第113話 閑話 断続記録:KA-6111111w0n(三)
人類集落、増加。
だが、この機械を知る者は少ない。
旅人が森の道で機械狼を見つけた。
「わっ、びっくりした。なんだ案山子か?」
案山子。
分類、不一致。
敵意、低。
機械狼は背面パネルを弱く点滅させた。
友好表示。
旅人は笑って去った。
別の日。
別の人間。
「なんだこの機械。あっちいけ」
棒が振られた。
バキィ。
背面装甲に衝撃。
照射パネル、損傷拡大。
「きゃうん」
発声ログ。
人間たちは笑った。
「ははっ、見掛け倒しか」
「狂機かと思った。びっくりさせやがって」
「おい、こいつ弱いぞ」
攻撃制限。
人類への反撃、禁止。
非戦闘個体への危害、禁止。
機械狼は下がった。
もう一度、棒が飛ぶ。
逃走。
記録破損。
ザ……ザザッ。
*
放浪記録。
地点記録、破損。
水位、高。
建造物、半没。
機械狼は、水の中を歩いていた。
右前脚、反応遅延。
背面パネル、損傷拡大。
尾部駆動、断続。
歩行可能。
巡回継続。
「おお、見よ」
水の向こうから、声がした。
「機械狼じゃ。まだ動いておる」
機械狼は足を止めた。
複数個体、検出。
ひとつ。
大きい。
もうひとつ。
小さい。
しかし。
危険度、算出不能。
山岳規模の高密度精霊流。
複数。
「お嬢。危険です」
低い男の声が言った。
「この辺りは、森骸母の桴海侵蝕で沈んだはずですぜ。まだ動く機体がいるのも妙だ」
「よいよい」
最初の声が笑った。
「敵意は感じぬ。狂ってもおらぬようじゃ」
敵意、なし。
友好表示、必要。
機械狼は背面パネルを開いた。
片側だけのLEDが、弱く明滅する。
ちか。
ちか、ちか。
「はははは! 光っておるぞ!」
「お嬢。だから近づいてはだめだと」
「よい。どれ、見せてみよ」
小さな影が、水を踏んで近づいてくる。
機械狼は身を低くした。
逃走経路、なし。
攻撃制限、維持。
発声。
「くぅん」
「ふぅむ」
影の手が、背面装甲に触れた。
触れ方は軽い。
研究室の男。
屋敷の子ども。
照合不能。
しかし、不快ではない。
「機械の部品はよく分からぬが、だいぶ傷んでおるの」
「そりゃそうでしょうよ。見りゃ分かりますぜ」
もうひとつの影が、しゃがみ込んだ。
煤けた外套。
長い手。
指先に、金属の匂い。
「背面パネルは研磨しないと意味をなしてない。前脚は断線し放題で、もうすぐ止まるな」
「しかし、このままじゃと辛かろう。雷雉、おぬし機械には詳しかろう。整備してやれ」
「はぁ……またお嬢の悪い癖だ。部品もないし、最低限しかできませんぜ」
男はぶつぶつ言いながら、腰の袋を開いた。
古い導線。
薄い金属片。
見慣れない黒い糸。
装甲が開かれる。
痛覚信号、破損。
だが、内部熱量はわずかに下がった。
「ほう」
小さな影が、機械狼の胴体を覗き込んだ。
「わずかだが、コアから外部に向けた精霊流を感じる」
指が、空中で止まる。
「何かと繋がっておるのか? しかも、ひとつではない」
接続先、照合不能。
質問、理解不能。
機械狼は首を傾けた。
「わぉん?」
「分からぬか」
影は、くすりと笑った。
「分からぬものを、分からぬまま抱えて歩くのも悪くない」
応急整備、終了。
右前脚、駆動安定。
背面パネル、出力低下。
歩行可能。
「これ以上は無理ですぜ」
「十分じゃ」
小さな影は立ち上がった。
「では、わしらは行くとするか」
機械狼は頭を下げた。
礼。
表現方法、学習済み。
「おお。そうじゃ」
影が振り返る。
「これをくれてやろう」
指が、機械狼の背中へ伸びる。
背面装甲。
金属。
侵入不能。
そのはずだった。
――とぷん。
さざ波が起きた。
硬い金属の背中が、水面のように揺れる。
指先が、すっと内部へ沈んでいく。
機械狼は跳ねた。
「……わぅ!?」
異常検知。
異物侵入。
損傷、なし。
異常なし。
だが、理解不能。
機械狼は首をひねった。
背中を見ようとする。
右へ回る。
左へ回る。
尾部駆動、微弱。
くるくると、その場を回る。
「ははは。心配するでない」
小さな影が笑った。
「少し、種を植えただけじゃ」
背面装甲は、もう元に戻っていた。
内部異常、検出不能。
異物反応、検出不能。
「おぬしがあと数百年も生きれば、意味を成してこよう」
数百年。
期間、長大。
意味、判定不能。
「その時は、また会おうぞ」
小さな影は手を振った。
男は外套を直し、ため息をつく。
「お嬢。いいんですかい? 貴重な霊脈樹の種を、ぽんぽん撒いて」
「雷雉」
「はい」
「おぬし、この種が芽吹いたところを見たことがあるか?」
「そりゃ……ないですが」
小さな影は、少しだけ振り返った。
機械狼を見た。
片側だけのLED。
傷だらけの装甲。
それでも、まだ立っている四本の脚。
「あれは、ひょっとしたら」
声が、水音に混じる。
「わんちゃん、あるかもしれんぞ」
二人は去っていった。
水の中へ。
森の中へ。
沈んだ街の向こうへ。
機械狼は、頭を下げた。
見送った。
山よりも大きな気配を持つ、二人を。
背中の奥で。
何かが、ごく小さく脈打った。
記録。
異常なし。
歩行可能。
巡回継続。
ザ……ザザッ。
*
神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。
神威もたぶん尻尾を振ります。




