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Marbling 現実と伝承が交わる、その先へ。【改訂版】  作者: 赤足


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05 野霧湖

祭りが終わって、数日が過ぎた。


 鼎は自宅の机で、父のノートを開いていた。


 試験を受ける前にも、何度も見たノートだった。


 けれど今は、以前とは少し違って見える。


『橋』


『灯り』


『道祖神』


『霧』


 短い言葉ばかり。


 説明らしい説明はほとんどない。


 ページをめくる。


 そこで、鼎の指が止まった。


『野霧湖』


 その下には、いくつかの記録が残されていた。


『湖の主』


『人を喰らうという話あり』


『見た者は帰らなかったという伝承』


『守り神と語る者もいる』


『伝承に食い違い』


「……野霧湖」


 聞いたことはある。


 観光地として知られる、大きな湖だ。


 だが。


 父がそこを調べていたことは知らなかった。


 ページの最後には、滲んで読めない一文が残されている。


 鼎はしばらく眺めていたが、やがてノートを閉じた。


________


 公民館へ着くと、いつものように人が動いていた。


 電話を取る者。


 資料を運ぶ者。


 地図を広げ、何かを書き込んでいる者。


 試験の時とは違う。


 これが普段のアカライなのだろう。


 鼎は奥にいた五和を見つけた。


「五和さん」


「何だ」


「これ」


 父のノートを開いて差し出す。


 五和の目が止まった。


「……そこを開いたか」


「知ってるんですか?」


「知ってる」


「じゃあ教えてくださいよ」


「嫌だ」


「即答だな」


 五和はノートを受け取り、しばらくページを見る。


「試験の前なら、これを見てどう思った」


「親父の字、相変わらず汚いなって」


「今は」


 鼎はページを見る。


「……何か意味があるんじゃないかって思ってます」


 五和はノートを返した。


「境界は知識じゃない。見方だ」


 それだけ言って歩き出す。


「来い」


「どこへ?」


「見せるものがある」


________


 案内された部屋には、壁一面の棚が並んでいた。


 地図。


 古い郷土史。


 新聞の切り抜き。


 写真。


 地域ごとに分けられた大量のファイル。


「すげ……」


 鼎は思わず声を漏らした。


「全部、伝承関係ですか?」


「違う」


 五和は棚から一冊のファイルを抜いた。


「噂。目撃情報。相談。勘違い。作り話。何でも入ってる」


「勘違いまで?」


「最初から捨てれば、何も残らん」


 その時、扉が開いた。


「五和さん」


 凪だった。


 手には一枚の報告書がある。


「新しい観測報告です」


 五和が受け取る。


 鼎も横から覗いた。


『AK-0264』


『N県○○市』


『野霧湖』


 鼎の視線が止まる。


『大型生物と思われる影を確認』


『目撃者 一名』


 五和が鼎を見る。


「タイミングがいいな」


「いや、良すぎません?」


 凪が続ける。


「過去にも類似する記録があります。現時点では、境界との関連は確認できていません」


「霧は」


「まだ薄いそうです」


 五和は少し考えた。


「現地を見る」


「はい」


「俺も?」


「嫌なら来なくていい」


 鼎は父のノートを見る。


「……行きますよ」


________


 廊下へ出たところで、聞き覚えのある声がした。


「あ、鼎」


 美羽だった。


「美羽?」


「呼ばれた」


「誰に?」


 美羽が凪を見る。


「この人」


「五分ほど迷っていました」


「言わなくていいから!」


 五和が歩きながら言う。


「明日の朝、野霧湖へ行く」


 その瞬間。


 美羽の表情が、ほんの少しだけ止まった。


 鼎はそれを見逃さなかった。


________


 翌朝。


 公民館の駐車場には、白いワゴン車が停まっていた。


「……眠い」


 鼎があくびをする。


「あくびというのはな、人間が――」


「始まった」


「最後まで聞かんか!」


「そこだけ元気」


 美羽が睨む。


 五和は荷物を積み終えると、運転席へ乗り込んだ。


「行くぞ」


 車が走り出す。


 目的は三つ。


 目撃地点の確認。


 周辺での聞き取り。


 そして、境界との関連を見ること。


「もし本当に何かいたら?」


 美羽が尋ねた。


「追いません」


 凪が答える。


「刺激しない。近付かない。安全を優先します」


「捕まえたりは?」


「しない」


 五和が前を向いたまま答える。


「観測できれば十分だ」


 やがて山道へ入る。


 しばらくして、道路脇に看板が現れた。


 ――野霧湖。


 木々の隙間から、水面が見える。


「……ここか」


 鼎は鞄の中の父のノートに触れた。


 父も。


 この道を通ったのだろうか。


 車が駐車場へ入る。


 目の前には、穏やかな湖が広がっていた。

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