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月から落ちた少女と、神に愛された機械狼  作者: 玄達瀬


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第107話 荒ぶる海神(二)

「浮上。白石島および村から離れる方向へ」


『承認。北東に進路。沖に向かいます』


 月竹が震えた。


 船体の内側で、低い音が増す。


 壁面の映像が揺れ、砂州が少しずつ遠ざかり始めた。


 月竹が、動いている。


 浮いている。


 白い舟は、海面の上を滑るように沖へ向かった。


 サトは村の方を見た。


 村人たちは避難を続けている。


 ミナセの姿も見えた。


 誰かを誘導している。


 白い砂州から離れるほど、ザラスの砲口も月竹を追うように向きを変えた。


「狙いは、やっぱりこっちか」


「はい」


 ツキハは操作を続ける。


「月竹、敵性反応との距離を維持。可能な限り村から離れてください」


『承認。ただし、中距離転移離脱機能、損傷により使用不可』


「飛んで逃げるのは?」


『現状出力では、敵射程外への早期離脱は困難』


「くそ」


 サトは歯を食いしばった。


 戦闘艦ではない。


 月竹は、誰かを殺すための舟ではない。


 誰かを運ぶための舟だ。


 それが、旧世界の戦艦に狙われている。


『警告。第二射、発射予兆』


 ザラスの砲身が赤黒く光った。


 海が、先に震えた。


 空気が押し潰されるような圧を持つ。


 次の瞬間、黒い光の塊が放たれた。


 海面を割り、空気を焼き、一直線に月竹へ向かってくる。


『オートプロテクト発動』


 白い光の膜が、月竹の前面に広がった。


 黒い弾頭がぶつかる。


 音が消えた。


 一瞬、世界が白くなった。


 次に、耳を刺すような音が響いた。


 ぱりん。


 また、何かが割れた。


『第二次防御成功。プロテクト再展開。一部破損。一五%出力低下。残存エネルギー、一〇%損失』


 ツキハの顔が青ざめた。


「ぅ…あぁ……」


 サトはその声を聞いた。


 月竹が削られている。


 やっと見つけた舟が。


 やっと目覚めた希望が。


 一撃ごとに、失われている。


「ツキハ」


「はい」


「見ろ。まだ動いてる」


 サトは強く言った。


「壊れてない。なら、まだやれる」


「……はい」


 ツキハは唇を噛み、前を向いた。


 神威が低く唸っていた。


「ぐるる……」


「神威、突っ込むなよ」


「わぉん!」


「相手は海の上の戦艦だ。お前が泳いで行ってどうする」


「きゅうん……」


「悔しいのは分かる」


 サトは神威の背に手を置いた。


 機械の体が、熱を持っている。


 神威も分かっているのだ。


 今は噛みつけない敵がいることを。


 守りたくても、届かないものがあることを。


『警告。第三射、発射予兆』


「早い……!」


 ツキハが声を上げた。


 ザラスの砲身が再び光る。


 月竹は沖へ向かって進んでいる。


 だが、十分ではない。


 白石島はまだ近い。


 村も、まだ見える。


 今度の弾道は、月竹の少し横を通るように見えた。


「逸れてる?」


「いいえ、予測誤差です。月竹の移動に狂機の砲身補正が追いついていません」


 黒い光が放たれた。


 月竹の横をかすめる。


 直撃ではない。


 だが、その余波だけで船体が大きく揺れた。


 弾頭はそのまま海岸の向こうへ飛び、山腹に突き刺さった。


 遅れて、轟音。


 山に穴が開いた。


 黒い煙が噴き上がる。


 朝の空に、土と石と古い木々の破片が舞った。


 サトは、言葉を失った。


 直撃していたら、月竹はどうなっていた。


 村に落ちていたら、どうなっていた。


 考えるまでもない。


「……こんなものが、まだ残っているなんて」


 ツキハが呟いた。


 その声は震えていた。


「月竹が起動したことで、月の精霊流が強くなったのかもしれません。あるいは、過去の命令に縛られているのか。分かりません。ですが、あれは私たちを――」


「ツキハ」


 サトは遮った。


 ツキハの顔が、はっとこちらを向く。


「今は生き残る。村から離れる。それだけだ」


「…はい」


 月竹は沖へ向かって進む。


 だが、速度は遅い。


 無理をすれば、動けるのかもしれない。


 だが、月竹はすでに傷ついている。


 完全修復まで三十日。


 高出力機動は非推奨。


 無理に動かせば、どこかが壊れる。


 それでも、動かなければ撃たれる。


『警告。防御残量低下』


 月竹の声が響いた。


『同規模攻撃に対する完全プロテクト展開可能回数、残り二回』


「二回……」


 サトは舌打ちした。


『ただし、連続防御による出力低下を考慮した場合、確実な防御は一回』


「実質一回かよ」


『肯定』


 サトは壁面の表示を見る。


 白石島。


 白い砂州。


 沖合のザラス。


 月竹の現在位置。


 海の深さ。


 速度。


 残存エネルギー。


 どの数字も、都合よくは動いてくれない。


 ここまでなのか。


 ようやく、ここまで来たのに。


 ツキハが姉たちのことを思い出した。


 七台の月竹が見えた。


 北東の遠い大陸に、はっきりした光があった。


 南の大陸にも、かすかな光があった。


 これから行く場所が、やっと見えた。


 なのに。


 何故昨日のうちに、もっと早く月竹を動かしていなかった。


 それとも、もっと早く白石島にたどり着いていればよかったのか。


 サトの胸の奥に、苦いものがこみ上げた。


 せっかく運んでもらった。


 守ってもらった。


 認めてもらった。


 それなのに、このままでは。


 月竹の声が響いた。


『警告。第四射、発射予兆』


 ザラスの砲身が、赤黒く輝く。


 今度は補正されている。


 間違いなく、月竹を狙っている。

神威が少しでもかわいいと思ってもらえたら、評価やコメントをいただけると作者が喜びます。



神威もたぶん尻尾を振ります。

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