「アメフラシ」
ルクス達がハルモニアへ『粒子』の調査へと向かった後、ガルム達一向にはとある依頼がくるのであった。
――ザ―――――……。
北へ向かう街道から更に東、鬱蒼とした大森林の奥深くに位置するその集落では、もう丸一週間もの間、激しい雨が絶え間なく降り続いていた。
天を仰いでも、広がるのは重く垂れ込めた鈍色の雲だけ。病む気配のない豪雨は容赦なく地面に叩きつけ、集落の脇を流れる川は今にも氾濫せんばかりに濁流を滾らせている。
このまま雨が降り続けば、遠からず山崩れが起き、歴史のあるこの町が一つ丸ごと水の底に沈んでしまうのは明白だった。
「どうしたものか……。このままでは我らの故郷が……」
泥水に浸かりかけた石畳の上で、町の長老は杖をつき、絶望に身を震わせていた。
祈りは届かず、天候を操る術もない。万策尽き、ただ破滅を待つしかないのかと天を仰いだその時、ずぶ濡れになりながら町の住人の一人が息を切らせながら駆け寄り、長老へある提案を持ち掛けた。
「長老!何でも屋に頼ってみるのは如何でしょうか?」
「何でも屋……?」
「ええ!なんでも、ブルームタウンにある『星屑の軌跡』という何でも屋です。どんな奇妙な依頼でも受けたら解決すると噂を聞きます」
長老は濁流を見つめ、固く目を閉じた後、意を決したように深く杖を突いた。
「背に腹は変えられん。その何でも屋へ、緊急の便を送るのじゃ。『アメフラシ』様の様子がおかしい、どうかお救いください、とな……」
何でも屋『星屑の軌跡』への緊急依頼書
依頼内容――『アメフラシ』様の異変調査及び、救出。
詳細――我らの集落の天候を守り、豊かな恵みの雨をもたらしてくださる守護獣『アメフラシ』様の様子が、一週間前から明らかにおかしいのです。
普段は温厚な守護獣様が、まるで何かに怯え、苦しむようにして天を狂わせ、この豪雨を降らせ続けている……。
どうか、暴走する『アメフラシ』様をお救いください。
――バシャッと力強く泥水を跳ね上げる足音が響く。
「ふむ……。ただの天災かと思えば、まさか土地の守護獣の暴走だったとはな……。新作スイーツの考案をしていた途中だが、この状況では、そうゆう訳にもいくまい」
豪雨の中で頑丈なフードを深く被り、険しい表情で濁流の先を見つめるのは、依頼を受けて早速現れた何でも屋の甘党――ガルムだった。
大剣の柄に手をかけながら、己の背後で雨合羽に身を包んでいる小さな背中たちを振り返る。
「イリスの雨合羽、可愛いでしょー♪ノアもそう思う?」
「うん。可愛いと思うよ……。うぅ……雨が冷たいし、ジメジメする……。……この雨じゃノートも使えないな……」
イリスは水溜まりをピチャピチャと跳ねながら元気いっぱいに声を張り上げ、その隣でノアは出来るだけ濡れないように、小さく縮み込むのだった。
「ああ、二人ともよくついて来てくれた。ここから先は守護獣『アメフラシ』が潜むという集落の神聖な天の滝壺だ。何が起こるか分からん。警戒を怠るなよ。チーム『お茶会』行くぞ!!」
ゴォォォォォォ…………!!
滝の轟音の中から、まるで鳴き声にも似た低い叫びが聞こえた。
ガルムの鋭い眼光が、激しい雨幕の向こう――不自然なほど激しく天へと逆巻く、滝の頂へと向けられる。
タ、タス……ケテ。
「うん?……今何か聞こえなかったか?」
「うん!イリスも聞こえた」
「……僕も聞こえた。『助けて』って……」
三人が息を潜めた、その次の瞬間。
ゴォォォォォォォォォッ!!!
滝がまるで巨大な生き物のように大きくうねり、規格外の水柱が空へ向かって噴き上がった。
「長老の言っていた『暴走』か……」
ガルムは大剣を静かに抜く。
だが――その剥き出しの剣先は、滝へ向けられてはいなかった。
「ガルムさん?」
「相手は守護獣だ。斬るために抜いたんじゃない」
ガルムは低く呟く。
「暴れている奴の叫びが『助けて』なら、敵じゃない」
その言葉に、イリスは満面の笑顔で力強く頷いた。
「うん! イリスも助けたい!」
「……でも、どうやって近づくの?」
ノアが指差した先では、滝壺から溢れ出た濁流が大蛇のように暴れ狂い、近づく者すべてを拒んでいた。一本一本の水流がまるで凶暴な意志を持つように岩を砕き、大木を容易く薙ぎ倒している。
「近付けば飲み込まれる……」
ノアが小さく息を呑む。しかし、ガルムは荒れ狂う滝を見すえたまま、不敵に口元を緩めた。
「だからこそ、俺たちが来た」
ズシン。大剣を太い肩へと担ぎ直す。
「イリス」
「はーい!」
「住民の避難を頼む」
「任せてー!」
「ノア」
「……うん」
「水の流れを見ろ。必ず安全な道がある」
ノアは雨に濡れた前髪を指先で払いながら、しっかりと頷いた。
「……分かった。探してみる」
そしてガルムは、容赦なく叩きつける豪雨の中を一歩踏み出した。
「俺は『アメフラシ』を元の守護獣の姿に戻して連れて帰る」
――その瞬間だった。
轟く滝の最上部で、世界を引き裂くような激しい雷光が走る。
青白い鮮光の中、一瞬だけ、圧倒的な巨大さを持つ『影』がその姿を現した。
雲よりも広大な、神聖なる身体。
天を覆うような、透き通る蒼い翼。
雨粒そのものから生まれたかのような、美しくも儚げない幻獣。
それこそが、この地を守り続けてきた守護獣『アメフラシ』だった。
「――カシャ」
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物語絵[イレギュラー]〜浮遊都市ルミナリアの何でも屋『星屑の軌跡』〜
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