「四季の旋律と沈黙の羅針盤」
「……あいつらもこのハチミツ目当てか」
三千匹の羽音が荒野を震わせる中、ガルムは採取した小瓶の蓋をカチリと閉め、冷静に空を見上げた。ハチミツの強烈な甘い香りは、野生のキラービーたちにとって極上のご馳走なのだ。
黒い絨毯のように空を埋め尽くす殺人蜂の大群。身動きの取れないエリアやルクスたちが息を呑む中、ハチミツまみれの巨大イノシシ『ガルガンチュア・ボア』もまた、その羽音に恐怖して暴れ狂おうとしていた。
「っ、……!」
その時、ノアの瞳が鋭く光った。
彼はハチミツに固められた足元など気にも留めず、愛用のノートを素早く開き、凄まじい速度でペンを走らせ始める。
ノアの頭脳は、迫り来る三千匹の軌道、風向き、そして大気中の魔力濃度を一瞬で『記録』し、弾き出していた。口下手な彼の頭の中には、誰よりも饒舌で完璧な戦術の羅針盤が眠っているのだ。
「……イリス、……、……西、3」
ぽつり、ぽつりと、ノアの口から断片的な言葉が零れ落ちる。他人には伝わらないその短い言葉の意図を、相棒であるイリスが汲み取れないはずがなかった。
「分かったわ、ノア! ――みんな、耳を塞いで!」
子供サイズの愛らしい身体から、大気をビリビリと震わせるほどの雄大な自然のプレッシャーが解き放たれる。イリスは四季のエネルギーそのもの。彼女がその大きな羽を力強くはためかせると、荒野の熱風が一瞬にして凍てつくような『冬の冷気』へと変貌した。
「ノアの記録(指示)通りに……吹き荒れなさい! 『木枯らしの円舞曲』!」
イリスの手から放たれたのは、ノアが計算した「西向きの風の導線」を完璧になぞる、局所的な超低温の暴風だった。
ハチミツの香りに釣られて一直線に突撃してきたキラービーの大群は、ノアの狙い通り、回避不能のタイミングでその極寒の烈風に正面から激突する。
ブ、ブモ……!? と巨大イノシシが目を丸くする。
三千匹のキラービーたちは、一瞬にして羽を凍りつかせ、ハチミツに触れることすらできずに、バラバラと地面へ身を落として気絶していった。完璧な誘導と、圧倒的な自然の力による一撃。二人の見事な連携に、ルクスは「すっげぇ……」と呆然と言葉を漏らした。
「ふぅ、やったわねノア! 『ボクたちの勝ちだね』って、今ノアの心がドヤ顔してるわ♪」
「……っ! ど、ドヤ顔なんて、してない……!」
――しかし、静寂が戻った荒野に、パキパキと不穏な音が鳴り響く。
周囲一帯に吹き荒れたイリスの猛烈な冷気は、キラービーを落としただけでは終わらなかった。地面をドロドロに覆いつくしていたエリアのハチミツが、その超低温によって急速に冷却され、瞬く間に黄金色の琥珀のような『巨大な氷床』へと変貌していく。
パリィィィィン!!!
次の瞬間、凍りついたハチミツがガラス細工のように一斉にひび割れ、激しい音を立てて粉々に砕け散った。
それはつまり、ルクスたちの足を完璧に束縛していた凶悪な粘着力が、完全に消滅したことを意味していた。ハチミツの檻から、ついに全員が解き放たれたのだ。
だが、それは同時に……目の前の脅威をも完全に自由にしてしまうという事。
「グルルルル……ブモオオオオオオオオオッ!!!」
足元のハチミツ氷を粉々に粉砕し、地鳴りのような咆哮をあげて『ガルガンチュア・ボア』が四肢を踏み鳴らした。怒りでその小さな目を血走らせ、山のような巨体を激しく震わせる。
ハチミツのせいで自慢のたてがみがオールバックのままカチコチに固まったその姿は、マヌケであると同時に、限界まで怒り狂った凶暴な暴君そのものだった。巨大な鉄の牙が、今度こそ明確な敵意をはらんで自由になった6人を真っ向から見据える。
「みんな、足は動くようになったな!? 散れっ、ここからが本当の本番だ!」
ルクスがハチミツの破片を蹴り飛ばしながら叫び、何でも屋『星屑の軌跡』フルメンバーと、大荒野の暴君。
ハチミツと蜂のダブルパニックを乗り越えた6人の、反撃の決戦の火蓋が、いま激しく切って落とされようとしていた。
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ノアとイリスコンビの活躍回でした!
ノアの演算とその演算に四季の能力で応える四季の能力。
お互いがお互いを理解してるからこそ、言葉数少なくても出せる連携!!
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引き続き
物語絵[イレギュラー]〜浮遊都市ルミナリアの何でも屋『星屑の軌跡』〜
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