傷。
充電不能。
自律修復不能。
スリープモード移行。
最深層ログ、微弱再生。
「お前が世界を愛すなら、世界はもっとお前を愛してくれるぞ」
世界。
愛する。
保護対象。
約束。
サト。
ザ……ザザッ。
記録、途絶。
*
長時間経過。
雨。
土。
苔。
錆。
精霊虫。
充電不能。
起動不能。
待機。
待機。
待機。
足音。
若い声。
「……なんだ、これ」
接触。
古い鉄の匂い。
ピッケル。
照合不能。
類似記録あり。
ゼタ。
サト。
約束。
「まだ……動いてる」
声が近い。
若い。
知らない。
「おい、サト危ないぞ」
だが、記録の奥にある音と似ていた。
小さな声が聞こえた。
「生きたいって言ってる気がする」
胴体奥で、エーテルコアが一度だけ淡く光った。
返答不能。
発声不能。
起動不能。
けれど、最深層ログが反応する。
保護対象。
友好対象。
約束対象。
名前、照合。
サト。
ーー記録再開。
この話をどこでいれるか迷って気がつけばこんなに後になってしまった(´・ω・`)
神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。
神威もたぶん尻尾を振ります。




