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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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112/159

第112話 閑話 断続記録:KA-6111111w0n(二)

境界管理記録。


 郊外農地。


 大型イノシシ型野生鳥獣、侵入。


 農地被害、拡大中。


 人間たちは棒や音響装置を持っていたが、近づけずにいた。


「頼むぞ!」


 誰かが言った。


 機械狼は畑と森の境界に出た。


 攻撃兵装、未搭載。


 殺傷行動、非推奨。


 忌避LED、背面パネル展開。


 低周波警告音、発生。


 地面を踏む。


 光を揺らす。


 大型イノシシは鼻を鳴らし、足を止めた。


 もう一歩。


 背面パネル、強照射。


 イノシシは身を翻し、森へ走った。


 人間たちが歓声を上げる。


「助かった!」


「すごいな、あれ」


「本当に追い返したぞ」


 機械狼は振り返る。


 背面パネルを閉じる。


 尾部駆動、左右振動。


 男の声が、遠くで聞こえた。


「ほら見ろ。俺の犬は天才だ」


 記録。


 境界復元、成功。


 殺傷不要。


 ザ……ザザッ。


     *


 都市歩行記録。


 神都キョウ、中央区画。


 人間、多数。


 音、過密。


 匂い、複雑。


 精霊流、薄い。


 機械狼は、歩道の端を歩いていた。


 背面パネルは閉じている。


 尾は低く保つ。


 人間との接触を避ける。


 前方から来た男が、飲み終えた缶を振った。


「ん?駆動ゴミ箱か。おい犬 これ捨てといてくれ」


 缶が放られる。


 機械狼は反射的に受け止めようとした。


 だが、缶の口から残っていた液体がこぼれる。


 甘い匂い。


 粘性あり。


 液体が顔と首、前脚の装甲にかかった。


 べたつく。


 センサー表面、汚染。


 男はもう歩き去っている。


 周囲の女が顔をしかめた。


「汚いゴミねえ。目がチカチカする」


 背面パネル、点灯していない。


 しかし、機械狼は輝度制御をさらに下げた。


 汚れた缶をくわえ、近くの回収箱へ入れる。


 液体が顎の下から落ちた。


 不快。


 だが、危険なし。


 人類個体、敵性なし。


 支援行動、完了。


 歩行再開。


 ザ……ザザッ。


     *


 所有者変更記録。


 都市外縁。


 損傷軽微。


 背面パネル、片側展開不良。


 尾部駆動、遅延。


 機械狼は、路地の端で自己診断を繰り返していた。


 そこへ、黒い車が止まった。


 扉が開く。


 身なりのいい老人が降りてくる。


 周囲の人間が、慌てて頭を下げた。


 老人は機械狼の前にしゃがんだ。


「どれ。まだ動くな」


 しわのある手が、背面パネルに触れた。


「見てやろう」


 機械狼は動かない。


 敵意、なし。


 老人は笑った。


「面白い。あの若造の作品か」


 若造。


 照合。


 研究室の男。


 機械狼の背面パネルが、弱く点滅する。


「そうか。では、うちへ来い」


 移送。


 大きな屋敷。


 広い庭。


 整備室。


 人間の幼生体、二名。


「犬だ!」


「光る?」


 背面パネル、低出力照射。


 幼生体、正反応。


 屋敷での日々が始まった。


 庭で走る。


 幼生体が背中に抱きつく。


 背面パネルを光らせる。


 腹部の保温板で、眠った子どもを温める。


 尻尾を振りすぎて植木鉢を倒す。


 叱られる。


 撫でられる。


 小さな精霊虫が、背面パネルの光に集まる。


 幼生体が笑う。


「この子、精霊虫にも好かれてる!」


 機械狼は意味を理解しない。


 しかし、庭は安全だった。


 人間は笑っていた。


 ザ……ザザッ。


     *


 長期記録。


 屋敷。


 季節、複数回変化。


 幼生体、成長。


 背丈、増加。


 声質、変化。


 呼称、変化。


 主人。


 若様。


 旦那様。


 当主。


 その人間に、さらに幼生体が生まれた。


 適応人類。


 耳の形状、旧人類と差異。


 瞳孔、夜間視認に適応。


 体温、やや高い。


 幼生体は庭を走る。


「光って!」


 背面パネル、照射。


「すごい!」


 すごい。


 評価語。


 保存。


 庭に迷い込んだ小型精霊獣が、混乱して暴れた。


 使用人たちが逃げる。


 幼生体が泣く。


 機械狼は間に入った。


 攻撃しない。


 背面パネルを閉じる。


 腹部パネルから、調整パルスを低く流す。


 小型精霊獣の呼吸が落ち着く。


 精霊流の乱れが収まる。


 精霊獣は庭の木々を抜け、森へ戻った。


 幼生体が拍手する。


「やっぱりすごいね」


 機械狼は尾を振る。


 屋敷の中では、大人たちが低い声で話していた。


 新聞。


 端末。


 大陸戦争、勃発か。


 マスク・メィロン、月面計画に関与。


 ルナ・インコンプリート、未完成の第七柱。


 人造神デウス。


 代理戦争。


 精霊圏制御権。


 機械狼には意味が分からない。


 ただ、外で遊ぶ時間が減った。


 窓に厚い板が打たれた。


 夜空に、見慣れない光が増えた。


 ザ……ザザッ。


     *


 世界通信、混乱。


 記録破損。


 ザザッ。


 人造神デウス、人格崩壊。


 ザ……ザザッ。


 戦略兵器群、制御不能。


 ザザッ。


 衛星兵器、都市上空に展開。


 ザ……。


 屋敷。


 夜。


 空が白くなった。


 音は、後から来た。


 壁が砕ける。


 窓が割れる。


 庭の木が燃える。


 人間の声。


 泣き声。


 指示。


 悲鳴。


 機械狼は走った。


 保護対象。


 幼生体。


 検索。


 検索。


 検索。


 精霊流、異常増大。


 悪意、検出不能。


 殺意、検出不能。


 敵意、検出不能。


 しかし、保護対象の生存率、急速低下。


 森が伸びていた。


 都市の石畳を割り、根が走る。


 建物を飲み込む。


 多すぎる人間を排他するように、緑が増える。


 生物兵器。


 神蝕汚染。


 識別名。


 森の母。


 判定不能。


 敵性、判定不能。


 保護対象、喪失。


 機械狼は瓦礫を掘った。


 前脚の爪が欠ける。


 装甲が剥がれる。


 センサーに煙が入る。


 それでも掘った。


 見つからない。


 声がしない。


 屋敷の庭は、もう庭ではなかった。


 燃えた木。


 崩れた壁。


 折れた遊具。


 割れた背面パネルの光が、黒い土の上で点滅する。


 何も守れなかった。


 記録。


 保護失敗。


 保護失敗。


 保護失敗。


 ザ……ザザッ。


     *


 放浪記録。


 森都キョウ外縁。


 年数、不明。


 自己修復率、低下。


 交換部品、なし。


 ミトラ応答、遅延。


 それでも、目的は残っていた。


 精霊を含む野生鳥獣の保全。


 生態系の境界管理。


 人類及び適応人類の支援。


 幼生体の保護。


 罠にかかった鹿を見つける。


 罠を砕く。


 鹿は逃げる。


 礼はない。


 必要なし。


 翼を傷めた鳥を見つける。


 安全な枝の下へ運ぶ。


 鳥は鳴く。


 意味、判定不能。


 小さな精霊獣が、狂った精霊流に怯えている。


 腹部パネルから調整パルスを送る。


 精霊獣は眠る。


 必要行動、完了。


 機械狼の傷は増える。


 右前脚、反応遅延。


 背面パネル、片側照射不良。


 尾部駆動、断続。


 だが、歩ける。


 まだ歩ける。


 ザ……ザザッ。


     *

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。


神威もたぶん尻尾を振ります。

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