第101話 月の舟(一)
白石島から、白い砂州へ戻った。
月明かりの下、白い道は淡く光っている。
左右には海があった。
波は静かだ。
だが、完全に眠っているわけではない。
沖には、黒い影がいくつも見えた。
大きな魚のようなもの。
長い尾を持つもの。
背びれだけを水面に出すもの。
水の下で、ぼうっと光るもの。
海の精霊獣たちだった。
それらは近づいてこない。
ただ、白い砂州を遠巻きに囲むように、ゆっくり動いていた。
「見られてるな」
サトは小さく言った。
「はい」
ツキハは月片を両手で包んだまま、海を見ていた。
白兎端末の耳は、砂州の中央へ向いている。
「ですが、敵意は強くありません」
「じゃあ、何で集まってるんだ」
「月の精霊流です」
ツキハは答えた。
「月竹がここへ沈められた時から、微弱な月の精霊流が漏れていたのだと思います」
「それに惹かれていた?」
「はい。餌というより、潮の呼び声に近い反応です」
「潮の呼び声」
「月の精霊流は、海の精霊流と相性がよいようです。海の精霊獣たちは、それを大きな潮の変化として感じ取っていた可能性があります」
サトは沖の影を見た。
村人たちは、白い道が現れてから大物が増えたと言っていた。
だが、実際にはもっと前から寄っていたのかもしれない。
月竹がこの場所に沈んだ時から。
ただ、砂州が現れるまでは、その気配が人の暮らしへ届きにくかった。
白い道ができたことで、潮の流れが変わり、漁場がずれ、網が破られ、村人にも異変として見えるようになった。
「本来なら、もっと荒れてたのか」
「はい」
ツキハは白石島を振り返った。
白い石は、月明かりの中で静かに光っている。
「ですが、和魂さまが月竹を包んでいました。月竹の反応には、和魂さまの精霊流が重なっています」
「だから、大物が集まっても暴れてない」
「可能性が高いです」
神威が、わぅ、と鳴いた。
胸元の勾玉の印が、淡く光っている。
その光が広がるたび、周囲の精霊流が少しだけ丸くなる。
押さえつけるのではない。
追い払うのでもない。
荒れたものを、ほんの少しだけ和らげる。
神威は、いつになく真剣な顔をしていた。
「神威」
「わぅ」
「無理はするなよ」
「わぉん」
サトは神威の頭を撫でた。
「きゅうん」
サトは少しだけ笑った。
笑えたことに、自分でも少し驚いた。
これから何が起きるのか、分からない。
月竹は目の前にある。
探していたものが、ついにそこにある。
けれど、胸の奥は期待だけではなかった。
怖さもある。
月の記憶。
落下の記録。
失われた何か。
それらが、この白い砂の下に眠っている。
サトはピッケルを握り直した。
掘るためではない。
壊すためでもない。
何かが乱れた時、少しでも支えられるように。
◇
白い砂州の中央から、少し離れた場所で足を止めた。
月竹の反応は、砂州の中央の下にある。
そこに立てば、月竹が浮かび上がる時に足元が崩れるかもしれない。
サトは周囲を見て、砂州の端に近すぎず、中央を正面から見られる場所を選んだ。
「ここでいいか」
「はい」
ツキハは月片を見つめた。
「ここなら、月竹の反応へ干渉できます」
「呼べるか」
「やってみます」
ツキハは白い砂州の中央へ向き直った。
白兎端末の耳が、ぴんと立つ。
月片の光が強くなる。
「ツキハ」
「はい」
「怖いか」
ツキハは少しだけ黙った。
それから、頷いた。
「怖いです」
珍しく、はっきり言った。
「月竹の中には、私が忘れているものがあるかもしれません」
「ああ」
「思い出したくないものも、あるかもしれません」
「ああ」
「ですが、確認しなければなりません」
「そうだな」
神威がツキハのそばへ寄った。
「わぅ」
ツキハは神威を見る。
「神威も、怖いですか」
「わぉん……」
「そうですか」
ツキハは少しだけ目を伏せた。
「私もです」
サトは二人を見た。
月から来た少女。
芽を生やした機械狼。
どちらも、自分には分からないものを抱えている。
けれど、分からないから離れる、という選択肢はもうなかった。
「一緒にいる」
サトは言った。
ツキハが顔を上げる。
「サト」
「何が出てきても、一緒に見る。思い出したくないものがあっても、一人で見なくていい」
言ってから、サトは少し照れた。
けれど、言い直さなかった。
「俺と神威もいる」
「わぉん」
神威が胸を張った。
今度は、調子に乗った顔ではなかった。
頼もしい顔だった。
ツキハは月片を握る手に、少しだけ力を込めた。
「適切です」
◇
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神威もたぶん尻尾を振ります。




