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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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113/159

第113話 閑話 断続記録:KA-6111111w0n(三)

人類集落、増加。


 だが、この機械を知る者は少ない。


 旅人が森の道で機械狼を見つけた。


「わっ、びっくりした。なんだ案山子か?」


 案山子。


 分類、不一致。


 敵意、低。


 機械狼は背面パネルを弱く点滅させた。


 友好表示。


 旅人は笑って去った。


 別の日。


 別の人間。


「なんだこの機械。あっちいけ」


 棒が振られた。


 バキィ。


 背面装甲に衝撃。


 照射パネル、損傷拡大。


「きゃうん」


 発声ログ。


 人間たちは笑った。


「ははっ、見掛け倒しか」


「狂機かと思った。びっくりさせやがって」


「おい、こいつ弱いぞ」


 攻撃制限。


 人類への反撃、禁止。


 非戦闘個体への危害、禁止。


 機械狼は下がった。


 もう一度、棒が飛ぶ。


 逃走。


 記録破損。


 ザ……ザザッ。


     *


 放浪記録。


 地点記録、破損。


 水位、高。


 建造物、半没。


 機械狼は、水の中を歩いていた。


 右前脚、反応遅延。


 背面パネル、損傷拡大。


 尾部駆動、断続。


 歩行可能。


 巡回継続。


「おお、見よ」


 水の向こうから、声がした。


「機械狼じゃ。まだ動いておる」


 機械狼は足を止めた。


 複数個体、検出。


 ひとつ。


 大きい。


 もうひとつ。


 小さい。


 しかし。


 危険度、算出不能。


 山岳規模の高密度精霊流。


 複数。


「お嬢。危険です」


 低い男の声が言った。


「この辺りは、森骸母の桴海侵蝕で沈んだはずですぜ。まだ動く機体がいるのも妙だ」


「よいよい」


 最初の声が笑った。


「敵意は感じぬ。狂ってもおらぬようじゃ」


 敵意、なし。


 友好表示、必要。


 機械狼は背面パネルを開いた。


 片側だけのLEDが、弱く明滅する。


 ちか。


 ちか、ちか。


「はははは! 光っておるぞ!」


「お嬢。だから近づいてはだめだと」


「よい。どれ、見せてみよ」


 小さな影が、水を踏んで近づいてくる。


 機械狼は身を低くした。


 逃走経路、なし。


 攻撃制限、維持。


 発声。


「くぅん」


「ふぅむ」


 影の手が、背面装甲に触れた。


 触れ方は軽い。


 研究室の男。


 屋敷の子ども。


 照合不能。


 しかし、不快ではない。


「機械の部品はよく分からぬが、だいぶ傷んでおるの」


「そりゃそうでしょうよ。見りゃ分かりますぜ」


 もうひとつの影が、しゃがみ込んだ。


 煤けた外套。


 長い手。


 指先に、金属の匂い。


「背面パネルは研磨しないと意味をなしてない。前脚は断線し放題で、もうすぐ止まるな」


「しかし、このままじゃと辛かろう。雷雉、おぬし機械には詳しかろう。整備してやれ」


「はぁ……またお嬢の悪い癖だ。部品もないし、最低限しかできませんぜ」


 男はぶつぶつ言いながら、腰の袋を開いた。


 古い導線。


 薄い金属片。


 見慣れない黒い糸。


 装甲が開かれる。


 痛覚信号、破損。


 だが、内部熱量はわずかに下がった。


「ほう」


 小さな影が、機械狼の胴体を覗き込んだ。


「わずかだが、コアから外部に向けた精霊流を感じる」


 指が、空中で止まる。


「何かと繋がっておるのか? しかも、ひとつではない」


 接続先、照合不能。


 質問、理解不能。


 機械狼は首を傾けた。


「わぉん?」


「分からぬか」


 影は、くすりと笑った。


「分からぬものを、分からぬまま抱えて歩くのも悪くない」


 応急整備、終了。


 右前脚、駆動安定。


 背面パネル、出力低下。


 歩行可能。


「これ以上は無理ですぜ」


「十分じゃ」


 小さな影は立ち上がった。


「では、わしらは行くとするか」


 機械狼は頭を下げた。


 礼。


 表現方法、学習済み。


「おお。そうじゃ」


 影が振り返る。


「これをくれてやろう」


 指が、機械狼の背中へ伸びる。


 背面装甲。


 金属。


 侵入不能。


 そのはずだった。


 ――とぷん。


 さざ波が起きた。


 硬い金属の背中が、水面のように揺れる。


 指先が、すっと内部へ沈んでいく。


 機械狼は跳ねた。


「……わぅ!?」


 異常検知。


 異物侵入。


 損傷、なし。


 異常なし。


 だが、理解不能。


 機械狼は首をひねった。


 背中を見ようとする。


 右へ回る。


 左へ回る。


 尾部駆動、微弱。


 くるくると、その場を回る。


「ははは。心配するでない」


 小さな影が笑った。


「少し、種を植えただけじゃ」


 背面装甲は、もう元に戻っていた。


 内部異常、検出不能。


 異物反応、検出不能。


「おぬしがあと数百年も生きれば、意味を成してこよう」


 数百年。


 期間、長大。


 意味、判定不能。


「その時は、また会おうぞ」


 小さな影は手を振った。


 男は外套を直し、ため息をつく。


「お嬢。いいんですかい? 貴重な霊脈樹の種を、ぽんぽん撒いて」


「雷雉」


「はい」


「おぬし、この種が芽吹いたところを見たことがあるか?」


「そりゃ……ないですが」


 小さな影は、少しだけ振り返った。


 機械狼を見た。


 片側だけのLED。


 傷だらけの装甲。


 それでも、まだ立っている四本の脚。


「あれは、ひょっとしたら」


 声が、水音に混じる。


「わんちゃん、あるかもしれんぞ」


 二人は去っていった。


 水の中へ。


 森の中へ。


 沈んだ街の向こうへ。


 機械狼は、頭を下げた。


 見送った。


 山よりも大きな気配を持つ、二人を。


 背中の奥で。


 何かが、ごく小さく脈打った。


 記録。


 異常なし。


 歩行可能。


 巡回継続。


 ザ……ザザッ。


    *

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。


神威もたぶん尻尾を振ります。

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