第111話 閑話 断続記録:KA-6111111w0n(一)
この話をずっと書きたかったんや(´・ω・`)
記録断片。
復元率、十一パーセント。
音声記録、一部破損。
映像記録、断続。
自律判断ログ、深層部より抽出。
ザ……ザザッ。
再生開始。
*
白い作業灯が、機械の身体を照らしていた。
作業台の上には、まだ目覚めていない一体の機械狼が横たわっている。
製造番号、KA5111111w0n。
第五世代・野生鳥獣境界管理機。
未出荷個体。
正式登録前の試験機。
それが、この機体の公的な名前だった。
「ふむ」
若い男が、刻印をのぞき込んでいた。
研究服はよれよれで、袖口には焦げ跡がある。
目の下には濃い隈。
頬は少しこけていた。
だが、その目だけは異様に明るかった。
「惜しいな」
男は工具箱の奥から、極小の鉤爪のような器具を取り出した。
細い先端が、刻印の数字に触れる。
「おっとっ」
ぢち、と小さな火花が散った。
KA5111111w0n。
その、5の円が閉じられていく。
削る。
溶かす。
先を伸ばす。
不要な部分は目立たないように、小さく溶接する。
ぢ、ぢち……。
焦げた金属の匂いが、研究室に広がった。
KA6111111w0n。
男は刻印をしばらく眺めた。
そして、満足そうに笑う。
「よし」
まだ動かない機械狼の鼻先を、こつんと指で叩いた。
「俺は天才だからな。お前はもう第五世代機ではない」
男は胸を張った。
「天才により開発された、唯一の第六世代機だ。わははははは!」
研究室に、ひとり分の笑い声が響いた。
その声に反応したように、機械狼の胴体奥で、試作エーテルコアエンジンが淡く光る。
公的記録には残らない。
量産計画もない。
承認もない。
だが、この瞬間から、その機体は第五世代機ではなくなった。
少なくとも、それを作った男だけは、本気でそう信じていた。
記録。
自己進化ローカルAI、ミトラ。
起動準備。
試作エーテルコアエンジン、安定率六十二パーセント。
目的設定。
精霊を含む野生鳥獣の保全。
生態系の境界管理。
人類の支援。
幼生体の保護。
男は作業台に肘をつき、機械狼を見下ろした。
「いいか、犬」
名前ではない。
識別名でもない。
ただの呼びかけだった。
「俺が愛した世界を生きろ」
「お前が世界を愛すなら、世界はもっとお前を愛してくれるぞ」
音声記録。
男は無精髭をさすりながら笑った。
「比喩でもなんでもないぜ?」
「なんせアルファベットのせいで世界が書き換わったからな。まぁ気付いている奴は僅かだが」
意味、判定不能。
音声記録。
最深層に保存。
ザ……ザザッ。
*
起動。
視界、白。
焦点調整。
天井。
作業灯。
吊り下げられた工具。
散らかった部品。
床に転がる空の栄養剤容器。
音声入力。
「お、起きたか」
男の顔が視界に入る。
目の下に隈。
伸びた髪。
ひどく疲れた顔。
だが、笑っていた。
「よし。見えてるな。聞こえてるな。俺の声が分かるか?」
応答機能、未調整。
発声機構、試験前。
返答不能。
尾部駆動系、試験。
機械狼は尾を動かそうとした。
ぎこちなく、尾が跳ねる。
作業台の端に置かれていた工具箱に当たった。
がしゃん。
レンチ。
端子。
小さなネジ。
銀色の部品が、床にばらばらと散らばる。
男は一瞬だけ目を丸くした。
それから腹を抱えて笑った。
「いいぞ。世界に迷惑をかけろ。迷惑をかけられるくらい元気なほうがいい」
機械狼は、男の笑い声を記録した。
笑い声。
正の反応。
尾部駆動、再試行。
がしゃん。
また別の工具が落ちた。
「はははっ、やめろやめろ。研究室が壊れる」
男はそう言いながら、機械狼の頭を撫でた。
その手は細かった。
骨ばっていた。
指先には火傷の跡がいくつもあり、爪の間には黒い油が染み込んでいる。
傷だらけで、痩せていた。
だが、確かな温かさがあった。
接触記録。
頭部。
圧力、低。
温度、三十六度前後。
危険なし。
不明な正反応。
保存。
男はしばらく笑っていた。
だが、不意に肩を震わせた。
「げほっ」
小さな咳。
それから、続けて咳き込む。
「げほっ、げほっ、げほっ、げほっ」
男は口元を押さえた。
白衣に、ボタボタと赤いものが滲んだ。
血液。
機械狼の視界に、警告表示が走る。
人類個体、異常。
呼吸不全兆候。
出血。
支援行動、未登録。
男は近くの布で乱暴に口元を拭いた。
「騒ぐな。まだ、お前には分からん」
機械狼は騒げない。
ただ、背面パネルのLEDが弱く点滅した。
男はそれを見て、苦笑する。
「ちっ。俺レベルの天才となると、永く生きられないのも…それは必然!!」
「天は俺に才能を与えすぎた。まったく、ファインチューニングがなってないな」
彼は椅子に深くもたれた。
息が荒い。
けれど、口元は笑っている。
「だが、俺が作り上げたエーテルコアエンジン理論は世界中に広がり、永久に動き続ける」
男は機械狼を見た。
「犬。お前もだぞ」
細い手が、もう一度頭に触れる。
傷だらけの手。
痩せた指。
確かな温かさ。
「お前は動き続けろ。俺よりずっと長く。世界を見てこい」
意味、判定不能。
しかし、音声記録は保存された。
世界。
愛する。
動き続ける。
ザ……ザザッ。
*
外部試験記録。
神都キョウ、研究区画外縁。
機械狼が初めて研究室の外へ出た日。
複数の人間が、足を止めた。
「またあの変人が新しくなんか作ったのか」
「犬?」
「狼じゃないか」
「光るぞ、あれ」
「境界管理機だろ。野生鳥獣用の忌避装置が載ってる」
機械狼は立ち止まる。
会話内容、判定不能。
敵意、低。
興味、複数。
そのとき、小さな人間が走ってきた。
幼生体。
危険度、低。
接近速度、高。
「犬!」
幼生体は、機械狼の前で止まった。
目を輝かせている。
「遊ぼう。光って!」
命令、判定不能。
遊ぶ。
友好行動。
光って。
背面パネルLED、照射可能。
機械狼は背中のパネルを開いた。
白い光が、ぱっと広がる。
幼生体が笑った。
「すごい! もう一回!」
背面パネル、再照射。
幼生体が跳ねる。
「もう一回!」
再照射。
「もう一回!」
再照射。
背面パネル、過熱警告。
男が遠くから怒鳴った。
「おい、連続照射するな! まだ耐久試験前だ!」
幼生体は笑っている。
男も、結局笑っている。
機械狼は、背面パネルをゆっくり閉じた。
記録。
遊ぶ。
人類幼生体の正反応を確認。
保存。
ザ……ザザッ。
*
神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。
神威もたぶん尻尾を振ります。




