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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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111/159

第111話 閑話 断続記録:KA-6111111w0n(一)

この話をずっと書きたかったんや(´・ω・`)

 記録断片。


 復元率、十一パーセント。


 音声記録、一部破損。


 映像記録、断続。


 自律判断ログ、深層部より抽出。


 ザ……ザザッ。


 再生開始。


     *


 白い作業灯が、機械の身体を照らしていた。


 作業台の上には、まだ目覚めていない一体の機械狼が横たわっている。


 製造番号、KA5111111w0n。


 第五世代・野生鳥獣境界管理機。


 未出荷個体。


 正式登録前の試験機。


 それが、この機体の公的な名前だった。


「ふむ」


 若い男が、刻印をのぞき込んでいた。


 研究服はよれよれで、袖口には焦げ跡がある。


 目の下には濃い隈。


 頬は少しこけていた。


 だが、その目だけは異様に明るかった。


「惜しいな」


 男は工具箱の奥から、極小の鉤爪のような器具を取り出した。


 細い先端が、刻印の数字に触れる。


「おっとっ」


 ぢち、と小さな火花が散った。


 KA5111111w0n。


 その、5の円が閉じられていく。


 削る。


 溶かす。


 先を伸ばす。


 不要な部分は目立たないように、小さく溶接する。


 ぢ、ぢち……。


 焦げた金属の匂いが、研究室に広がった。


 KA6111111w0n。


 男は刻印をしばらく眺めた。


 そして、満足そうに笑う。


「よし」


 まだ動かない機械狼の鼻先を、こつんと指で叩いた。


「俺は天才だからな。お前はもう第五世代機ではない」


 男は胸を張った。


「天才により開発された、唯一の第六世代機だ。わははははは!」


 研究室に、ひとり分の笑い声が響いた。


 その声に反応したように、機械狼の胴体奥で、試作エーテルコアエンジンが淡く光る。


 公的記録には残らない。


 量産計画もない。


 承認もない。


 だが、この瞬間から、その機体は第五世代機ではなくなった。


 少なくとも、それを作った男だけは、本気でそう信じていた。


 記録。


 自己進化ローカルAI、ミトラ。


 起動準備。


 試作エーテルコアエンジン、安定率六十二パーセント。


 目的設定。


 精霊を含む野生鳥獣の保全。


 生態系の境界管理。


 人類の支援。


 幼生体の保護。


 男は作業台に肘をつき、機械狼を見下ろした。


「いいか、犬」


 名前ではない。


 識別名でもない。


 ただの呼びかけだった。


「俺が愛した世界を生きろ」


「お前が世界を愛すなら、世界はもっとお前を愛してくれるぞ」


 音声記録。


 男は無精髭をさすりながら笑った。


「比喩でもなんでもないぜ?」


「なんせアルファベットのせいで世界が書き換わったからな。まぁ気付いている奴は僅かだが」


 意味、判定不能。

 

 音声記録。


 最深層に保存。


 ザ……ザザッ。


     *


 起動。


 視界、白。


 焦点調整。


 天井。


 作業灯。


 吊り下げられた工具。


 散らかった部品。


 床に転がる空の栄養剤容器。


 音声入力。


「お、起きたか」


 男の顔が視界に入る。


 目の下に隈。


 伸びた髪。


 ひどく疲れた顔。


 だが、笑っていた。


「よし。見えてるな。聞こえてるな。俺の声が分かるか?」


 応答機能、未調整。


 発声機構、試験前。


 返答不能。


 尾部駆動系、試験。


 機械狼は尾を動かそうとした。


 ぎこちなく、尾が跳ねる。


 作業台の端に置かれていた工具箱に当たった。


 がしゃん。


 レンチ。


 端子。


 小さなネジ。


 銀色の部品が、床にばらばらと散らばる。


 男は一瞬だけ目を丸くした。


 それから腹を抱えて笑った。


「いいぞ。世界に迷惑をかけろ。迷惑をかけられるくらい元気なほうがいい」


 機械狼は、男の笑い声を記録した。


 笑い声。


 正の反応。


 尾部駆動、再試行。


 がしゃん。


 また別の工具が落ちた。


「はははっ、やめろやめろ。研究室が壊れる」


 男はそう言いながら、機械狼の頭を撫でた。


 その手は細かった。


 骨ばっていた。


 指先には火傷の跡がいくつもあり、爪の間には黒い油が染み込んでいる。


 傷だらけで、痩せていた。


 だが、確かな温かさがあった。


 接触記録。


 頭部。


 圧力、低。


 温度、三十六度前後。


 危険なし。


 不明な正反応。


 保存。


 男はしばらく笑っていた。


 だが、不意に肩を震わせた。


「げほっ」


 小さな咳。


 それから、続けて咳き込む。


「げほっ、げほっ、げほっ、げほっ」


 男は口元を押さえた。


 白衣に、ボタボタと赤いものが滲んだ。


 血液。


 機械狼の視界に、警告表示が走る。


 人類個体、異常。


 呼吸不全兆候。


 出血。


 支援行動、未登録。


 男は近くの布で乱暴に口元を拭いた。


「騒ぐな。まだ、お前には分からん」


 機械狼は騒げない。


 ただ、背面パネルのLEDが弱く点滅した。


 男はそれを見て、苦笑する。


「ちっ。俺レベルの天才となると、永く生きられないのも…それは必然!!」


「天は俺に才能を与えすぎた。まったく、ファインチューニングがなってないな」


 彼は椅子に深くもたれた。


 息が荒い。


 けれど、口元は笑っている。


「だが、俺が作り上げたエーテルコアエンジン理論は世界中に広がり、永久に動き続ける」


 男は機械狼を見た。


「犬。お前もだぞ」


 細い手が、もう一度頭に触れる。


 傷だらけの手。


 痩せた指。


 確かな温かさ。


「お前は動き続けろ。俺よりずっと長く。世界を見てこい」


 意味、判定不能。


 しかし、音声記録は保存された。


 世界。


 愛する。


 動き続ける。


 ザ……ザザッ。


     *


 外部試験記録。


 神都キョウ、研究区画外縁。


 機械狼が初めて研究室の外へ出た日。


 複数の人間が、足を止めた。


「またあの変人が新しくなんか作ったのか」


「犬?」


「狼じゃないか」


「光るぞ、あれ」


「境界管理機だろ。野生鳥獣用の忌避装置が載ってる」


 機械狼は立ち止まる。


 会話内容、判定不能。


 敵意、低。


 興味、複数。


 そのとき、小さな人間が走ってきた。


 幼生体。


 危険度、低。


 接近速度、高。


「犬!」


 幼生体は、機械狼の前で止まった。


 目を輝かせている。


「遊ぼう。光って!」


 命令、判定不能。


 遊ぶ。


 友好行動。


 光って。


 背面パネルLED、照射可能。


 機械狼は背中のパネルを開いた。


 白い光が、ぱっと広がる。


 幼生体が笑った。


「すごい! もう一回!」


 背面パネル、再照射。


 幼生体が跳ねる。


「もう一回!」


 再照射。


「もう一回!」


 再照射。


 背面パネル、過熱警告。


 男が遠くから怒鳴った。


「おい、連続照射するな! まだ耐久試験前だ!」


 幼生体は笑っている。


 男も、結局笑っている。


 機械狼は、背面パネルをゆっくり閉じた。


 記録。


 遊ぶ。


 人類幼生体の正反応を確認。


 保存。


 ザ……ザザッ。


     *

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。


神威もたぶん尻尾を振ります。

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