「ハチミツ・パニックと三千匹の羽音」
ズドン!! と激しい落下の衝撃が、大荒野の土煙と共に6人を襲った。
なんとか受け身を取ったルクスたちは、初手からの手痛い自由落下に全員で悶減しながらも、すぐさま顔を跳ね上げる。
「うぅ……ったく、初仕事からこれかよ! 全員無事か!?」
ルクスは口に入った砂を吐き出し、痛む腰を抑えながら周囲を見回した。
「ノア、大丈夫……?」
煙の向こうから、普通の妖精より大きな身体をした四季のエネルギー体――イリスが心配そうに覗き込む。
「……ん」
ノアは泥だらけの顔で静かにコクリと頷き、胸元のノートを汚さないように、更に強く抱きしめた。
店長から下された依頼は、別領地から逃げ出した魔獣の捕獲。ルクスたちはすぐに体勢を立て直し、大荒野に点在する巨大な足跡を追って追跡を開始した。だが……その道中も、一筋縄ではいかなかった。
まず、フィオナが「あっちにお星さまのキラキラが見える!」と自信満々に指差した方向へ進んだところ、魔獣ではなく『野生のサボテンのトゲ畑』に突っ込み、全員でトゲを抜き合うハメになった。
次に、ノアが地面のわずかな泥の崩れから魔獣の正確な居場所を察知したものの、彼が口下手すぎて「あっ、えっと、あっちに、その……」とモジモジしている間に、イリスが「ノアが『あっちに格好いいトカゲがいる!』って言ってるわ!」と微妙に間違った通訳をしてしまい、全員で別の方向へダッシュした。
さらに、道中の狭い岩場を通り抜けようとした際、ガルムの岩塊のような巨躯が岩の隙間にスッポリと挟まってしまい、ルクスとエリアが両腕を引っ張って力技で引き抜くというタイムロスまでやらかした。
そんな数々のドタバタを経て、ようやく、その時は訪れる。
「ブモオオオオオオオオオッ!!!」
地響きと共に目の前に現れたのは、依頼書に書かれていた「中型」という言葉を疑いたくなるほど、山のように凶暴なイノシシの超巨大魔獣――『ガルガンチュア・ボア』だった。
マンモスほどもある巨体に、地面を削るほど巨大な、鉄のように黒く光る一対の牙。荒野の岩肌を粉砕しながら、時速100キロを超える猛スピードで、ルクスたちを肉塊に変えんと爆走してくる。まさに突進の化身だ。
ルクスがエリアに的確に指示を出す。
「エリア! アイツの足だ!奴の動きをを止めろ!」
「ふん、任せなさい! さっきのはただの座標のズレよ。今度こそ三百年の魔術の真髄を見せてあげるわ! ――『泥濘の沼』!」
エリアが再び自慢の魔導書を掲げ、自信満々に呪文を唱えた。
魔獣の足元を泥沼に変え、その強大な機動力を完全に奪い去る。――そのハズだった。
しかし、泥沼が広がるはずだった空間には、何の変化も起きない。
「あれ……?」
エリアが首を傾げた次の瞬間、彼らの頭上に突如として、太陽の光を浴びて不気味に輝く、黄金色の巨大な雨雲が出現した。
「なんだあれ!?」
嫌な予感がルクスたちの背筋を駆け抜ける。
直後、上空から降ってきたのは水でも泥でもなかった。
ドロドロとした異常な粘り気。そして、殺伐とした戦場にはおよそ似つかわしくない、妙に甘い香りのするド黄色い液体が、滝のように6人と魔獣の頭上に降り注ぐ。
「……え、これ、まさか」
ルクスがペロリと指先を舐める。
「「「ハチミツだ(だよね)!!」」」
……そう。ハチミツである。
エリアの魔法はまたしてもおかしな方向に大暴走し、荒野のど真ん中に『超強力な粘着性ハチミツの雨』を降らせてしまったのだ。
「なんでこうなるのよ〜」
しかし次の瞬間、猛スピードで突進していた巨大イノシシに、ハチミツの恐るべき粘着摩擦が襲いかかる。
「ブモッ!? ――ギギギギギギギギュウウウウウウッ……ピタッ!!」
凄まじい急ブレーキをかけたように、巨大イノシシの足裏がハチミツによって地面に完全接着された。勢い余って前のめりにズサーッ!と激しく倒れ込みながら、完全にその場で固まってしまう。
自慢の突進力を奪われ、頭から大量のハチミツを被った巨大イノシシは、心なしか自慢のたてがみまでオールバックのようにペッタリと固まり、「ブ、ブモ……?」と困惑の声を漏らしていた。
だが、それはルクスたちも全く同じだった。
「ちょっ……足が抜けない! 地面に張り付いて動けないんだけど!?」
「うぅ、お洋服がベタベタなのぉ……♪」
自慢のお洋服がベタベタになり、泣きそうな顔で足をもがかせ、ノアも必死に足を引っ張るが、靴がハチミツに完全に接着されてピクリとも動かなかった。
「エリアあああ! 泥沼って言っただろ!! なんでハチミツなんだよ!?」
「うるさいわね! 響きがちょっと似てたのよ! ほら、魔獣の足は止まったから結果オーライじゃない!」
「全然オーライじゃねえよ! 俺たちまで一網打尽になってどうすんだ!」
そんな二人が激しく言い合っている最中、あきらかに様子がおかしい人が一人。
巨漢のガルムは、降ってくるハチミツを躊躇なくペロリとひと舐めすると、その強面の顔をパッと輝かせた。
「なんだこのハチミツ美味いぞ!! 粘着性は強いが独特の柑橘系の香りに甘みがあって、こんなハチミツは食べた事がない! !そうだ!良い事思いついた! このハチミツを使えばもっと美味しいお菓子を作れるな!」
捕獲ターゲットの巨大イノシシを目の前にしてガルムはそういうや否や、服の内側から手際よく空の小瓶を取り出し、目の前でハチミツの採取を始めてしまった。
「なにを作ろうか……悩むな……」
そのあまりにマイペースな姿に、言い争っていたルクスとエリアはすっかり毒気を抜かれ、声を揃えてツッコむ。
「「こんな時に何やってるんですか! ガルムさん!!」」
あまりの温度差に、二人は何だか言い争っているのが一気にバカバカしくなってしまうのだった。
――だが、その時だった。遠くの空から、地響きとは違う、不穏な「羽音」が響いてきた。
ブウウウウウウウウウウウウウウウウウン……!!
空気がビリビリと震えるほどの、圧倒的な重低音。
ハチミツのあまりにも濃厚で甘い香りに誘われて、大荒野の彼方から、最悪の『お呼びでない客』が接近してきていた。
「ノ、ノア……! あれ、すっごくマズイわよ!」
イリスが、その子供サイズでありながらも雄大な四季の羽を警戒で逆立て、ノアの前に割って入る。
ノアは声にならない悲鳴を噛み締め、カタカタと震えながらノートを頭上に掲げた。
視線の先、空を真っ黒に染め上げながら迫り来るのは、野生の殺人蜂『キラービー』の大群。
その数、――推定三千匹。
巨大イノシシ、身動きの取れない6人、そして空を埋め尽くす三千匹の殺人蜂。
何でも屋『星屑の軌跡』の初仕事は、いよいよ命の危機が漂う大パニックへと突入していくのだった。
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この方たちずっとこんな感じです!
この先もずっと!
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