「行方不明の依頼書」
イヌガミとイナリのもてなしを受けたルクスとエリアは街を出る直前に2人からある物を受け取った。
それは、手のひらに乗るぐらいの小さなイヌガミとイナリの人形であった。
「おい!イヌガミ……これ……。」
「えへへ♪可愛い!」
手渡された二つの人形の見た目は、まさに先ほどまでニ匹が化けていた『ルクス風の狸衣装』と『エリア風の純白の聖女ドレス』そのものだった。
自分のパクリ姿を凝視することになったルクスはちょっと恥ずかしそうに頬を掻き、エリアはすっかり気に入ったようで、手のひらの上で人形を躍らせて喜んでいる。
そんなニ人の様子を見届けてから、イヌガミがニヤリと口元を歪める。
「その人形からいつでもワイたちと通信会話ができまっせ!なにか知りたい情報がまたありやしたらこの人形に話しかけてくだせぇ!『情報の等価交換』していきましょうや!」
イヌガミはそこで一度言葉を切り、揉み手でもしそうな下卑た笑みを浮かべた。
「――あ、今回は初回ってことで、対価なしでいいですぜ、アニキ!!」
「えっ、いいのかよ?」
今回は対価なしといわれたが、対価なしの言葉に少し得した気分になったルクス。
だが、すぐに思い直す。最初にタダで便利な道具を渡し、こちらに恩と「通信手段」を握らせることで、今後の有益な情報を確実に回収し続けようという算段だろう。このイヌガミって奴は、やり口がいやらしいが、プロの商売人として認めざるを得なかった。
こうしてハルモニアを後にするルクスとエリアは、手に入れた情報と情報屋『星屑の裏庭』との強い繋がりを胸に帰路に就く。
「美味しいものも食べたし、みんなへのお土産も買ったし!シルフィーに乗ってブルームタウンへ帰るわよー!」
エリアは嬉しそうに、シルフィーの純白のたてがみを優しく撫でた。
「そうだな!店長に聞かないといけないこともできたしな……。よし。帰りも頼むぞ、シルフィー!」
ルクスが手綱を引くと、シルフィーは天に向かって緩やかに湾曲する美しい角を揺らし、聖なる魔力を宿す蹄で虚空を一歩、力強く蹴り上げた。
次の瞬間、彼らは文字通り風になった。
行きとは打って変わって、ルクスはシルフィーの驚異的なスピードにもすっかり慣れた手捌きで手綱を操る。垂直の崖を音もなく駆け上がり、谷を飛び越え、道なき空を進む聖獣の背で、二人は確かな高揚感を感じていた。
――そして、ブルームタウン。
驚異的な速度で帰還を果たしたルクスとエリアは、息を整える間もなく、そのまま拠点である何でも屋『星屑の軌跡』へと足を運ぶ。
ドアを開けるなり、エリアが元気よく声を張り上げた。
「『バグのような粒子』の調査を終えて無事帰ってきました!」
「おう!そうか!なんだか他にも色んな収穫がありそうだな!ガハハ!無事に帰ってくることが何よりも一番だぞ!」
いつもと変わらず、『星屑の軌跡』の家族を迎えてくれる。太陽をそのまんま体に宿したような性格と見た目だが、実は『店長は名前も店長』なのだ。
普段からみんなに『店長』と呼ばれてはいるが店の『店長』でもあるし、本名が『店長』でもある。ややこしいことこの上ないが、本人が常にこれだけ豪快に笑っているのだから誰も深くは突っ込まない。
「えへへ、ただいま店長! ハルモニアでね、すっごく美味しいもの食べたの! あと、新しいビジネスパートナーもできたんだから!」
エリアが胸を張って人形をチラつかせると、店長は太い腕を組んでガシガシと髭を擦った。
「ほう、ビジネスパートナーか! お前ら二人だけでそこまで手広くやってくるとは、国家転覆罪の容疑者だったとは思えん活躍ぶりだな!」
ガシガシとエリアの頭を撫でる店長を見ながら、ルクスは表情をすっと真面目なものに変え、懐からイナリに持たされた通信人形と、記憶に焼きついた『孔雀』の件について切り出した。
「店長。『粒子』の件なんですが、どうやら以前俺たちが捕獲に失敗した、あの『孔雀』が深く関わってるみたいなんだ。……それで、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
普段の軽口とは少し違うルクスのトーンに、店長も撫でていた手を止め、真剣な目を向けた。
「ん? なんだ、ルクス。改まって」
「あの『孔雀』の捕獲を、俺たち『星屑の軌跡』に依頼してきた人物って……一体誰なんですか?」
その質問に対して店長が語ったのは奇妙で不思議な話だった。
「依頼書には確かに『孔雀の捕獲』と書かれていたことも覚えている。受けた仕事の依頼書は全部取ってあるのだが」
店長はそこで言葉を切り、自分の頭をガシガシと擦った。まるで霧がかかった記憶を無理やり引っ張り出そうとするかのように。
「その依頼書が消えちまったんだよ。何処探しても見つからないのさ。でだ、その依頼主なんだが……不思議なことに、依頼人の名前だけがどうしても思い出せねぇんだ。顔も、声も、誰なのかさっぱり分からない」
「分からない?」
「ああ。ただ、その依頼書がオレの机の上に置かれていた。それだけの事実しか、オレの頭には残ってねぇんだ」
「依頼書が消えるなんて、まるであの『孔雀』みたいじゃないですか!!」
エリアがふと疑問を問いかける。
「私、思ったのだけれど……店長の机の上に依頼書が置かれていたってことはうちのメンバーの誰かが置いたのかな?それとも、誰かが外からこの建物に侵入して置いたのか……どっちかだよね?」
「メンバー、か……」
ルクスは腕を組み、記憶の糸を急速に手繰りはじめた。
だが、もしメンバーの誰かだとしたら辻褄が合わない。
フィオナに出会ったのはあの日の『孔雀の捕獲』を失敗したあとに『星涙草』の採取の依頼でスターグレイドに訪れた時だった。
ガルムさん、ノア、イリスは別件の仕事で遠征中だった。ここに来ることはできないはず……。
「(となると、外部からの確率が高い。)」
「外部からの侵入者って考えた方がいいのかもしれませんね!ありえない可能性の話ですが」
ルクスはそこで一度言葉を切り、あごに手を当てて冗談めかした目を向けた。
「あの『孔雀』が依頼書を店長の机の上に置いたなら姿を『光の粒子』にして誰にも見られず依頼書を机の上に置くことは可能かもしれません。……けど、そうなると『孔雀』は鬼ごっこでもしたかったのか?ってなりますね……仮にそうだった場合は、今度あの『孔雀』に遭遇したら焼鳥にしてしまうかもしれないですね!」
「おいルクス。その『孔雀』の焼き鳥って美味いのか?」
間髪入れずに店長が身を乗り出す。
「ちょっと二人とも!焼鳥は可哀想だわ!」
エリアが慌てて割って入った。
ルクスとしてはただの軽いジョークのつもりだった。
だが、二人の間では「もしも」の仮定の話が、すっかり事実であるかのように大真面目に進んでいってしまった。
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